第13話 私の昔の話をしようか

 お風呂から上がった後、僕達は、まずローブの替えを買いに向かった。近くの服屋に入って、色々と試着してみた結果、良い感じのローブが見付からなかった。


「このローブって、結構良いものだったりする?」

「安物ですよ。銀貨一枚もしていないです」

「じゃあ、やっぱり、そこら辺の服屋でも売っているはずだよね……他の服屋にも行ってみようか。確か、向こうにあったはず」


 そうして服屋を巡っていき、三件目の服屋で、ようやく吸い付くようなフードのローブを見つける事が出来た。これなら、戦闘中でも、自分で外さなければ髪が溢れるような事もないはず。

 自分のお金で、ローブを二着買うと、ソフィアさんがむすっとしていた。


「どうかしたんですか?」

「私が買ってあげるって言ってるのに」


 ソフィアさんがむくれている原因は、自分でローブを買った事にあったみたい。


「さすがに、そう何度も服を買って貰うわけにはいかないですよ。それに、せっかく、自分でも稼げるようになったんですから、服を買うくらいの事は、ちゃんと自立させてください」

「クリスちゃんのお世話が、夜のお世話しか出来なくなっちゃうじゃん! 私は、もっとクリスちゃんをお世話したいんだよ!!」


 そう言って、ソフィアさんは嘆いていた。僕としては、夜のお世話だけでも十分だと思うのだけど、ソフィアさんは、それだけでは満足いただけないみたいだ。過保護だとは思っていたけど、実は欲張りでもあったのかもしれない。というか、夜のあれは、お世話と言って良いのだろうか……


「む……」


 そう思ったのがバレてしまったのか、ソフィアさんがむすっとしながら、僕の頬を摘まんできた。本当に軽く感触を確かめるかのような感じだから、痛くはない。そのままもみもみとされ続ける。


「はぁ……柔らかい……もちもち……」


 何故か、それだけでソフィアさんの機嫌が戻っていった。唐突に頬を摘ままれている身としては、複雑な心境だ。


「それじゃあ、夕飯を食べてから、宿屋に戻ろうか」

「分かりました」


 完全に機嫌が戻ったソフィアさんと僕は、夕食を食べた後、宿屋へと戻ってきた。

 部屋に入った僕は、すぐにローブを脱いで、洗面所に向かう。ローブに付いた血を少しでも落とすためだ。洗面台に水を溜めてから、ローブを浸けて、血が付いた場所に石鹸を擦りつけた。水が、ピンク色に染まっていく。少しずつ血が抜けているのだ。


「どう? 取れそう?」


 洗面所の入口で、こちらを覗きこんでいるソフィアさんがそう訊いてくる。


「時間が経っちゃっているので、薄くなる程度ですね。こればかりは仕方ないと思います」

「替えのローブもなかったから、ずっと着ていないといけなかったもんね。仕方ないか。もう少し、早く気付くべきだったかな」

「返り血に関しては、正直盲点でしたね。僕も今まで、後衛で戦っていましたから」


 僕が、勇者パーティーで戦っていた時は、ずっと後ろで回復やら防御やらを担当していた。前線に立って、魔物と戦うのは、今回が初めてなのだ。だから、戦闘をしたら、返り血が付くことにも気が付かなかった。


「でも、これで、返り血が付いても大丈夫だね。今度からは、染み抜きを用意しても良いかな。私は、上から鎧を着ていたり、そもそも普段着を別に持っているから、そういうところは、あまり気にしないんだよね」

「そういえば、ソフィアさんの戦闘用の服って、古い血が付いていたりしますよね。僕もそう思って、買った内の一枚は、普段着にしようと思います!」


 元々、一枚を普段着にするつもりで二枚買っていたのだ。得意げに言ったからか、ソフィアさんが僕の頭を撫でてくる。もう何十回も頭を撫でられているので、最近は撫でられることに慣れてきてしまった。本当に、年上の威厳は全く無い。というか、撫でられることに喜びを覚えるようにもなってしまった。慣れって恐ろしい……


「う~ん……これが限界ですね。これ以上は、どうやっても落ちそうにありません」

「じゃあ、干しちゃおうか。貸して」

「お願いします」


 僕よりもソフィアさんの方が、身長が高いので、高いところに干すには、ソフィアさんに頼むしかない。こればかりは、仕方のないことなので、素直に任せる事にしている。昔の身体だったら、自分で干せたんだけどね。この身体も、ちゃんと成長するのかな……


「これでよし! しっかりと絞ってあるから、明日の夜には、乾くと思うよ」

「ありがとうございます」


 洗濯を終えた僕は、部屋の方に戻ってくる。そして、服を脱いで、夜用の下着姿になった。ちらっと、ソフィアさんの方を見てみると、ソフィアさんは苦笑いをしていた。

 そういえば、いつもの癖で脱いじゃったけど、今日はそういう事はしないんだった。

 そう思っていると、ソフィアさんが、僕に近づいてくる。やっぱり、気が変わってするのかなと考えていると、白いワンピースのネグリジェと呼ばれていた服を着させてきた。

 まさか、服を着させられると思っていなかった僕は、きょとんとしてしまう。


「全くもう、今日はしないって言ったでしょ? だから、ちゃんと寝間着は着ておいて」


 ソフィアさんはそう言うと、普段着を脱いで寝間着に着替えた。そして、僕の手を引くと、僕と一緒にベッドに入って、横になった。

 ベッドに横になっても僕は、きょとんとしたままだった。状況は理解出来ているけど、今までにないことだから脳の処理が遅れているのだ。

 ようやく状況を理解した後、ある事に気が付いた。ベッドに入ったのに、寝られそうにないことに。

 いつもは疲れた結果、ぐっすりと眠りについているけど、今回は、その疲れるような事を行わない。だから、あまり眠くないのだ。

 そんな状態でいると、ソフィアさんが僕の頬を撫でてくる。さっきみたいに頬を摘まむという事もなく、安心させるかのような撫で方だ。少し心地良い。


「もしかして、あっちで疲れないと眠れない? そんなエッチな子になっちゃったの?」

「なっ!? そんな事ないですよ! ちょっと、眠くないだけです!」

「あはは、ごめん、ごめん」


 僕がそう吼えると、ソフィアさんは、笑いながら軽くキスをしてくる。こっちのご機嫌取りなのか、ただの誤魔化しなのかは分からないけど、それでこっちが何も言えなくなったのは事実だった。


「じゃあ、寝付けるように、私の昔の話をしようか」

「ソフィアさんの昔の話……ですか?」

「うん。この前、クリスちゃんの昔の話を聞いたでしょ? そのお返しって感じ。まぁ、昔っていうよりも、今までの話って言った方が正しいかもだけど」


 僕が、身体が変化したという話をした際、結果的に昔の話もする事になった。ソフィアさんが言っているのは、そのお返しって事らしい。ソフィアさんの過去。気にならないと言えば、嘘になる。

 僕は、寝た状態のまま、姿勢を整える。そして、ソフィアさんの話をしっかりと聞く体勢になった。それを見たソフィアさんが、話し始める。


「私はね。実は、四年前まで、彼氏がいたんだ」

「はぁ!?」


 僕は、ソフィアさんの言葉に驚いて、思わず身体を起こした。開いた口が塞がらない。

 ソフィアさんも、そんな僕に合わせて身体を起こした。そして、僕の事をしっかりと見ながら続きを話し始める。


「五年くらい付き合っていたんだけど、その彼氏にね。浮気をされたんだ」

「え!?」


 こんなに優しい人(夜を除く)を放っておいて、浮気をするような人がいるんだ。僕は、その事に少し驚いた。でも、これは、僕から見たソフィアさん像でしかないから、その元彼氏からしたら、ソフィアさんはそう映らなかったのかもしれない。

 ソフィアさんは、驚いた僕に、少し驚きつつ優しく微笑んで、頭を撫でてくる。


「それが発覚してから、すぐに別れたの。まぁ、ちょっと揉めたんだけどね」

「大丈夫だったんですか?」


 終わった事なのに、僕は少し心配になってそう訊いた。


「うん。相手は、浮気して何が悪いんだみたいな事とか言い出してね。される方が悪いみたいな事しか言ってこなかったんだ。だから、血が出るまで殴って、別れたの」

「お、おおう……ソフィアさんらしいですね」

「むっ……私は、そこまで暴力的じゃないよ!」


 ソフィアさんに、軽く小突かれてしまう。


「まぁ、それで、ちょっとむかついてね。風俗に行ってみたんだ」

「……え? どういう繋がりで?」


 彼氏と別れて、むかついたから風俗に行くって、あまり繋がりがあるようには思えなかった。話を聞く限り、その時から風俗通いではないと思ったからでもある。


「ごめん、ごめん。ちょっと話を省きすぎたかも。彼氏の浮気相手がね。実は、風俗嬢だったの。元々、私に隠れて風俗に行っていたみたいで、そこで恋に落ちて付き合いだしたんだって。だから、風俗嬢って、そんなに良いものなのかと思って行ってみたんだ。そうしたら、浮気された理由が分かるかもしれないしね」

「ああ、そっちの方が、ソフィアさんらしいかもしれないですね」

「そこまで淫乱じゃないもん!!」

「そこは否定出来ない部分だと思いますけど!? いつものソフィアさんを思い返してください!」


 いつもの……特に夜のソフィアさんは、少しばかり乱れていると思う。まだ、僕が耐えきれないから、温存してくれているだけで、その気になったら、もっと乱れるはずだ。だから、ソフィアさんが、その……エッチなのは否定出来ないはずだ。

 お風呂では、否定させられてしまったけど、このタイミングなら認めざるを得ないはずだ。


「くっ……否定しきれない……」


 ソフィアさんも苦悩の表情をしながらそう言った。そこまでの表情をするような事では無いと思うけど。

 でも、ソフィアさんは、すぐにケロッと元の顔に戻る。全くダメージを受けていないようだ。本当に、ソフィアさんの精神は異常に強い気がする。


「取りあえず、話を戻すよ。それで、女性歓迎って書かれていた風俗に入ったんだ」

「それって、男性が相手をしてくれるっていうものですか?」

「ううん。女性対女性のところだよ。そういうところも無くはないけどね」

「数多くある風俗の中で、そこを最初に見つけるなんて、運が良い……んでしょうか?」

「ううん。最初からそういうところを探していったから、運が良いってわけじゃないよ。探すのには結構苦労したけどね。その時のその街には、その一件しかなかったから」


 女性対女性の風俗は、今も数少ないらしい。さすがに、その分野に凄く詳しいってわけじゃないから、ちゃんとした事は分からないけど、まだ需要が少ないって事だと思う。

 僕が王都で暮らしていた時も、そう言った好みの人がいたという事は聞いた事が無い。それを周囲に伝える人が少なかっただけだったんだと思うけどね。

 ソフィアさんと出会ってから、そう考えるようになった。


「男相手のところに行くよりも、女性の風俗嬢を相手にした方が、私を放っておいて夢中になった理由が分かるんじゃないかなって思ってね。実際に、風俗嬢に相手をして貰ったってわけ。まぁ、そうしたら、女性の魅力に気付いちゃってね。もう夢中になっちゃったんだ。結果的に、彼氏が浮気していた気持ちが分かっちゃったって事だね……」


 ソフィアさんは、そう言って乾いた笑いをしていた。


「ソフィアさんが女性好きになったのって、男性に失望したからってわけじゃないんですね」

「そうだね。女性の方が愛し合っていて、楽しかったからかな。相手の反応も可愛いし」


 ソフィアさんは、さっきとは違って本当に楽しそうに笑った。これだけでも、ソフィアさんが、本当に女性が好きという事が分かる。さらに言えば、僕を襲っている時も、本当に丁寧に扱ってくれているし、優しいという点からも、同じ事が言える。

 仮に、これから行為が深いものになったとしても、僕が嫌がるような事をするという事はないはずだ。


「その後は、風俗のお金を稼ぐために冒険者になったんだ」

「はぁ!?」

「それで、必死にお金稼ぎをした結果、Sランクまで上がったんだよ」

「えぇ!?」


 驚きすぎて、もう膝立ちになってしまった。行き場のない驚きのせいで、ろくろを回しながら、頭の中を整理する。

 まずは、風俗のお金を冒険者になったって話だけど、これは、そういう目的の人もいると思うので納得は出来る。

 ただ、その後の、必死にお金稼ぎをしていたら、Sランクまで上がっていたというのが驚きだ。そんな話は聞いたことがない。普通は、Sランクを目指して頑張った冒険者が、苦労の末に上がるといった感じだろう。ついでに、Sランクまで上がっていたなんて、そういう人達が聞いたら、卒倒するのでは無いだろうか。


「そんな事で、Sランクまで上がれるものなんですか!?」

「まぁね。実際に上がっているでしょ? それに、自分の好きなことのためだから、頑張れるんだよ」

「いや、それでもSランクまで上がれるなんて、凄すぎますよ」


 今、冒険者として依頼を受け始めているから分かるけど、Sランクまでの道のりは、本当に遠い。GランクからFランクに上がるまででも、依頼を二十回成功させないといけないのだ。これから先のランクアップの条件は、少なくともそれよりも厳しいものになるはず。


「どのくらい掛かったんですか?」

「えっと……二年くらいじゃないかな」

「二年……」


 まだ、先のランクアップの条件を全て分かっていないけど、恐らく普通は二年でなれるようなものではない。こんなことが出来るのは、ソフィアさんだけな気がする。アルス達でも不可能なんじゃないかな。


「本当に凄い……」

「ふふん。私は、天才剣士だからね」


 ソフィアさんは、自慢げにそう言って、胸を張る。少し茶目っ気を出したソフィアさんに、思わず笑ってしまった。少しだけ、ソフィアさんに睨まれる。


「あっ、そうだ」


 そのやり取りをしていたら、ソフィアさんが何かを思い出したみたいだ。


「今は、男性よりも女性の方が大好きだから、今のクリスちゃんの事は大好きだよ!」


 ソフィアさんはそう言って、僕を力一杯抱きしめた。抱きしめられるのは、いつものことだから、あまり気にならないのだけど、ソフィアさんのその言葉が僕の心に突き刺さり、少し複雑な気持ちなる。

 その言葉が何で突き刺さったのか、そして何で自分がそんな気持ちになったのか分からず、心の中で首を傾げてしまう。

 そんな事などつゆ知らず、ソフィアさんは僕を抱きしめ続けた。そして、そろそろ寝かせようと考えたのか、ソフィアさんは


「それじゃあ、今日はここまで。おやすみ、クリスちゃん」


 と言って、僕に軽いキスをしてから横になって眠ってしまった。本当に何もせずに眠ってしまったので、こういうこともあるのだなと考えつつ、僕もベッドで横になる。

 そして、少しソフィアさんの事を見てから、ソフィアさんの身体に近づくようにして眠りについた。別に邪な気持ちがあったわけではなく、ただ安心するからという理由だ。

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