第23話 いつでも良いよ。掛かってきて

 ソフィアさんが買ってきたくれた服を次々に着替えて、ソフィアさんに見せつけた後、僕達は、ギルドの練習場に来ていた。先程頼んだ鍛錬をしてもらうためだ。ラバーニャの練習場は、他の街と違って砂が敷き詰められている。そのため、少し動きづらい。

 そんな中で、僕は木製の短剣を持って、ソフィアさんは木製の直剣を持っている。


「いつでも良いよ。掛かってきて」


 そう言われて、すぐに僕は地を蹴った。いつも通りにいけるか心配だったけど、そこは杞憂に終わった。一応、いつも通り動けるみたい。

 最初は、まっすぐに突っ込む。そして、後二歩で攻撃範囲に入るというところで、斜め右に踏み切って、ソフィアさんの真横から接近した。

 僕のその動きは、完全にソフィアさんの目で追われていた。でも、これは想定済みだ。僕の速さでは、ソフィアさんを完全に翻弄させる事など出来ない。でも、こうした方が、単純にまっすぐ突っ込むよりも相手の反応を遅らせる事が出来るかもしれない。それが例え、ソフィアさんでも。

 短剣を振い、ソフィアさんを攻撃するが、ソフィアさんは意図も簡単に剣で防いだ。それも利き手ではない左手で剣を握ってだ。それほどまでに、僕とソフィアさんでは力の差が歴然としているということだ。

 一撃の重さでは、絶対に勝てない。だから、手数で攻めるしかない。僕は、そのまま距離は取らず、受け止められた時の反動を使って、反時計回りに移動し、背後から攻撃する。その攻撃もソフィアさんにはお見通しのようで、振り返りもせずに受け止められた。

 でも、この調子で良い。こうやってソフィアさんの周りを回りながら、攻撃を続ける事で、どのタイミングで僕が攻撃するのか分からなくするという魂胆だ。あらゆる角度からソフィアさんを攻撃しているが、ソフィアさんはその場で振り向きもせずに僕の攻撃を防いでいる。時折フェイントも交えているのに、ソフィアさんは一切引っ掛かってくれない。

 こっちの駆け引きが全部バレているのだ。つまり、今の僕は駆け引きが下手くそという事だ。でも、ここで焦るような事はしない。焦れば、隙を見せる事に繋がる。それは、ソフィアさんからの反撃を意味する。ソフィアさんから反撃を受けないようにするには、常に攻めの姿勢を崩してはいけない。

 本来であれば、ソフィアさんなら即座に反撃出来るはずだ。それでも反撃してこないのは、僕を鍛えるため。攻めの姿勢を学ばせるためだと思う。

 五分以上も攻撃を続けたけれども、ソフィアさんには一撃も与える事は出来なかった。


「はぁ……はぁ……はぁ……」

「うん。立ち回り的には良いと思うよ。でも、攻撃が単調かな。手数を増やしたのは良いんだけどね」

「ソフィアさんが強すぎるだけな気がするけど……」

「それはそうだよ。これでもSランクなんだから。実力無しで、そこまで上がらないよ」


 僕が息も絶え絶えな状態のなか、ソフィアさんは全く息を切らしてなかった。あれだけ運動量が違えば、当たり前だけど、出来れば、僕もこのくらいに慣れたら良いな。


「もうちょっと一撃の重さを上げられたら良いんだけどね。まぁ、無理な事を伸ばすよりも、まだ伸びやすいところを伸ばそうか」

「無理な事……」


 さらっと僕にこれ以上筋肉は付かないみたいな事を言われた気がする。人間、やればどうにかなるし、これ以上筋肉が付くことだってあり得ると思うのに……


「取りあえず、体力を伸ばそう。というわけで、時間まで走り込みね」

「え?」


 聞き間違えだと思い、少し間抜けな声が出る。

 この練習場は一時間貸し切りにしている。そして、僕達はまだ十分も使っていない。つまり、少なくとも、後五十分は走りっぱなしになる。


「さっ! 頑張ろう!」


 そう言って、ソフィアさんが背中を押してくる。ソフィアさんも一緒に走るようだけど、さすがに五十分ぶっ続けで走るのは嫌だ。

 今だからこそ使える上目遣いによる甘えを見せる時だ。ソフィアさんに向かって、上目遣いでちらっちらっと訴える。しかし、ソフィアさんには通じず、別方向に察していた。


「やりきったら、ご褒美にチューしてあげるね」

「えっ、いらない……」


 僕がそう言うと、ソフィアさんは頬を膨らませた。


「いつも喜んでるくせに……」


 そう言われた瞬間、顔が真っ赤に染まるのを感じる。顔から火が出ているようだ。


「はい。切り替えて。ほら、走るよ」

「は~い」


 結局走らないという選択にはならず、ソフィアさんと一緒に走る事になった。途中十分くらいでへばり始めたけど、ソフィアさんがすんなりと休ませてくれるはずもなく、三十分続けて走らされた。その後で、五分休憩してから、十分間走った。もう呼吸が出来ないのではないかと思うくらい疲れた。地面に大の字で倒れているくらいだ。


「ふぅ……やっぱり、砂の上で走るのは疲れるね。クリスちゃん、大丈夫?」

「…………」


 ソフィアさんの問いかけに無言で頷くくらいしか出来ない。


「やれば出来るものでしょ? 限界だって思っても、まだまだいけるものなんだよ」

「死に……かけて……ます……けど……」

「…………」


 ソフィアさんの方見ると、スッと目を逸らされた。ソフィアさんもやり過ぎたと思っているのかもしれない。というか、そう思っていて欲しい。


「ほら、起きて。夕飯食べてから、銭湯に行こう」

「は~い」


 地面から起き上がった僕の背中を、ソフィアさんが叩いて、砂を落としてくれた。

 そうして、ギルドの練習場から出た僕達は、夕食を食べに向かった。ついでに、もう着ないであろう服を古着屋に売りに行く。着古したものに関しては、夜に使う布用に取っておく事になった。普通にタオルでも良いんだけど、タオルの枚数も限られているので、そっちに回す事になった。若干恥ずかしいけど、こればかりは、僕が悪いので何も言えない。

 そういった用途に使った服は、何回か使用して後に、ゴミとして出すので、荷物としてもあまり嵩張る事はなかった。


「クリスちゃんは基本的に綺麗に着てくれるから、買い取り価格も高くなって有り難いよ」

「依頼を受けて外に出ても、基本的に汚れるのは、ローブだけですからね」


 汗による汚れは仕方ないとして、返り血などの汚れなどは落ちにくい上見栄えも悪くなるので、買い取り価格が下がるらしい。僕は、この服の上からローブを着ているため、返り血はローブにくらいしか掛からない。そのため、基本的に上質と呼ばれる状態で維持出来ているみたいだ。それでも、ソフィアさんが買ってきた値段には遠く及ばない。

 古着屋で服を売った後、夕食を済ませる。そして、銭湯でたっぷりとかいた汗を流し、湯船で身体を温めた。

 そうして宿に戻ってきた僕は、ローブを脱いで大きく身体を伸ばす。


「う~ん……つっかれた~……」

「結構走ったもんね」


 ソフィアさんは、僕が両腕を上に上げている事を良いことに、シャツを脱がしてきた。


「いきなり脱がさないで欲しいんだけど」


 上半身が下着になったけど、あまり気にしない。ソフィアさんならやりかねない事だったからだ。いきなり押し倒されたりしたら、驚くけど。


「良いから良いから」


 ソフィアさんはそう言いつつ、パンツまで脱がしてくる。そして、新しく買ってきたおしゃれな下着を着けさせられる。さらにその上から、ベビードールも着させられた。


「うん! 似合ってる! 可愛い!」


 ソフィアさんは興奮しながら、僕を抱きしめてきた。そして、さりげなくお尻を触ってくる。


「本当に、クリスちゃんはすべすべだよね~」

「ソフィアさんも変わらないと思うけど」

「そう? あ、そうだ。忘れてた」

「?」


 何を忘れていたんだろうと思っていると、いきなりキスをされた。それも、かなり長い。口の中の唾液を全部飲まれるかのようなキスにされるがままになっていると、そのままゆっくりとベッドまで押し倒される。

 そこで、ようやく唇が解放された。


「ぷはっ……いらないって……言ったつもりなんだけど……」


 走ってもいないのに、若干息切れしながらそう言った。それを聞いたソフィアさんは、ニコニコと笑っている。


「でも、嬉しいでしょ?」


 そう言われて、ちょっとだけ視線を逸らす。それを肯定と受け取ったソフィアさんは、また同じようにキスをしてきた。

 今回は、いつもよりもキスが多めだった。

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