第21話 短剣の手入れはしておいた?

 翌日。熟睡したおかげなのか昨日の夜の疲れはない。カエストルで過ごしていた時と同じように、ギルドに行く準備をする。髪を簡単に縛って、ローブの中に入れ、しっかりとフードを被る。そして、腰にソフィアさんから貰った短剣を差している。


「短剣の手入れはしておいた?」


 短剣を見たソフィアさんがそう言った。一応、簡単な手入れは、ソフィアさんに教わりながら自分でやっている。


「うん。カエストルから出発する前にやったけど」

「それならいいや。短剣がなくなったら危ないからね。魔法が使えるって言っても、魔法だけで戦えるわけじゃないんだから」


 ソフィアさんの言うとおり、ある程度魔法を使えるようにはなっているけど、魔法だけで戦える程ではない。そのため、今はソフィアさんから貰った短剣と同時に使って戦っている。カエストルにいる間に、ソフィアさんから何度か指導を受けて、短剣での戦いもかなり慣れていた。おかげで、魔法と一緒に使った戦いも、安定させる事が出来た。


「気を付ける」

「うん。それじゃあ、ギルドに行こうか」

「あ、よろしく」


 僕の方向音痴は筋金入りなので、基本的にソフィアさんの案内でギルドに向かう。一ヶ月くらいしたら、少しは覚えるのだけど、それくらいしないと、迷い続けてしまう。

 ライミアの実験台になって、何度か治せないかやってみたけど、結局治る事はなかった。

 ラバーニャのギルドは、他の街と似たような雰囲気だった。街よって違うみたいなものはないみたい。ソフィアさんと一緒に歩いているからか、ものすごく注目を集めている。

 僕一人だったら、すぐに絡まれていただろうけど、そういう人にはソフィアさんが睨んでいるので、今絡まれるという事はなかった。


「う~ん……やっぱり討伐系かな」

「Eランクになったもんね。討伐内容もカエストルと同じ感じだし、良いと思うよ」


 ソフィアさんからもお墨付きをいただいたので、討伐依頼を手に取る。そこには、ゴブリンの群れ討伐と書かれている。


「ゴブリンの群れかぁ」

「カエストルでも、何回か受けてるよ?」

「そうなんだけどねぇ。ゴブリンって小賢しいから」

「ああ……まぁ、それは分かる」


 何度かゴブリンの群れと戦っているけど、本当にずる賢い時がある。一度、ゴブリン達の罠に引っ掛かった事もあった。相手に誘導されたって感じだったけど、本当に危なかった。あの経験から、絶対にゴブリンとの戦いは油断しないと決めている。


「まぁ、大丈夫だよ。油断はしないから」

「絶対にだよ?」

「うん。それじゃあ、受注してくる」


 僕は、紙を持って受付に向かい、依頼の受注を終わらせて、ソフィアさんの元に戻った。


「できたよ」

「うん。じゃあ、街の出口に向かおうか」


 ソフィアさんの案内で、ラバーニャの出口に着く。


「それじゃあ、いってらっしゃい」

「うん。いってきます」


 街の出入口でソフィアさんと別れて、近くにある森に向かう。依頼書にも森の中にいると書いてあったので、ここで間違いないはずだ。さすがに、森に行くのに道に迷うことはなく、そのまま森の中へと入っていった。

 ラバーニャ付近の森は、ファウルムやカエストルの森と似たような感じだった。

 ゴブリンがいる場所は、意外と簡単に調べる事が出来る。ゴブリン達は、自分の縄張りを示すために、木の幹に傷を付ける。ただ、ゴブリンの身長で傷を付けるため、大人が見つけるのは、少し苦労するという話を聞いた事がある。でも、今の僕なら、比較的観点に見つける事が出来る。

 能動的にゴブリンを探すのであれば、これが基本らしい。王都にいた際、本で得た知識だ。


「えっと……おっ、あった」


 ゴブリンの縄張りの傷を見つけた。ここからそう離れていないところに、ゴブリンがいる。僕は、なるべく物音を立てないように歩いていく。

 すると、自分のものではない音が聞こえる。私は、その音に背を向けるようにして、木に隠れる。少しだけ顔を出して、音の発生した方を見る。そこには、ゴブリンが六体いた。群れの数としては、最小規模だ。あるいは、近くにあるかもしれない集落の偵察かもしれない。

 どのみち数は減らしておくに限る。


「『水刃すいじん』」


 僕が伸ばした指先から、水の刃が勢いよく飛び出す。その水は、ゴブリン達の頭上を通り抜け、その奥にある木に命中した。ゴブリン達は、その木の方を向いて、そちらに注目する。

 そんなゴブリン達の背後に突っ込む。まだ気が付いていない一体のゴブリンのうなじに短剣を突き刺して、すぐに引き抜く。そして、その横にいるゴブリンの喉を斬り裂く。このタイミングで、残り四体のゴブリンが僕に気付く。


「『風刃ふうじん』!」


 風邪で作った小さな刃で、一体のゴブリンの視界を奪う。これで一体は役立たずになった。

 そして、別の一体が、ボロボロのナイフを持って突っ込んできた。突き刺そうとしてきたボロボロのナイフを短剣でへし折り、その首に蹴りを入れた。首を折った感覚をつま先で感じる。そこに、二体のゴブリンが襲い掛かってくる。


「『閃光せんこう』」


 光が弾けて、ゴブリン達の目を眩ます。その二体の首を、素早く斬り裂く。そして、最後に目を潰したゴブリンにトドメを刺した。

 今の戦闘で使った魔法は、全部初級に該当する魔法だ。名前だけ聞けば強そうに聞こえるかもしれないが、その実、各々の属性の小さな刃を飛ばせるだけのものだ。元々は、もう少し殺傷力のある魔法も使えたけど、その魔法は、今の僕ではまだ使えない。


「ふぅ……」


 一旦一息はつくけど、すぐに周囲を警戒する。他にゴブリンが歩いているような音は聞こえないので、周囲に他のゴブリンはいない。

 その間に、ゴブリン達は灰になったので、魔石を回収していく。その中に少し黄ばんだ歯を見つけた。稀な確率で、灰にならなかった部位が残るという。恐らく、その類いのものだろう。


「…………」


 ゴブリンの歯。どう考えても不衛生だった。僕は、適当な布に包んで、魔石と一緒に回収しておいた。もしかしたら、何かに使えるのかもしれないし。

 ここで欲を出して、他のゴブリンも狩りに行くか、このまま一度戻るか少し悩むけど、ソフィアさんに無理はしないと約束したので、一度戻る事にした。

 恐らく帰り道で合っているであろう道を進んでいると、また自分のものではない音が聞こえた。そちらを見てみると、五体のゴブリンが歩いている。帰り道の中で、見つけてしまっただけなので、ソフィアさんも怒らないだろう。


「『水刃』」


 さっきと同じように、ゴブリンの意識を別方向に向けさせて接近し、二体のゴブリンを素早く仕留める。ここまでは、いつも通り上手くいく。この次からは、さっきとは違う展開になった。

 五体だと思っていたゴブリンの他に、少し離れたところに弓を持ったゴブリンが隠れていたのだ。その姿を確認した瞬間、矢が飛ばされてくる。


「『魔力障壁』!」


 放たれた矢が、僕の目の前で止まる。本当にギリギリだった。

 こうなったら、まず倒すべきなのは弓持ちゴブリンだ。僕は、近くにいたゴブリンの腕を斬り落とす。そして、その首を掴んで、弓持ちゴブリンに接近していった。弓持ちゴブリンは、すぐに矢を放ってくる。僕は、片手に持ったゴブリンでその矢を防ぐ。それを見た弓持ちゴブリンは、ぎょっとしていた。

 その間に、距離を詰めて、残り三歩のところで、片手に持ったゴブリンを、弓持ちゴブリンに向かって投げつける。弓持ちゴブリンは、そのゴブリンを受け止めてしまう。ここで避けるという行動を取らないのは、仲間想いだからだろうか。普段なら良い面なんだろうけど、この時は避けるべきだった。

 僕は、弓持ちゴブリンの右側に飛び込み、脇腹から心臓に目掛けて短剣を刺す。そして、すぐに短剣を引き抜いて、背後からも突き刺した。

 そこに僕を追ってきたゴブリン達が飛びかかってくる。


「『魔力障壁』!」


 飛び込んできたゴブリンと僕との間に魔力障壁を展開して、接近を防ぐ。その間に、さっき腕を斬り落としたゴブリンにトドメを刺す。

 残りは二体。

 一体のゴブリンに向かって、近くにあった石を投げつける。額に命中したので、一瞬だけ怯んだ。そのゴブリンを、近くにいたゴブリンに向かって蹴り飛ばす。やはり仲間を受け止めたゴブリンの心臓に短剣を刺して倒した。


「ふぅ……ちょっと危なかったな。弓を持ったゴブリンもいるって想定しておかなきゃ。ソフィアさんにああ言ったのに、ちょっと油断してたかも」


 反省をしつつ、ゴブリンの魔石を回収していった。今回は、魔石以外に何も落ちていなかった。まぁ、今回の歯が初めてなので、本当に低い確率なんだと思う。戻ったら、ソフィアさんに訊いてみよう。

 その後、スライム十体とゴブリン三体と遭遇して戦いになったけど。問題無く倒せた。さっきの弓持ちゴブリンで、自分が少し油断していた事を自覚したので、少し時間を掛けて戦った。魔法の使い方も、少しずつ分かってきた気がする。

 それでもこの身体で出来るはずの事を、ちゃんと出来ていない。僕はそう感じていた。こればかりは、僕の感覚の問題なので、ソフィアさんに相談しても答えは出ない。


「……この身体に慣れたら……元の身体での戦闘の感覚も忘れちゃうのかな……」


 少し心配だけど、こればかりはいくら悩んでも仕方ない。この身体に慣れないと、下手したら死んでしまうかもしれないのだから。


「街に戻ったら、本屋を探してみよう。もしかしたら、魔法に関して何か分かるかもしれないし」


 それから二十分程掛けて、森から出る事が出来た。街が見えるところに出られたので、問題無くラバーニャに戻る事が出来た。街の入口には、まだソフィアさんはいない。街に買い物をしに行ったんだと思う。自分でギルドに戻る事は出来ないと思うので、この入口でソフィアさんを待つことにした。

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