第17話 その……まだ、お昼なんだけど……

 翌日。退院した僕は、ソフィアさんと共に泊まっている宿屋に帰ってきた。

 結局、僕は、病院に三日間も入院していたらしい。そして、その三日間、見舞い時間の開始から終了まで、ずっとソフィアさんは病室にいたらしい。改めて、ソフィアさんには、頭が上がらない。

 入院費に関しては、冒険者ギルドがある程度補助してくれた。本来いるはずのない地竜に襲われ、同じ冒険者を助けたから、その報酬という事らしい。おかげで、僕が稼いだお金でも足りるくらいに、値引きされた。自己責任が基本の冒険者でも、こういうところは融通が利くようだ。

 でも、ここの入院費は、ソフィアさんが出した。助けるのが遅れたお詫びだそうだ。正直、遅れてはいないように思うが、ここはソフィアさんの気持ちを優先することにした。

 宿屋に着いた僕は、ソファに座って、息をつく。病院で入院しているよりも、ここでゆっくりとしている方が落ち着く。いや、多分、場所は関係ないかもしれない。ソフィアさんが一緒にいることで、安心しているのだと思う。あんな事があった後だから、尚更だ。

 僕がそうして落ち着いていると、ソフィアさんが近づいてきた。ソフィアさんは、僕の前に立つと、いきなりお姫様抱っこをしてくる。


「!?」


 突然の事に、僕は驚く。そんな事お構いなしに、ソフィアさんは、僕をベッドまで連れて行き、そこに座った。僕は、ソフィアさんの膝の上で横に座らされた。その際に、靴も脱がされた。ベッドに土が付くかもしれないからかな。

 そこまでした後に、ソフィアさんは僕の事を優しく抱きしめた。いつもの事と言えば、いつもの事ではあるんだけど、何だかソフィアさんが纏う雰囲気が、少し違う気がする。


「クリスちゃん」

「はい」


 どうやら、ソフィアさんは、僕に話があるみたいだ。一応、ソフィアさんの顔を見られるようにしておく。


「もうクリスちゃんが依頼を受けて、外に出ないで良いと思うんだ。今回みたいな事は、そうそう起こることでは無いと思うけど、また、クリスちゃんが死にかけるような事があるのは、嫌なんだ。だから、私の傍にいて……旅の資金も私が払っておくから……」


 ソフィアさんは、僕がお金を稼ぐために依頼を受けて、外に出ることに反対する。地竜との戦いでは、ソフィアさんが助けに間に合わなかったら、僕は死んでいた。その事があったから、反対されているのだ。

 ソフィアさんの言い分は、分からなくもない。いや、誰が聞いても、ソフィアさんの言っていることは正しいと思うだろう。僕を死なせたくないという気持ちは、痛い程伝わってくる。


「嫌です。僕は、ソフィアさんに負担を掛けすぎたくないんです。この旅は、僕が始めた事ですから。なので、せめて移動に関するお金だけは、ちゃんと自分で稼ぎたいです。ソフィアさんを心配させてしまうかもしれないですけど、これだけは、お願いします……」


 僕が、ソフィアさんに懇願すると、ソフィアさんは苦悩の表情を見せていた。心の中で、僕の願いを聞くか聞かないかで葛藤しているのだと思う。僕の事を、本気で心配してくれているようだ。これって、大切に想ってくれているって事なのかな。

 やがて、ソフィアさんは眉を寄せながらこう言った。


「分かった……そこは、クリスちゃんを尊重する……」


 その言葉と同時に、僕を抱きしめる力が少し増す。本当の本当に苦悩の末の了承だったのだろう。ソフィアさんのこの姿を見てしまうと、僕が言った事は、ただの我が儘だったのではないかと思ってしまう。でも、これだけは譲らないと決めているから、ソフィアさんには申し訳ないと思うけど、発言を覆すことはしない。


「でも、交換条件があるよ」

「えっ!?」


 まさかのここでも条件が付いてしまった。これ以上、どんな対価を支払えというのだろうか。前の条件が、下着だったから、今回もその系列なのかな。それとも、夜の事……?

 でも、僕の意志を通すのなら、どのみちこの条件は呑まないといけない。僕は、どんな条件が来ても良いように、覚悟を決める。


「私から出す条件は、口調を変える事だよ」

「口調を……ですか?」


 予想外の条件に、きょとんとしてしまう。


「そうだよ。クリスちゃんって、実際は私よりも年上なんでしょ? だったら、別に敬語じゃなくても良いんじゃないかなってね」

「ええ……今更ですか?」


 出会ってから、ずっと敬語だったので、本当に今更という感じがしていた。


「まぁ、それは、そうなんだけどさ。そもそも、何でずっと敬語だったの? 年上だったんなら、普通にため口でも良かったでしょ?」

「初対面でしたし、態々、旅を手伝って貰っている立場でしたから。それに、この見た目で、ため口を利いたら、生意気な小娘だと思われるじゃないですか」

「別に、可愛い子だなくらいにしか思わないけど」

「それは、ソフィアさんだけですよ……」


 自分の印象を良くするべく、敬語で話していたけど、ソフィアさん的には、少し不満を持っていたみたい。僕が年上だと判明したから、これを機にため口に直させようと考えたのかもしれない。年齢の問題で、敬語になっているのなら、これを利用すれば、直させることが出来るかもしれないからかな。ただ、今更、ため口で話すなんて、ちょっと気恥ずかしい。


「ため口で仲良く話してくれないのなら、外には出さないから。過保護でも、何でも言えば良いよ。私は、クリスちゃんを守れるなら、何でもするから」


 ソフィアさんは、頬を膨らませて、そっぽを向く。こういうところは、年下な感じがする。普段は、そんな感じしないから尚更だ。

 僕は、少し悩む。どんな条件でも受け入れようと考えていたけど、口調を直すのは、少しだけ緊張する。でも、これだけで許してくれるのなら、載らない手はない。


「えっと……分かった。ソフィアさんの願いなら、ため口にするよ。これで良い?」


 僕がそう言うと、ソフィアさんは嬉しそうに笑って、僕の頭を撫でる。


「ありがとう! クリスちゃん!」


 これだけ見ると、ソフィアさんが僕を年上扱いしているようには見えない。年上とか言っていたのは、本当に単なる口実だったのかも。でも、ソフィアさんは本当に嬉しそうだ。

 僕は、頭を撫でられながら、ソフィアさんに身体を預ける。抱きしめられている状態なので、こうして身体を預けた方が体勢的に楽なのだ。

 ソフィアさんに抱きしめられながら、撫でられていると、不意にソフィアさんがキスをしてきた。優しくついばむようなキスを何度もしてくる。こっちが何かを言う隙間すらないくらいに、キスをし続けるので、僕は、ソフィアさんにされるがままでいる。ソフィアさんは、僕の存在を確かめるかのように、本当に何度も何度もキスをしてきた。呼吸をする間が少ないから、少しだけ苦しく感じてくる。

 そのまま五分くらいキスをしていたソフィアさんは、不意に背中からベッドに倒れると、僕を横に置いて、腰の上に跨がった。跨がってきたソフィアさんは、いつもの夜みたいな眼をしている。

 僕に覆い被さってきたソフィアさんの口が、僕の耳の傍まで近づけられた。


「いい?」


 囁くように耳元で紡がれた短い言葉は、僕の身体に電流を走らせた。顔が一気に赤くなるのを感じる。


「その……まだ、お昼なんだけど……」


 部屋に差し込む光は、まだまだ明るい。そもそも夕方にすらなっていない時間帯なのだ。それでも、ソフィアさんは、うずうずとしている感じだった。爛々とした眼で、僕の事を見つめている。心なしか、頬が紅潮していた。

 僕が入院している三日間は、そういう事も出来なかったし、依頼を受けている期間も手加減をしてくれていた。それに、僕が無事かどうかで心配していたから、色々と溜まっているのかもしれない。そろそろ我慢の限界なんだろう。


「でも、今日は、依頼を受けないでしょ? 少しずつ優しくやるから、お願い。クリスちゃんを感じさせて……」


 ソフィアさんは、そう言って、またキスをし始める。僕が返事をしようとしても、何度も何度もキスをされ続けるので、全然返事が出来ない。

 でも、僕は何の抵抗もせずに、ソフィアさんの唇を受け入れ続ける。自分の気持ちに気が付いたおかげか、前まで少し抵抗があったこういう行為も全く抵抗がなくなっていた。

 ソフィアさんが、唇を離して、僕の事を見つめる。ずっとキスをしていたけど、ようやく返事を聞こうと思ったのかもしれない。そんなソフィアさんの唇をこっちから奪う。


「!?」


 こっちからこういう行為をした事は、一度も無いので、ソフィアさんは、かなり驚いていた。


「クリスちゃん?」

「もう遠慮しないで良いから。ソフィアさんがしたいようにして。僕は、全部受け入れるから」


 僕がこう言い出した理由も、ソフィアさんに恋をしてしまったからだ。ソフィアさんになら、何をされても良いと、そう思った。いや、むしろされたいとも思っている節もある。ソフィアさんの愛情を一身に受け入れたいのだ。


「本当に大丈夫? 無理はしていない?」


 ソフィアさんは、心配そうにそう訊いた。今までの僕は、ちょっとした事でも、すぐ限界になってしまっていたので、そこを心配しているのだと思う。


「ううん。大丈夫。僕も頑張るから」

「そう? 分かった。限界だと思ったら、言ってね?」

「うん」


 僕がそう言って頷くと、ソフィアさんは優しく微笑んで、今度は少し長めのキスをする。


「じゃあ、少しずつ、いつもと違う事をするね。ただ、初めてだから、痛かったりすると思うんだ。その時は、本当に無理せず言ってよ?」

「い、痛い事をするんですか……?」


 今までが痛くなかっただけに、その言葉で、若干怯え気味になりながら、そう訊いた。


「う~ん……うん。痛いと思う。破けるかもしれないし。今の内に、ちょっとずつ慣らしていけば、これから段々と気持ちよくなるとは思うけど……」

「や、破ける……な、なるほど……お手柔らかに……」


 ソフィアさんの言葉で、どういうことかある程度予想出来た僕は、緊張しながらそう言った。すると、ソフィアさんは、優しく微笑む。


「うん。最初だから、優しくするよ。私にとっても、大事な身体だから」


 ソフィアさんはそう言うと、またキスをしてくる。今回のキスは、さっきよりもさらに長い。それどころか、舌まで入ってきた。ソフィアさんからされる初めての情熱的なキスに、少し驚きつつも、それを受け入れる。

 その直後に、ソフィアさんは、何かを思い出したみたいで、口を離して僕の顔を見る。


「これ、私が初めての人って扱いになるかもしれないけど、それでも良いの?」

「え? あ、はい。むしろ嬉しいけど……」


 ちょっと目を逸らしながらそう言うと、ソフィアさんが嬉しそうな顔をしながら、上からのしかかってきた。ソフィアさんの体重から身体に掛かる。見た目よりも軽いソフィアさんの体重は、重いと感じる事なく、ただただ心地よく感じていた。


「じゃあ、頑張ろうね」


 ソフィアさんは、僕の耳元でそう囁く。そして、ソフィアさんが本格的に動き始めた。

 それから、この部屋の中に、何時間も僕の嬌声が響き渡った。今まで出した事が無いような声も出してしまっていた。

 正直、行為そのものよりも、自分がそんな声を出しているという事が恥ずかしかった。でも、声を押し殺すという事は、全く出来なかった。それくらい……その……ソフィアさんが上手かった……


 ────────────────────────


 その日の夜。昼間から、ソフィアにずっと愛され続けたクリスは、疲れ果てて眠りについていた。そんなクリスの寝顔を、ソフィアは優しい眼差しで見ながら、頬を撫でていた。

 そんなソフィアの頭の中では、今日のクリスの様子を思い出していた。


「どうして、突然、本格的に身体を許してくれたんだろう? そこだけは許してくれないと思っていたんだけど……今回のお礼のつもりかな?」


 ソフィアからしたら、クリスが急に身体を許してくれるようになったように見えていた。実際、そのくらい突然の事だったのだ。ソフィアにとっては、本当に寝耳に水だった。


「いや、何となくだけど、お礼だけで許してくれるような子じゃないと思うんだよね。そうしたら、一番に考えられるのは……私の事を好きになったとかかな?」


 ソフィアは、いとも簡単に、クリスの胸中を暴き出していた。どちらかと言うと、クリスが分かりやすいだけだろうが。


「この可能性が一番高いよね。それならそれで、告白してきても良いと思うけど……もしかして、自分の本来の性別を考えているのかな。この旅は、クリスちゃんが男の身体に戻るためのものだもんね。私が、女の子の方が好きって言ったから、それを気にして、何も言わないって感じかな」


 ソフィアは、完全にクリスの思考を読んでいた。クリスが知れば、顔を真っ赤にして恥ずかしがる事だろう。自分の考えや憂いが、何もかもお見通しになっているのだから。


「取りあえず、クリスちゃんから、何も言わないのなら、私も黙っておこう。こういうのは、気付いていたとしても、私から伝えるものじゃないと思うし。クリスちゃんが、自分の気持ちに正直になって、全てをぶつけてくれるまでは待とう」


 ソフィアは、クリスから告白されるまで待っていようと決めた。クリスが、男だとか女だとか関係なく、本当に好きだという気持ちをぶつけてくれるまでは、絶対に自分から行動はしないと。夜の交流などは除くが。


「それにしても、まさか初めてなのに、あそこまで乱れるとは思わなかったなぁ。痛みも少ししか感じてなくて、その後は、ずっと乱れていたし……これが、クリスちゃんが飲んだ薬の副作用なのかな? 前までの、ちょっと触るだけでも、かなり敏感だったし、最初から快楽になってもおかしくはないのかな……? 一応、タオルを沢山敷いておいて良かったなぁ」


 ソフィアは、行為の最初こそ、クリスの身体を心配していたが、段々とクリスから求め出したので、クリスが満足するまでやり続けていた。散々求め続けたクリスは、疲れて眠ってしまったが、それ以外は、何の問題も無かった。クリスの身体の下に、タオルを敷いていなければ、別の問題が発生するところだったが。


「これが本当に副作用によるものなんだったら、運は良かったのかな。死ぬような副作用じゃないんだし。まぁ、普段のクリスちゃんからは、考えられないくらいに、エッチになっていたけど……」


 ソフィアは、その事に少し安心しながら、クリスを起こさないように、唇に軽くキスをする。すると、クリスが、目を開ける。


「あっ、ごめん。起こしちゃった?」

「え? ああ……寝ちゃっていましたか……?」


 クリスは、完全に寝ぼけていた。そのせいで、ため口に変えたのに、また敬語になっている。


「うん。でも、寝てて良いんだよ。ゆっくりおやすみ」


 ソフィアがそう言って、頬を撫でると、クリスは再び目を閉じて、寝息を立て始める。


「ますます、精神の退行が進んでいる気がする……まぁ、可愛いから、私は良いと思うけど、クリスちゃんが知ったら、ショックを受けるだろうなぁ……話すのは、もう少し様子を見てからにしよう」


 ソフィアは、クリスの精神退行については、まだクリスに黙っておくことにした。いきなり、精神が退行していると教えれば、クリスは、無理にでも旅を急ごうとするだろう。

 そうなれば、危険な事でも、迷わず突っ込んでいく可能性が高くなる。それは、ソフィアとしても許容出来るものではない。


「ふあああ……私も寝よ……」


 昼間からクリスを愛でていたソフィアも、さすがに疲れが出ていた。ソフィアは、クリスを抱きしめるようにして、眠りについた。

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