第18話 それじゃあ、出発だね

 翌日。朝、目が覚めた僕は、昨日の昼の乱れっぷりを思い出して、顔を真っ赤にして布団に包まっていた。


「クリスちゃ~ん。依頼を受けて、お金を稼ぐんでしょ? 布団に包まっていたら、依頼も受けられないよ?」

「うぅ……」


 正直、何で、あんなに乱れたのか、本当に分からない。普段の僕なら、さすがにあんなにはならない気がする。もしかしたら、あれも副作用の一種なのかもしれない。まぁ、身体がかなり敏感になっていたから、それと同じなのかもだけど。とにかく、今日の夜は、絶対にあんな風にならないように、少し自制しないといけない。そう思いながら、布団から出て、洗顔と歯磨きを済ませる。昨日の事があって、ソフィアさんと眼を合わせられない。

 そんな風に思いながら着替えを済ませると、ソフィアさんに顔を掴まれて、強制的に眼を合わせられる。そして、そのままいつも通りにキスをしてきた。


「それじゃあ、行こうか」

「はい」


 朝の日課を終えた僕達は、ギルドに向かって薬草採取の依頼を受けに向かう。ギルドの中に入ると、中の喧騒が静まりかえった。


「え……えっと……」

「気にしなくて良いよ。ほら、受付まで行こう」


 ソフィアさんはそう言って、僕の背中を押す。ソフィアさんと一緒に進んで行くと、周囲の視線がこっちに集中しているのが分かる。地竜を倒したソフィアさんの事を見ているって感じなのかな。

 結局、注目の的になっているだけで、誰にも絡まれることはなかった。そのまま受付まで向かう。


「クリスさん、お久しぶりです。お身体の調子は大丈夫ですか?」


 受付のお姉さんは、ニコッと微笑みながらそう言った。


「はい。怪我は全部治りましたので」

「そうですか。それなら良かったです。本日も薬草採取の依頼でよろしいですか?」

「はい。お願いします」


 受付のお姉さんは、テキパキと作業を熟してくれた。


「あ、あの……」


 受理されるまで待っていると、後ろから声を掛けられた。振り返って、誰が話しかけてきたのか見てみると、女性の冒険者のようだった。誰だか分からなくて、首を傾げたが、すぐにあの時、地竜に襲われていた冒険者だと気が付いた。


「えっと……助けて下さった子ですよね?」


 少し不安そうに女性冒険者がそう言った。今は、フードを被っているから、確信が持てないんだと思う。


「あ、はい。ご無事だったみたいで良かったです」

「い、いえ、こちらこそ、本当に無事で良かったです。あの時は、ありがとうございました!」


 女性冒険者が頭を下げた。こういうとき、どういう風に返すのが良いのかが分からず、一瞬どうしようと思い、取りあえず普通に返すことにした。


「えっと……どういたしまして?」

「はい。おかげで、皆の遺体も回収して弔うことが出来ました。本当にありがとうございました」

「それは……ご愁傷様です」


 遺体の回収……態々そう言うって事は、回収出来ないときがあるって事だよね。そう考えると、冒険者の仕事も色々と大変なんだな。


「あなたは、これからどうされるのですか?」


 仲間を失った女性冒険者が、これからどうするのか、少し気になって訊いてみた。


「しばらくは、ソロでやっていこうと思います。すぐに仲間が見付かるようなものでもありませんし」

「そうなんですか……頑張って下さい!」

「はい! ありがとうございます!」


 女性冒険者は、そう言ってから僕に手を振って別れた。そんな僕の傍にソフィアさんが近づいてくる。


「クリスちゃんが守った命だよ」

「僕が……?」


 ソフィアさんの言葉に首を傾げてしまう。正直、地竜の囮になって助けたって事しか意識していなかった。だから、守ったといわれてもピンとこない。


「そうだよ。クリスちゃんのおかげで、あの子の命は救われた。だから、今、ここでお礼を言われているんだよ。クリスちゃんが勇気を出さなかったら、起こらなかった事だからね。その点で言えば、クリスちゃんはお手柄ってわけ」

「なるほど……まさか、その点で、褒められるとは思いませんでした」


 僕がそう言うと、ソフィアさんは少しだけ難しい顔をした。


「う~ん、まぁ、やった事は褒められるべき事だしね。人助けをしたわけだから。でも、クリスちゃんが考えている通り、私は手放しに褒めるって事はしないよ」

「僕が、自分の命を顧みずに行動したからですよね?」


 僕がそう言うと、ソフィアさんはこくりと頷く。


「そういう事。人助けをするなとは言わない。でも、自分自身の強さとかを考えて行動して。人を助けて、自分が死ぬなんて、馬鹿な事は絶対に許さないからね」

「はい……」


 僕は、反省の意志も込めて、返事をする。すると、ソフィアさんがニコッと笑った。


「まぁ、クリスちゃんは、正義感が強いから、これだけ言ってもやめないんだろうけどね」

「えっ、いや、さすがに、そこまで言われたら、ソフィアさんのためにもやめると思うけど……」

「ないね。これは、断言出来る。クリスちゃんは、人助けをやめるなんて事はない!」


 ソフィアさんは、胸を張ってそう言いきった。何でそこまで言い切れるのか分からないけど、ソフィアさんから見た僕像は、そんな感じなんだろう。正義感が強いっていっていたけど、そこまで強く見えるのかな。自分じゃ意識していないから分からないや。


「ソフィアさんも僕を助けに来ているよね? それは?」

「私は、よっぽどのことがなかったら、負けないし」


 ソフィアさんはケロッとそんな事を言った。普通の人が言っていたら、自惚れが過ぎると言いたくなるのだけど、ソフィアさんのあの戦いぶりを見てしまうと、頷かざるを得なくなる。


「久しぶりにソフィアさんが、頼もしく見えたかも」

「久しぶりって何さ! 私はいつでも頼もしいでしょ!?」

「えぇ~……だって、昨日の夜を考えたら……」

「そっちだって求めていたくせに」


 僕達はそう言って、互いにジッと見合った後に、同時に笑い合った。遠慮無しにこんな風に話せるようになるとは、出会った時には思っていなかった。これも、ため口で話して良いって言ってくれたソフィアさんのおかげかもしれない。


「そうでした!」

「うぇ!?」


 冒険者の方にお礼を言われて、ソフィアさんと話していたら、受付のお姉さんが急に声を挙げて驚いてしまった。思わず、ソフィアさんの背後に隠れてしまう。


「あ、すみません。ソフィアさん、地竜の魔石の鑑定が終わりました」

「そうですか」


 受付のお姉さんがトレイに大銀貨二枚載せて渡した。唐突な大金に眼を剥いてしまう。ソフィアさんは、何でもないようにそれを受け取った。


「凄いお金ですね……」

「いや、大銀貨くらいなら見た事あるでしょ?」


 確かに、大銀貨は、治療院で働いていたときに見ている。というか、治療院でも賃金が一ヶ月で、大銀貨五枚だったので、バリバリに見ている。それでも、今の僕の経済上京で考えれば、大金である事に変わりはない。


「それはそうだけど……冒険者になってからは、見ていないし……」


 両替すれば銀貨に変えられるくらいは稼いでいるけど、まだ大銀貨までは届いていない。


「それもそうか。早く、稼げるようになると良いね。そうしたら、元の金銭感覚に戻るかもしれないし」


 そんな事を話している内に、依頼の受理が終わる。


「では、お気を付けて」

「はい」


 依頼を受けられた僕達は、いつも通りに入口まで一緒に向かう。その時に、ソフィアさんに手を繋いで貰っているけど、いつもより力が入っている気がする。僕が依頼を受ける事を了承したけど、心配だという気持ちはまだ残っているみたい。

 街の入口まで着いても、ソフィアさんはすぐに手を放してくれなかった。


「ソフィアさん?」


 僕がそう声を掛けると、ソフィアさんはハッとした顔になって、慌てて手を放す。


「ごめんね。ちゃんと約束したのに……」

「ううん。気持ちは分かるから。心配してくれてありがとう」


 僕がそう言うと、ソフィアさんは優しく笑う。そして、フードの上から頭を撫でると、軽くキスをしてきた。


「絶対に無理はしないこと。もし何かあったら、脇目も振らずに逃げること。誰かを助けるために自分を犠牲にしないこと。私のところまで来られたら、私が解決に向かうから。ちゃんと守れる?」

「分かった。守るよ」

「よし!」


 ソフィアさんとの約束事が決まると、ソフィアさんはぎゅっと抱きしめてきた。十秒くらい抱きしめると、ようやく僕を放す。

 僕は、ソフィアさんから離れていき、少し行ったところで振り返る。


「それじゃあ、いってきます」


 ソフィアさんに向かって大きく手を振る。ソフィアさんは、普通に手を振り返してくれた。


「いってらっしゃい。気を付けてね」


 そんな事をしていたら、周りの人達が、微笑ましいそうに僕達を見ていた。ちょっと恥ずかしい事をしてしまったかもと思い、少し顔を赤くしながら、街から離れていく。

 そして、僕は、またあの森の中に向かっていった。多少の緊張はあるけど、これも旅を続けるのに必要な事だから、頑張ろう。

 そう決意して、薬草採取へと向かった。


 ────────────────────────


 そんなこんなで、僕が、病院を退院してから、一週間の時が経った。

 その間で、ギルドで薬草採取の依頼を受けていき、ようやくFランクまで上がる事が出来た。僕が、この薬草採取をしている時に、少しだけ今までと変わった事があった。森の中で沢山の冒険者の人達を見かけたのだ。

 恐らく、この前の地竜の一件があったからだろう。冒険者の人達は、周りを警戒している雰囲気だったから、新たに地竜が来ないかどうかとかを調べていたと思われる。

 おかげで、魔物に襲われるという事もなく、安全に薬草を採取することが出来た。魔物が、この場から逃げ出しているのか、冒険者に殲滅されたのか分からないけど、有り難い限りだ。


 僕が依頼で外に出ている間、相変わらず、ソフィアさんは街の入口で待っていた。何故か、鬼気迫る表情をして、周りを威圧していたので、ギルドから注意された事もあった。僕の事が心配で、そうなっているので、僕も少しだけ申し訳なく感じてしまった。毎日、僕が無事に帰ってきていたので、日が経つにつれて、表情の険しさは取れていった。


 そして、これまでの稼ぎで、ようやくカエストルまでの費用を集める事が出来た。

 その日の夜、お風呂の中で、今後の予定について、ソフィアさんに相談していた。何故、お風呂かというと、ここが一番落ち着いて話せるからだ。部屋に戻ると、そういう気分になりそうだったし……


「お金は貯まったけど、カエストルに移動しても良いのかな? それとも、ここで王都までの費用を集めるべきなのかな?」

「う~ん、私的には、先に進んでも良いかもしれないかな。向こうにもギルドがあるから、お金は稼げるしね。先に進んで行った方が、旅が順調に進んでいる感じがするんじゃないかな?」

「なら、先に進もうかな。ソフィアさんの言うとおり、先に進んで行った方が、旅が上手くいっているって感じがすると思うし」


 それに、カエストル周辺の魔物は、ファウルム周辺の魔物と変わりないので、移動しても戦闘で困るような事はないと思う。今回みたいな異常事態でも無ければ……


「うん。分かった。じゃあ、明日一日を使って、準備を整えて、明後日に出発しようか」

「うん。そうしよう」


 僕が頷いて返事をすると、ソフィアさんが後ろから強く抱きしめてくる。


「必要なものは、消耗品くらいかな。衣類で困った事は無いよね?」

「特に、買い足しが必要な衣類はないはず。下着は十分にあるし、ローブも替えがあるから」

「じゃあ、消耗品だけだね。宿屋に戻ったら、何がないか確認しておかないと。戻ったら

 手伝ってね」

「うん。分かった」


 こうして、僕達はカエストルへと向かう事が決まった。


「カエストルに行くにあったって、何か注意する事ってある?」

「う~ん、別にファウルムに来る時と同じだから、特にないと思うよ。一応、また小さい街を経由するから、乗り換えを気を付けるくらいかな」

「地竜が暴れたから、何か変わるって事もないんだ」


 僕がそう言うと、ソフィアさんはちょっと難しい顔をする。


「乗合馬車のルートが変わる可能性もあるけど、そこまで大きな変化はないんじゃないかな。この前、クリスちゃんが採取に行っている間に、料金を調べて見たけど、特に変化はなかったよ」

「じゃあ、お金の問題も無いですね。良かったです」

「あっ!」

「あ……」


 間違えて敬語で話してしまった。一週間もあったので、ソフィアさんにため口で話すのも慣れてきていたのだけど、時々、敬語になることもあった。

 これでも、敬語を使う毎に、その日の夜が激しくなるという誓約を交わしたことで、敬語になる数はかなり減っているのだけど、今回は少し油断してしまった。

 あまり激しくなりすぎると、次の日に影響してしまうので、なるべくなら、激しくならない方が良いのだ。

 あの時に、手加減をしないで良いと言ったからか、ソフィアさんとの行為は、最初の時からは想像も付かないくらいに、激しくなった。

 それを僕が求めてしまっているというのが、一番の問題なんだけどね。行為の最中は、自分が自分ではなくなってしまっている感じがするので、そのせいだと思う。


「明日は、補充だけだし、遠慮しないでも大丈夫だね!」

「多少の遠慮は欲しいですけどね……」

「え……わざと?」

「へ? あっ!?」


 さっきの今で、また敬語になってしまった。ソフィアさんが、わざとと訊いてくるのも無理は無い。


「別にわざとじゃないよ!」

「でも、二回も敬語になったんだから、覚悟はしておいてね」

「うぅ……分かった……」

「じゃあ、先に味見を……」

「お風呂では禁止!!」


 お風呂の中で、身体をいやらしく触ろうとしてくるので、水の中ではたき落とす。基本的に、お風呂で行為をすることは禁止している。そういう事をするというのを想定しているわけではないと思うからだ。宿屋は、そういう事も想定していそうだけど。


「別に、男女の時と違って汚れるって事は少ないんだし……」

「駄目なものは駄目! いつも宿屋では、タオルが必要になるんだし……」


 顔を赤くしてそう言うと、ソフィアさんの抱きしめる力が強まる。どうやら興奮しているみたいだ。何度も身体を許していれば、嫌でもそういうところが分かる。


「それじゃあ! 早く宿屋に戻ろう!!」

「だ~め。まだ、温まりたいから、我慢していて」

「え~!」


 ソフィアさんは、ぶー垂れつつも、大人しく湯船に浸かっていた。お風呂から上がると、手早く僕の身体を拭いて、自分の身体も拭き、髪を乾かしていった。ここら辺も自分で出来るのに、ソフィアさんは頑なに譲ってくれない。

 そして、宿屋の部屋に戻るなり、僕のローブと上着を素早く脱がしてきた。下着姿になった僕を抱えてベッドに移動すると、僕が何かを言う前にキスをしてくる。

 今日は、敬語を二回も使ってしまったので、本当に激しくなっていた。お風呂に行く前にタオルを二重に敷いておいて良かった……


────────────────────────


 翌日に一日掛けて、しっかりと準備を整えた僕達は、さらにその翌日に、乗合馬車乗り場へと向かった。


「それじゃあ、出発だね」

「うん」


 僕達は、ファウルムからカエストルに向かうために乗合馬車に乗った。元の身体に戻るための旅は、まだ始まったばかりだ。

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