第19話 ラバーニャって奴隷によって、栄えた街だったよね?
男の身体に戻る手段を得るため、王都を目指している僕と道中の護衛をしてくれているソフィアさんは、ラバーニャという街に向かう馬車に揺られていた。
「はぁ……ごめん。僕のせいで、出発が遅れちゃって」
「別に大丈夫だよ。あれに関しては、私も失念していたし。それに、初めての事だったから、仕方ないよ。一応お薬も買っているし、次はもうちょっと冷静に対処出来るよ」
ラバーニャに向かう前、僕達はカエストルに一ヶ月間滞在していた。カエストルからラバーニャに向かう旅費と日用品を買うための資金を集めるためで、滞在の予定期間は二週間のはずだった。何故、二週間も伸びたのかと言うと、女性になった事で、それまで知らなかった緊急事態に直面したからだった。
その日は、本当にびっくりしてかなり取り乱した。ソフィアさんは、寝込んだ僕をテキパキと看病してくれた。ソフィアさんが傍にいてくれなかったら、不安に押し潰されていたと思う。立ち直りに一週間と様子見で一週間余分に過ごしてから、ラバーニャへと旅だったのだった。
後半の二週間は、良くない事が起こっていたけど、前半の二週間は、かなり有意義に過ごせた。依頼も特にトラブルが起きる事なく、順調に達成する事が出来て、ランクがEに上がった。おかげで、効率良く稼げるようになったから、有頂天になり始めたところで、例のあれになった。そのせいで、気分は急転落下、どん底になっていた。
様子見の一週間で、気分は大分回復したけど、そのせいで出発が遅れてしまった事を申し訳なく思っていた。
「ただ、冒険者は不規則な暮らしをしているから、こっちも不規則になる事が多いんだ。そこだけ心配かな」
「そうなんだ? あまり気にした事なかったな」
勇者パーティーで、冒険をしているとき、マイもアイもライミアも僕のようになっている事はなかった。
「もしかして、ライミアが薬でも作ってたのかな?」
「ライミアって、クリスちゃんを実験台にした錬金術師だっけ?」
周りに同乗の客がいるので、小声で呟いたら、ソフィアさんも小声で訊いてきた。
「うん。天才錬金術師で、色々な薬を作れたんだ。多分、市販のものよりも効果的なものも作れるはず」
「へぇ~、そういう事も出来るんだ」
ソフィアさんの声が、少し冷えている感じがする。そう思って、ソフィアさんの顔を見てみると、ニコッと笑って抱きついてきた。
「他のお客さんの迷惑になるから」
「じゃあ、膝の上に乗ってくれれば良いのに」
「カエストルでも色々と買って、荷物が増えたから、無理だよ。僕達二人の膝に載せないと邪魔になるし」
持ち運びが大変というわけではないけど、馬車で座る時は、自分の膝か足元に挟んでおかないと邪魔になる。今は、馬車いっぱいにお客さんがいるので、自分達の膝に載せている。
「クリスちゃん成分を補給出来てないから、飢えてるんだよ」
「それは申し訳ないと思うけど、街に着くまで我慢して」
「まぁ、仕方ないか。久しぶりだし、目一杯可愛がってあげるね」
「あ、うん……」
そんな事を話している内に、馬車がラバーニャに着いた。荷物を持って馬車から降りる。ラバーニャは、ラゴスタやユリージア、ファウルム、カエストルよりもかなり大きい。
「確か、ラバーニャって奴隷によって、栄えた街だったよね?」
「そうだよ。奴隷を労働力にして、街を発展させていったんだ。だから、他の街で見かけなかった奴隷が多くいるんだ。基本的には、そこまで粗末な扱いはされてないはずだけど、中には酷い扱いをされている奴隷もいるらしいね」
「奴隷の扱いって、そんなに粗末にしても許されるものなの?」
「私も奴隷に詳しい訳じゃないから、よく分からないけど、あまりいい事では無いみたい。クリスちゃんも奴隷を買っても、粗末にしちゃだめだよ?」
「そもそも奴隷を買う予定はないよ。それより、早く宿を見つけよう」
これ以上話が発展する事はないと思い、話を切り替えた。僕としては、それ以上の意味は無かったのだけど、ソフィアさんは、にんまりと笑っていた。
恐らく変な風に捉えられただろうけど、ソフィアさんの気持ちも考えて、黙っておこう。
「ラバーニャだと、一番良い宿はあそこかな。ここも銭湯があるから、宿を取ったら行こうね」
「うん、分かった」
ソフィアさんはご機嫌になって、僕の手を取り歩き始めた。そのままソフィアさんが宿まで連れて行ってくれるだろうし、僕は周囲の街並みを見ていく。少しでも覚えられたら、道に迷う事も経るだろうし。
ソフィアさんが案内してくれた宿は、馬車の降り口、街の入口から、十分程歩いたところにあった。結構高い建物で、見た目で高級感が溢れている。
「うわぁ……」
「ささっ、中に入ろう。いつも通り防音設備が整っているから、声の心配はしないで大丈夫だよ」
「お気遣いどうも」
僕の事を気遣ってくれたのは分かるんだけど、かなり恥ずかしい。周りを通り過ぎる人達に聞こえてないと良いけど。
ソフィアさんは、僕の背を押して、宿に連れて行った。宿の中は、かなり清潔感が高く保たれていた。さすがは高級宿というところだろう。ソフィアさんが手続きをしている間、僕は宿の外を眺めていた。
そこには、鉄の首輪を着けた人が多く歩いていた。中には、その首輪に鎖が繋がれている人もいる。そういう人は、身体が出来ているように見える。もしかしたら、犯罪奴隷とかなのかもしれない。
そんな人間観察をしていると、手続きを終えたソフィアさんが戻ってきた。
「部屋に行くよ」
「うん。そういえば、ラバーニャの予定滞在期間は?」
「一ヶ月と少しかな。なるべく王都近くまでの資金を集めておきたいから」
「街ごとに集めちゃいけないの?」
てっきり、それぞれの街でお金を稼いで進んで行くものと思っていたけど、ソフィアさんの中では、違う予定みたい。
「それも良いんだけど、ここから王都までの最短の道のりで考えると、どうしても徒歩での移動が必要だから、その部分を早めに消化したいんだ」
「危険が伴うから?」
「そういう事。ここからピリジン、バルムント、マレニアまで徒歩だから」
「なるほど。マレニアまで行けたら、王都までもうすぐだしね」
ソフィアさんの考えは、理解出来る。徒歩による移動は、魔物に襲われる危険が伴う。それに野営しないといけない可能性もあるので、さらに危険度が上がる。ソフィアさんが護衛を買って出てくれたのは、こういった点からなので、ソフィアさんに従う方が良い。
それに、この方がソフィアさんの負担も減らせるのかもしれない。
「だから、これから一ヶ月間は、クリスちゃんにたっぷり稼いでもらわないとね」
「うん。頑張るよ」
そんな話をしている内に、僕達が泊まる部屋に着いた。僕達が泊まるのは、この宿の最上階である五階の一室だ。
「うわぁ、滅茶苦茶豪華な場所だね」
僕は、呆れ混じりにそう言った。宿に関しては、ソフィアさんに任せるというのが契約の一つだ。だから、これに文句は付けられないし、付ける気もないけど、少しだけ緊張はしてしまう。
そんな僕の両肩に、ソフィアさんが手を置いた。
「ほらほら、荷物を置いて、夕飯食べて、銭湯に行くよ」
ソフィアさんに言われた通り、荷物を部屋に置いて、銭湯で使うものだけ取り出し、宿を出た。まずは、夕食を食べに向かう。
「銭湯に近いここで良いかな」
「うん」
僕達が入った店は、肉料理を取り扱っている店だった。僕達は、二人ともステーキを頼んで席に着いた。ここの店員も首に首輪を着けているところから、奴隷だという事が分かる。この街に奴隷じゃない人は、どのくらいいるのだろうか。ここまで奴隷ばかりだと、そういった事も気になってくる。
そんな事を考えながら、ソフィアさんを見ると、何やら考え事をしているようだった。
「どうかしたの?」
「ん? いや、前に来たときよりも奴隷が増えている気がしてね。多かったのは多かったけど、ここまでだったかなって考えていたんだ」
「へぇ~、ラバーニャには、あまり滞在してないから、僕は分からないや」
「まぁ、それで何が起こる訳でも無いし、気にしなくても良いとは思うけどね」
ソフィアさんはそう言って、ステーキを口に運んだ。ソフィアさんがそう言うのであれば、恐らくは大丈夫なのだろうと思い、僕もステーキを食べていく。ステーキを食べた後は、銭湯に向かう。ここも貸し切り風呂があったので、ソフィアさんは迷わずに貸し切り風呂を借りてくれる。
これは、僕が元男だから配慮してくれたというわけではなく、僕の髪にある魅了の効果を考慮してくれたからだ。これは、ライミアの薬の副作用だと考えている。
僕は服を脱ぎながら、自分の髪を触る。白くさらさらとした女性らしい髪だ。
「やっぱり、髪を切った方が良いよね?」
「駄目。どういう原理で、魅了をしているのか分からない以上、下手にいじらない方が良いと思うから。それに、こんなに綺麗な髪なんだもん。勿体ないよ」
ソフィアさんはそう言いながら、僕の髪を触って額にキスをしてきた。髪を切った結果、何が起こるか分からないと言われれば、確かにその通りだった。髪を切った瞬間、魅了の力があふれ出すみたいな事があるかもしれない。それを考えると、髪を切るのはやめておいた方が良い。
「綺麗でも厄介な髪だよ」
「まぁ、クリスちゃんからしたらそうだよね。でも、自分の一部なんだし、もっと大事にしてあげても良いんじゃないかな。少なくとも、私は大好きだよ」
今度は唇にキスをしてきた。
「ね?」
「まぁ、ソフィアさんがそう言うなら」
邪魔な髪って思っていたけど、ソフィアさんに好きって言って貰えたのは、素直に嬉しかった。ちょっと顔を赤くしていると、ソフィアさんに抱きしめられた。ソフィアさんも服は脱いでいるので、肌の暖かさを直接感じる。
「本当に、クリスちゃんは可愛いなぁ!」
「しつこいようだけど、僕は年上だよ?」
「年上でも可愛いものは可愛いの!」
ソフィアさんはそう言いながら、僕の頭を優しく撫で始めた。
「それよりも、早く銭湯に入りませんか?」
「あ、そうだね」
そう言って笑うソフィアさんと一緒にお風呂に入って、身体を洗ってもらう。一度、自分で洗った事もあったのだけど、髪の洗い方が悪かったようで、ソフィアさんに叱られ、洗ってもらう事になった。正直、それなら洗い方を教えてくれれば良いのではと思ったけど、ソフィアさんが楽しそうなので、大人しく現れる事にしている。
「髪も少し伸びたね」
「そうですか? 僕からしたら、もうかなり長いから、あまり実感がないですけど」
「女の子になってから、結構経ってるもん。少しは伸びるよ。私は、少し安心したかも。この状態でもちゃんと成長するんだって」
「ああ、なるほど……副作用で、成長すらも出来ない可能性があったのか。若返りの薬も飲んでいるわけだし」
身長はあまり変わっていないようだけど、髪は少し伸びたみたい。やっぱり切りたいなぁって感じるけど、何かが起きるかもしれない不安があるから、無理だ。
頭と身体も洗って貰った僕は、先に湯船に浸かる。
「ふぅ……」
馬車に揺られていただけだけど、固まっていた身体が解れるような感じがしてくる。しばらくぼーっと浸かっていると、ソフィアさんが隣に浸かった。
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