第20話 段々と女の子みたいになってきた?

 二人で並んで入浴を済ませた僕達は、すぐに宿へと戻っていった。既に日も沈んでいたので、外にいる意味がないからだ。とは言っても、仮に夕方のままでも、すぐに宿に戻る事にはなっていただろう。

 ソフィアさんが我慢出来ないから。


「ク・リ・ス・ちゃ~ん」


 宿の部屋に戻ってきた途端、ソフィアさんに抱えられてベッドまで連れて行かれ、押し倒された。


「きゃっ!?」


 いきなり押し倒されたので、思わず声が出てしまった。それを聞いたソフィアさんは、少し目を丸くしていた。


「段々と女の子みたいになってきた?」

「不本意です……」


 何だか、最近ちょっとしたところで、女の子らしさが出て来ている気がする。若干落ち込んでいると、頭の中で一つの考えが浮かんできた。


「もしかして、精神が身体に引っ張られているのかも……」


 僕がそう言うと、ソフィアさんがピクッと反応した。


「ん? どうかした?」


 ベッドの上で押し倒された姿勢のまま、ソフィアさんに訊く。すると、ソフィアさんは、そのままの姿勢で少し考え始めた。僕が言った言葉で、ソフィアさんに引っ掛かる部分があったみたいだけど、それを言うかどうか迷っているのかもしれない。


「僕に関する事なら、何でも言って欲しい。ソフィアさんにしか気が付かない部分もあるだろうから」


 僕の身体の異常は、自覚症状だけを気にしていれば良いというわけじゃない。他者から見た異常も知っておかないといけないと僕は考えている。だって、僕の髪に付加される魅力の力も、他の人が僕に見惚れているのを見て、気が付いた事だから。

 ソフィアさんは意を決したように、口を開いた。


「今、精神が身体に引っ張られているのかもって言ったよね」

「うん」


 やっぱり、そこに引っ掛かっていたらしい。それが確認出来ただけで、僕は、ソフィアさんが言いたい事が大体分かった気がする。


「もしかしてだけど、ソフィアさんも僕の精神が身体に引っ張られているって思う時があったの?」

「うん。でも、クリスちゃんが考えている方じゃないよ」

「?」


 ソフィアさんの言葉に、僕は首を傾げる。僕が考えている方じゃないとはどういう事だろうか。その答えは、すぐにソフィアさんの口から紡がれた。


「私が引っ張られていると思ったのは、年齢の方。クリスちゃんは、気が付いていないみたいだけど、クリスちゃんの実年齢しては、精神が幼い時がよくあったの。だから、私は身体に引っ張られて、精神が退行しているって思っていたんだ」

「…………」


 ソフィアさんに言われて、少し思い当たる事がある事に気付いた。元々そこまでキツい性格はしていないけど、子供っぽい性格でもなかった。

 でも、ソフィアさんの前では、少し子供っぽくなっていたような気がする。誰かに甘えても良いという気持ちがあったからか、あるいは、ソフィアさんの言う通り、身体に引っ張られて、精神まで退行していたか。どちらにせよ性格が変わり始めていると考えられる判断材料にはなる。

 だけど、もう一つ考えられる事もある。それは、僕の性格、精神が最初からそうだったという事だ。自分でも気付かない一面。そういったものが僕の中にもあったのかもしれない。

 ただ一つ言える事は、少なくともさっき発したような女性語は使った事はなかった。どんなに不意を突かれてもだ。

 この事から、精神の退行はともかく、男性寄りから女性寄りになり始めているのは、確実だと考えられる。


「もし、これから先もソフィアさんが、精神が退行しているって感じたら教えてもらえますか? 実際に退行しているか調べたいので」

「……うん。わかった。もしかしたら、クリスちゃんは、驚いて取り乱しちゃうかもって考えていたけど、余計な心配だったみたいだね。これからは、もっとクリスちゃんよ事を信頼して話すようにするね」

「一ヶ月前とか、出会ったばかりの頃だったら、そうなっていたかもしれませんが、今は、ソフィアさんのおかげで、きちんと考えるだけの余裕はありますから」


 僕がそう言うと、ソフィアさんは嬉しそうに笑った。そして、その後に、少しだけ悪い笑みを浮かべる。


「ところで、過去を振り返ってみたからかわからないけど、今、敬語使った事に気づいてる?」

「あっ……」


 ソフィアさんとの取り決めの一つ。敬語を使ったら、その日の夜はちょっと激しくなる。本当の本当に無意識で敬語を使ってしまった僕は、その事を思い出して、冷や汗をかく。

 そんな僕にお構いなしに、ソフィアさんの目は、爛々と輝いていた。


「お、お手柔らかに……」

「やだ」


 乱暴な事はされなかったけど、本当にいつもよりも激しくされた。それこそ、足腰が立たなくなるぐらいに。


────────────────────────


 真夜中。クリスは、静かに寝息を立てていた。行為が終わると、疲れ果てて眠って仕舞ったのだ。


「ちょっとやり過ぎちゃったかな?」


 ソフィアは、クリスを起こさないように身体を拭いていた。このまま寝てしまうと、クリスが風邪を引いてしまうかもしれないからだ。

 最後にクリスの下に敷いているタオルも回収して、洗面所で軽く洗い、干しておく。これはいつもの事なので、もう慣れっこだった。


「それにしても、クリスちゃんが、しっかりと受け止めてくれて良かった。それでも、旅を急ぐ理由は出来ちゃったなぁ。このままだとクリスちゃんが心まで女の子になっちゃいそうだし。まぁ、私としては、それでも良いけど、クリスちゃんはそうもいかないもんね」


 ソフィアはそう言いながら、ベッドで眠っているクリスの寝顔を覗きこむ。クリスは、あどけない顔で寝ている。そんなクリスの唇にキスをして、ソフィアもベッドに入った。


(ラバーニャで、一ヶ月稼いで、そのままマレニアまでの道のりを最短期間で進む。野営を挟んで一ヶ月近くの旅程だから、一ヶ月の稼ぎで間に合うはず。正直、街ごとに休んでもいいけど、ピリジンとバルムントは、周囲を険しい山で囲まれて、馬車が乗り入れ出来ない場所にある街だ。同時に、強い魔物が住んでいる場所でもあったはず。そこを考えると、マレニアまで突っ切った方が良い。ピリジンとバルムントは、物資の補給に立ち寄るって感じかな)


 ソフィアの中での旅程は、このような感じだった。ピリジンとバルムントにも滞在した事があるソフィアは、その時の経験を踏まえて、突っ切るという選択をしたのだ。クリスは、魔物の分布詳しいが、それは本に書かれた知識だ。その本がいつ書かれたかによって、分布も変わってくる。

 二つの街にソフィアが最後に滞在したのは、一年程前の事だ。その時には、街の近くの魔物は少し強めになっていた。ソフィアが把握している中で、分布が変わっている場所は、ピリジンとバルムントだった。これは、その街の人達にも確認を取った事だったので、確定事項だ。


(クリスちゃんに言ったら、遠回りしようって言いかねないしね。私は、嬉しいけど、クリスちゃんからしたら、そうでもないだろうし、ここは私が頑張ればいいだけの話。でも、お金を稼ぐのはカエストルでも良かったかな……ここの奴隷の多さは異常だ。前に来た時よりも倍近く増えてる感じだし、クリスちゃんも何か気にしているみたいだったし)


 ソフィアの考えている通り、クリスはラバーニャの奴隷の多さに少し驚いていた。歩けば、十人以上の奴隷とすれ違う。それがラバーニャの現状だ。こればかりは、ソフィアも想像していなかった事態だった。

 それを確認した時、ソフィアはクリスの情操に悪い影響を与えないか心配になったが、すぐにクリスの実年齢を思い出して、我に返った。


(クリスちゃんが気にしすぎているようだったら、すぐに移動しようかと思ったけど、今のところは大丈夫そうなんだよね。もう少し様子を見てから、決めようかな)


 明日からの方針を固めつつ、ソフィアは、クリスを抱きしめるようにして眠りについた。

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