第22話 可愛いの見つけちゃったから!

 三十分程待っていると、街の帆からソフィアさんが駆け寄ってきた。


「待たせちゃってごめんね!」


 ソフィアさんは駆け寄ってきた勢いのまま、僕を抱え上げた。


「抱っこはしなくて良いんけど」

「え~、寂しくさせちゃったかなって思ったんだけど」

「一、 二時間離れたくらいで寂しいとは思わないけど」

「えっ……」


 ソフィアさんは、何故かショックを受けていた。さすがに寂しくないは言い過ぎだったのかもしれない。


「う、嘘、嘘。本当は寂しかったよ」

「何か気を遣わせちゃってごめんね……」


 こっちの気遣いを一瞬で見抜かれた。さすがに、そこまでチョロくはない。てか、ちょっと面倒くさい。この状況を、一気に打破する方法を考えないと。ソフィアさんが喜ぶような事は、何か。それを考えた時、すぐに頭を過ぎった事があった。ただ、それをこの場でするのは、ちょっと恥ずかしさがある。

 僕は、ソフィアさんに抱えられながら、周囲を見回す。ちらちらとこっちを見る人がいるけど、その数は少ない。そして、僕はフードを目深に被っているから、顔を見られる心配もない。

 僕は、ソフィアさんの頬に顔を近づけて軽くキスをした。すると、ソフィアさんは目をパチパチとさせていた。驚いてはいるようだけど、機嫌が直ったのかは分からない。

 どうだろうかと思いつつ、ソフィアさんを見ていると、素早く僕の唇に重ねてきた。一瞬だったので、他の人には見えていない。

 ただ一つだけ分かったのは、ソフィアさんの機嫌が直っているという事だ。ソフィアさんは、僕を抱えたまま歩き始める。

 先程抱える必要はないと言ったはずなんだけど、ソフィアさんは全く気にしていない。その指摘をしたら、また落ち込みかねないので、このままでいる事にした。羞恥心に襲われるが、これは我慢する。僕の方が大人なわけだしね。

 そのままの状態でギルドまで来ると、冒険者達の視線が僕に突き刺さった。それをソフィアさんが威圧して黙らせる。受付に来た僕は、魔石とゴブリンの歯を出す。


「これは……ゴブリンの歯ですね。買い取りでよろしいですか?」

「はい。お願いします」

「かしこまりました。魔石二十五個とゴブリンの歯が一つ、そして依頼達成料を合わせまして、銀貨十枚となります」


 ファウルムで冒険者を始めた時と比べたら、かなりの大金が入った。今回は、倒した魔物の数が多かった事とゴブリンの歯で嵩増しされている。普通の依頼達成料だけだったら、銀貨二枚と大銅貨がいくつかになっていたと思う。


「クリスちゃん、今日はどうする?」


 これはまだ依頼を受けるかの確認だろう。今から依頼を受けても、夕暮れまでに帰ってくる事が出来るか分からないので、もう受ける気はない。


「今日はこれで終わりにする」

「それじゃあ、宿に戻ろうか」

「あ、本屋に寄りたい。近くにあるかな?」

「うん。さっき見つけたから、そこに行こうか」


 ここら辺で下ろされると思っていたけど、そんな事もなく抱えられた状態のまま本屋へと向かった。さっきのは、やり過ぎてしまったのかもしれない。かといって、他に何か方法があったのか分からないけど。

 ソフィアさんが連れてきてくれた本屋は、少し大きめのところだった。もう少しこぢんまりしているところだと思っていた僕は、少し驚いた。


「ここの本屋は、他の街と比べて少し大きいんだ」

「ね。私も見つけた時、びっくりしちゃった。ところで、何の本を探すの?」

「魔法に関するものと、出来れば錬金術に関するものも」

「なるほどね。何かあるといいけど」


 そこでようやくソフィアさんが下ろしてくれた。本屋内で抱えていたら迷惑になると思ったのかもしれない。本屋の中は、見た目同様に広い。これなら品揃えも期待出来る。


「魔法の本棚……魔法の本棚……あっ、あったよ」


 どこに魔法に関する本があるか探していると、ソフィアさんが見つけてくれた。そこには、魔法に関連した本が多数並んでいる。この中から、今の僕に必要な本を探していく。


「…………これ……いや、これかな……? いや、こっちか」


 僕が手に取った本は、『初級魔法の取り扱い方』と『魔力の運用法』と『性別による魔力量の違い』の三冊だ。この中でも、三冊目の本は、僕が一番知りたい事が書かれていると思われる。


「錬金術は、あっちだね」

「ありがとう」


 探している本棚は、ソフィアさんが、すぐに見つけてくれる。はソフィアさん自身は、特に買うものがないから、先回りをしてくれているのだ。

 ソフィアさんのこういう細かい気遣いは、本当に有難い。おかげで、自分の欲しい本を、すぐに見つける事が出来た。

 錬金術の本は、『錬金術入門』と『錬金術から作られる薬』の二冊を選ぶ。


「全部で、銀貨十枚……今日の収入の全部か……」


 さすがに、これは買いすぎかと思い、本当に買うべきかを考える。


「必要なら買えば良いと思うよ。もし内容を覚えたら売ればいい話だし」


 悩みに悩んでいると、ソフィアさんが助け舟を出してくれた。確かに、内容を覚えれば、ずっと持っている必要はなくなるので、売ってしまって良い気がする。

 同じ値段が返ってくるわけじゃないけど、そこは仕方ない。


「売るって発想はなかったや。それで行こう。じゃあ、買ってくる」

「うん」


 僕は、計五冊の本を購入する。五冊もあると、思ったよりも重く、ちょっとだけフラつきながらも本を抱えてソフィさんの元に戻ると、ソフィアさんが本を持ってくれた。


「僕の本だから、自分で持つよ?」

「クリスちゃんが持つと、落としそうだから、私が持つよ。結構重いし」

「ありがとう」


 少し甘えすぎかと思いつつも、僕が持つと他の人の迷惑に繋がるかもしれないとも考えられるので、素直に甘えた方が良いはずだ。


「もう少し、力が付けばなぁ」

「勢いを乗せれば、ゴブリンを蹴り飛ばせるのにね。多分、腕の筋肉が少ないんじゃないかな」

「筋トレあるのみか……」

「まぁ、今のクリスちゃんだと、そう簡単に筋肉はつかなさそうだね」

「はぁ……男に戻りたい」


 男のままだったら、こうしてソフィアさんに持って貰わなくても大丈夫だったはずだ。まぁ、そもそも男だったら、ソフィアさんと知り合うこともなかっただろうけど。


「それにしても、最初みたいに返り血で汚れる事が少なくなったね。良いことだと思うよ」

「ソフィアさんに教えられた通り、止まらずに動く事を意識しているから。もしよかったら、また鍛錬に付き合って」

「もちろん。いつでも相手になるよ」


 そんな話をしながら、宿へと戻る。本を自分の荷物を置いている場所に置いていると、あるものに気が付いた。


「ソフィアさん、また服を買いました?」

「うん。クリスちゃんにぴったりな服を見つけてね。気に入ってくれるものがあるといいんだけど」


 ソフィアさんは、ことあるごとに僕の服を買ってくる。カエストルでも同様に沢山買ってきていた。その理由としては、一度ソフィアさんが留守にしていた時に、ふと思い立って、自分がどんな風に見えているかを鏡の前に立って見ていたところを、帰ってきたソフィアさんに目撃され、おしゃれに目覚めたと思われたからだった。

 まぁ、その後に、本当におしゃれに興味が出てしまったのだけど。男性でもおしゃれをする事はあるけど、僕の方向性は、どう考えても女性方向だったので、若干落ち込んだのを覚えている。今では、大分吹っ切れているけど、もしかしたら、ここも女性の身体に精神が引っ張られているって考えられるのかもしれない。

 そういうわけで、ソフィアさんは僕が依頼に出ている間に、服屋を回っては、僕に似合うもしくは僕が気に入りそうな服を買ってくるようになったのだ。

 ちなみに、僕が着ない服などに関しては、古着屋に売ったりしている。こういうところから、さっきの本を売るって発想が出て来たのかもしれない。


「う~ん……最近買いすぎじゃない?」

「そう?」


 おしゃれに興味が出たと言っても、結局のところ見てくれるのはソフィアさんだけだ。髪を見せるわけにはいかないので、それを隠すために絶対上からローブを着るからだ。

 たった一人に見せるだけなのに、こんなにいらないだろうと思うんだけど、寧ろ僕のおしゃれを見るたった一人の存在だから、色々見たいのかもしれない。


「それに、また下着も買ってるし……」 

「可愛いの見つけちゃったから!」


 僕もソフィアさんも楽しいので、基本的には良いのだけど、一つだけ困るのは、際どい下着を買ってくる事だった。これに関しては、僕の趣味では無くソフィアさんの趣味なのだけど、僕に買ってきてくれているので、夜に着てあげる事にしている。それだけでもソフィアさんは大喜びしてくれるからだ。あまり際どすぎるのは、さすがに断るけど。


「これなんかどう? クリスちゃん、フリル系が好きでしょ?」


 そう言って、ソフィアさんはフリルが沢山付いたワンピースを見せてくる。確かに、よく選ぶような服だった。好きは好きだけど、ちょっと子供っぽく見えるから、複雑なんだよね。そう思いつつも、その服に着替える。おしゃれに目覚めたとはい言っても、まだ髪のアレンジの仕方などを理解しているわけではないので、そこはソフィアさんにやって貰う。


「この服だったら、ツインテールかな。ふわふわ系よりもストレートなものにしようか」


 ソフィアさんの手によって、綺麗に整えられたツインテールになっていく。


「うんうん。可愛い! 似合ってるよ」


 僕を鏡の前に出したソフィアさんは、鏡に映る僕の姿を見て、悶えていた。確かに、少し幼めな容姿もあって、こういう服は似合う。鏡の前で色々な方向から自分の姿を見ていると、ソフィアさんがニヤニヤしながら、こっちを見ていた。

 ソフィアさんもご満悦なんだなと思っていると、ソフィアさんが衝撃の一言を発した。


「そういうところも女の子っぽくなったよね」

「!!」


 確かに、こんな風に鏡で自分の姿を見るのは、女性の方が多い気がする。おしゃれに目覚めたところまでは、受け入れたけど、まさか自分の所作までもが女性のようになっているのは、複雑だ。精神が引っ張られ始めたではなく、既に大分引っ張られているという証拠になっていた。

 ますます元の身体に戻った後が心配になってきた。


「今日のところは、このくらいにしておく?」

「……いや、こうなったら開き直る! じゃんじゃん着てやる!」

「その意気だ! じゃあ、次はこれで」


 この後、どんどんと服を着替えていき、ソフィアさんに見せつけていった。ソフィアさんも楽しんでくれるし、僕も結構楽しかったので、取りあえずはこれで良い。

 もうこれ以上気にしていたら、男に戻るまで生きていけない。完全に開き直って、女の子らしく生きていく事にした。

 身体に精神が引っ張られるんだとしたら、男に戻った時は男の方に引っ張られるはずだし。それなら今を楽しんで生きていく方が良いに決まってる。

 まぁ、それまで副作用で死ななければだけど。

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