第14話 こっちを見ろ!!

 魔物と初めて戦って、ソフィアさんの過去を知った日から、二日が経った。

 ギルドで受けている薬草採取の依頼も合計で十三回達成していた。二日の間に、何度かゴブリンやスライムとの戦闘も起こっていた。

 その度に、難なく切り抜けることが出来た。おかげで、大分戦闘にも慣れてきた。ソフィアさんもそれを理解してきたので、夜に少しだけするようになった。それでも、僕の消耗を考えて、遠慮してくれていたみたいだけど。

 ギルドへの報告を終えた僕は、隣にいるソフィさんの方を向いて、両方の手で握りこぶしを作る


「後、七回で、ランクが上がります!」

「そうだね。もう少しだね。でも、油断しちゃいけないよ? 慢心が一番だめだから」

「はい!」


 ソフィアさんは、僕の頭を撫でながら肯定してくれる。僕自身、もう少しでランクアップだという事に興奮していて、気が付かなかったけど、この時の僕は本当に子供っぽかった気がする。もう少ししっかりとしないと。


 そして、今日も今日とで、薬草採取の依頼を受けた。

 いつも通り、街の入口までソフィアさんに送って貰った。そろそろこの街にも慣れてきたので、ギルドから街の入口までくらいなら、迷わずにいける可能性があるんだけど、ソフィアさんからしたら、まだ心配みたいで、付いてきて貰っている。

 この調子だと、方向音痴が治っても、一緒に付いてきてくれそうだ。それは嬉しいと言えば、嬉しいのだけどね。


「じゃあ、行ってきます」

「うん。気を付けてね」


 ソフィアさんに手を振って別れた。いつも通りに森の中に入って、薬草を探していく。一度採取した場所だと、薬草を探すのは一苦労になるので、毎日、場所を転々として採取している。そのせいで、毎日少しだけ迷子になるけど、どうにか帰って来られてはいるので、問題自体はない。

 薬草がどういうところに生えているのかも、大体分かってきているので、さらに効率良く集められるようになっていた。


「ふんふふんふ~ん♪」


 順調なお金稼ぎに、ちょっとご機嫌になって、鼻歌交じりに薬草を探していると、森の中に大きな音が響き渡ってきた。何か重い物が倒れたかのような、そんな音だった。


「!?」


 いつもと違う森の雰囲気に警戒心が一気に増していく。


「何だろう……? ちょっと怖いな。ちょっと調子に乗っていたし、これを機に気を引き締めよう」


 両手で頬を叩き、気を引き締めて、薬草採取の続きをしようとすると、


「いやああああああああああああああああ!!」


 森の中に、小さく人の悲鳴が聞こえてきた。それは、ここから距離があるという事だ。

 距離があるのなら逃げても良かったはずなのに、僕は、すぐに悲鳴の元に向かった。今の自分に何か出来るのかも分からないけど、悲鳴を聞いた瞬間に身体が動いてしまっていたのだから仕方がない。


「確か、ここら辺から悲鳴がしたと思うけど……」


 悲鳴が上がったであろう場所に着いた僕は、周囲を見回す。すると、木々の一部が薙ぎ倒されている場所が目に入る。つまりは、ここで何かが起きたということだ。

 僕は、改めて周囲を見回す。何か痕跡が残っている可能性があるからだ。


「い、いや!! 来ないで!!!」


 再び、誰かの悲鳴混じりの声が聞こえる。そっちに素早く移動すると、怪我をしている冒険者の女性と複数の冒険者の遺体が視界に入る。

 しかし、それ以上に視線を集めるものがあった。


 筋骨隆々の巨大な身体。だが、二足歩行では無い。四つの脚を地に付け、身体中にでかい鱗を生やしている。頭には、節くれ立った角を生やしており、その口には、鋭い牙が並んでいる。それは、全てのもの噛み砕かんばかりに光っていた。


「地竜……」


 それらの特徴を携えたそれは、地竜と呼ばれる魔物だった。別名、翼のない竜。その名の通り、翼を持っていない地竜は、怪我をしている冒険者達を、襲おうとしてじりじりと近づいていた。一気に近づかないのは、既に相手に逃げる意志がないからだろう。


 僕は、顔を真っ青にして、それを見ていた。それは、地竜を見たからという理由だけじゃない。地竜が、本来生息している場所では無いこの場にいるからだった。

 僕が、地竜を最後に見たのは、勇者パーティーで、二つ目のオーブを手に入れた時だ。二つ目のオーブが、地竜の巣の中にあったのだ。そこでアルスや僕達が暴れ回った結果、何頭かが逃げ出したのだと思う。

 そして、そのうちの一頭がここまで移動してきたという事だろう。でないと、こんなところに地竜がいる理由に説明が付かない。

 ここまで誰にも発見されなかったのは、本当に運が悪かった。向こうにとっては、運が良いことだろうけど。

 つまり、今のこの状況になっている原因は、僕にもあるということだ。なら、自分がするべき行動は、ただ一つ……


「こっちを見ろ!!」


 僕は、地面に落ちていた石を地竜に向かって投げつける。投げた石は、地竜の顔に命中する。唐突に、顔に石を投げられたので、地竜の意識が僕に移った。本来なら、気にも留めないような一撃だと思うけど、良いところに水を差されたから、苛つきの感情でこっちを見ているのだ。

 そこで、さらにローブのフードを取る。僕の髪にあると思われる魅了効果を使うためだ。これまでの経験から、髪を見せれば、相手の意識は僕に集中するはず。

 僕の白く長い髪が、太陽の下に晒される。僕の考えが正しければ、地竜の意識はこっちに向くはず。

 目論見通り、地竜の意識が目の前にいた冒険者達から、完全に僕の方に移行する。その黄色い眼が、僕を睨み付けている。同時に、まだ生きている女性の冒険者も僕に意識を奪われていた。本当に見境がないな、この髪は……


「早く逃げろ!!」


 僕は、まだ生きている冒険者に向かってそう叫び、冒険者達がいる方向とは、反対側に向かって、駆け出す。意識が完全にこっちに向いている地竜は、僕を追い掛けるために走り出した。

 僕は、今、向かっている先が、街の方面では無い事を祈りつつ、走り続ける。

 地竜は、翼を持たない分、地上を走る速度が速い。普通であれば、地竜の速度に勝てるわけがないはずだけど、ここは森の中だ。木々が地竜の動きを阻害しているため、本来の速度が出ていない。


 この状況を利用しない手はない。僕は、森の中から出ないように、必死に走り続ける。地竜は、時折、邪魔な木々を薙ぎ倒しながら進んでくる。

 正直なところ、凄く怖い。前はアルス達が、先頭に立って戦っていたし、仲間がいるという安心感が存在した。だけど、こんな風に一人で対峙すると、途端に恐怖が身体を駆け回っていく。

 それでも、なけなしの勇気を振り絞って、全力で走り続ける。怪我をしていた冒険者を守るため、そして自分が生き残るために。


 それから、十分くらい走り続けただろうか。地竜との差は縮まることなく、保つことが出来ている。これもソフィアさんとの修行や、薬草採取の依頼を頑張った成果だと思われる。前までだったら、こんなに走っていたら、疲れ果てて歩き始めている頃だろうから。それでも今は、呼吸が乱れるだけで済んでいた。このままなら、誰かが助けに来るまで耐える事が出来るかもしれない。

 それにしても、さっきの冒険者の女性は、ちゃんと逃げることが出来ただろうか。地竜が、僕に飽きて元の標的の方に向かってはいないよね。

 そう思い、ちらっと背後を見てみると、僕を追い掛けてきている地竜の口の中が赤熱していた。


「まず……いっ……!?」


 後ろを振り返って地竜の姿を見ていた僕は、足元の木の根に気が付かず、躓いてしまう。それが功を奏した。

 地竜の口から放たれた熱線が、転んで地面に這いつくばった僕の頭上を通り過ぎていく。熱線の余波で、少し熱さを感じるけど、それは無視して、そのまま伏せっていた。熱線が出ている間は、無闇に動いた方が危ないと判断したからだ。

 もし、あのまま走っていたら、身体の中央に穴が開くどころか、真っ黒焦げになっていただろう。

 地面に這いつくばったままの僕は、とっさの判断でフードを被り直す。そして、熱線の勢いが、衰えていくタイミングで、ゆっくりと這って、物陰へと移動して行く。

 こうして髪を隠しておけば、地竜が僕を発見しにくくなるはずだ。いきなり魅了の効果がなくなるのだから、相手も混乱してくれるだろう。そう祈るばかりだ。

 物陰からちらっと地竜の様子を見てみると、僕の予想通り、地竜は僕を見失ったみたいだ。標的を見失った地竜の咆哮が森の中に響き渡っていた。

 恐らくだけど、ここまで移動出来れば、すぐに地竜が街へと向かうことはないと思う。後は、ギルドに報告して、他の高ランクの冒険者達に地竜の討伐をして貰うだけだ。


 そんな事を思っていた僕の頭上を、地竜の尻尾が勢いよく通り過ぎていった。


「!?」


 僕を見失った地竜が、僕を探すために、デタラメに尻尾を振り回しているのだ。そのせいで、周囲の木が次々に薙ぎ倒されていく。そうして森が開かれていき、物陰に隠れていたはずの僕の姿が露わになった。

 僕の姿を見つけた地竜は、にやっと笑った気がした。

 そして、おもむろに口を開くと、その中を赤熱させ始めた。再び、あの熱線を放とうとしているのだ。さっき避けられた腹いせだとでも言うのだろうか。だけど、すぐに熱線を放つことはなかった。僕が思っているよりも、溜めの時間が長いのだ。

 すぐに放たれないであろう事を見越した僕は、地竜に向かって駆け出していた。そして、地竜が熱線を放つのと同時に、スライディングをして、地竜の顎下へと潜り込む。

 地竜の下は、熱線による熱がほとんど無い。自身の熱に耐えられないようなら、熱線なんて使う事は出来ない。だから、ここなら熱を避けられると踏んだのだ。

 地竜の下に潜り込んだ僕は、屈んだ姿勢のまま、地竜の腹に短剣を刺して、走り抜けていった。


 地竜は、背中側と腹側で身体の硬さが異なる。背中側は鱗が異常に硬く、腹側にはほとんど鱗がない。これは、常に腹を下に移動し続けるため、攻撃に晒されやすい背中の方が硬くなっていったと言われている。

 そのため、地竜を倒すのなら、腹の下に潜るのが定石となっていた。前に戦った時も、アルスやマイが、腹側から攻撃をしていたし、アイも下から槍みたいなものを創り出して、攻撃していた。

 ただ、柔らかいと言っても、それは背中側に比べての話なので、僕の膂力と短剣では、かすり傷程度しか与えられない。だけど、多少なりともダメージを与えられれば良い。痛みで、集中力が乱れてくれれば、僕が逃げる隙も生まれるかもしれないから。

 地竜の後ろに抜けようとした僕だったが、そこに地竜の尻尾が襲い掛かってくる。まだ熱線を吐いているというのに、器用なやつだ。

 最初の一撃をギリギリで避けたので、そのまま抜けられるかと思ったが、直ぐさま振われる二撃目の尻尾が命中してしまう。


「うぐっ……!」


 とっさに動かした左腕でギリギリ防御した。だけど、当然のことながら、それで威力を全て殺す事など出来ず、勢いよく吹き飛ばされてしまう。運良く木々の間を抜けていったので、木に叩きつけられることもなく、地面を転がっていった。ただ、途中で木の根などがあるので、それらに身体を打ち付けられていった。

 ようやく勢いが殺されて止まった僕は、身体の状態を確認する。地竜の攻撃をまともに受けてしまった左腕は、完全に折れてしまっていた。さらに、地面を転がっていく過程で、脚も痛めたらしい。こっちは折れていないが、すぐに走って逃げるのは難しい。

 自身の身体の状態を意識したら、途端に痛みが身体を走っていく。


「うっあああああああ……」


 痛みのあまり、蹲ってしまう。そんな事お構いなしに、地竜が迫ってきていた。それに気が付いた僕は、痛みを押し殺して、急いで逃げようと身体を起こす。だけど、痛めた脚のせいで立ち上がるまでいかない。


「くそ……」


 脚を使わないようにしながら、身体を引き摺って、地竜から逃げようとする。

 僕が起き上がるのを見た地竜は、再び熱線を放とうとする。多分、僕を確実に仕留めるためだろう。さっきよりも、熱線の溜めが長そうだ。と言うことは、さっきよりも威力が高いということだろう。

 溜めが長いのなら、今の内に逃げることもできるかもしれない。だけど、今の身体では、熱線が放たれる前に逃げることなど、絶対に出来ないだろう。恐怖で身体がうまく動かなくなる。

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