第12話 ふぅ……何とか倒せた……

 それからの二日間、朝から夕方近くまで依頼を受け続けて、全部で六回薬草採取の依頼を達成する事が出来た。段々と、薬草を見つけるのがうまくなっていった。薬草が生えそうな場所が何となく分かってきたからだ。これも、冒険者として、大きな一歩だと思う。この調子で、少しずつ成長していけば、もっと効率良く薬草が採取出来るだろう。

 そして、僕は、今日も薬草採取の依頼を受けていた。今日は、一度報告を終えていて、今は本日二回目、全体で八回目の薬草採取だ。


「薬草、薬草っと」


 薬草を求めて、森の中を探し回っていると、初めて、ここら辺に生息している魔物であるゴブリンに遭遇した。ゴブリンの身長は、今の僕よりも小さく、三分の二くらいしかない。緑色の皮膚に、黄色のぎょろぎょろとした眼と乱ぐい歯。人と同じ二足歩行で有りながら、見た目は人とは大きくかけ離れている。

 相手は、三体。こっちが向こうを発見したように、向こうもこっちを発見する。


 僕は、すぐに短剣を抜いて、構える。これが冒険者になって、初めての実戦だ。若干緊張しつつ、相手の出方を見る。

 ゴブリン達は、折れた直剣を手にこちらへと突っ込んでくる。

 先頭のゴブリンが地面を蹴り、飛びかかってくる。僕は、振われる直剣の側面に短剣を合わせて、攻撃を受け流しつつ、返す短剣で抜けていくゴブリンの身体を斬り裂く。この一撃は、あまり深いものにならなかった。


 続いて、下から攻撃してこようとするゴブリンのお腹に蹴りを入れる。ちょうど鳩尾に命中したのか、ゴブリンはお腹を押さえて怯んだ。その隙に、さらに後ろから来ようとしているゴブリンに、こっちから接近する。

 ゴブリンは、突然接近してきた僕に驚いて、一瞬身体が硬直していた。その隙を突いて、喉元に短剣を突き刺し、傷口を広げるように捻ってから引き抜く。ゴブリンは、喉元を押さえながら倒れていき、灰となって消えていった。灰の中に、紺色の石が現れる。


 魔物は、魔力の塊のような敵で、死ぬと身体が灰になってしまう。ただ、それまでは通常の生き物と変わらないので、血も出るし、痛覚もあるらしい。血だけは、何故か灰にならずに血として残る。一説には、流れた血は、同じ身体の一部として認識されないからではと言われていた気がする。

 そして、この紺色の石は、魔物の核とも言われる魔石だ。中には、大量の魔力が内包されている。使い道は、色々とあるらしい。街灯などがそうだ。


 三体のゴブリンの内、一体のゴブリンを倒した。後は、二体だ。

 二体の内、身体を斬り裂いた方のゴブリンが、再び飛びかかってきた。僕は、倒したゴブリンの灰を握り、飛びかかってくるゴブリンに向かって投げつける。視力を潰されたゴブリンは、片手で目を押さえる。

 そのゴブリンの首に短剣を刺して、深く斬り裂いた。斬り裂かれたゴブリンは、錐揉みして地面に落ちていった。そして、無傷のゴブリンが怒りを露わにして、突撃してくる。振われる折れた直剣の柄を蹴り飛ばして、手から放させる。そして、武器を失ったゴブリンの眼に短剣を突き刺す。頭だと硬い頭蓋骨で、阻まれるので柔らかい眼を攻撃した。深々と突き刺さった短剣は、眼窩を砕き、脳に達する。

 二体のゴブリンも灰に変わった。


「ふぅ……何とか倒せた……」


 この身体になって、初めての命を賭けた戦いだったけど、何とかうまく戦う事が出来た。接近戦なんて、全然やった事なかったから、本当に緊張した。間近で見る魔物は、思っていたよりも怖かった。


「ちょっと怖かったけど、この調子なら、ここの魔物との戦いは大丈夫そうかな。そこは、少し安心したかも」


 その後もスライムやゴブリンとの戦闘が二回程あった。採取をしていた二日間の間に、戦闘がなかったのは、本当に運が良い事だったみたい。てっきり、ここら辺の魔物の数が少ないのかと思っていた。


「少し返り血が付いちゃったなぁ。戻ったら洗わないと……後、ローブをもう一着くらい買おうかな。夜の内に乾くかどうか分からないし」


 服を買って貰ったけど、結局、外に出るときは絶対にローブを着ている。髪の毛を隠さないと、色々な人を魅了しそうだからだ。これだけ言うと、自意識過剰みたいだけど、これまでの経験で、ほぼ確実にその効果があると判明している。髪を見た人は、全員魅了しているわけだから。ソフィアさんは、どうなのか分からないけど。ソフィアさんだけは、他の人達と反応が違ったから。

 ここまで血で汚れるのなら、普段の時に使えなくなってしまう。だから、替えのローブを買っておいた方が良いと思ったのだ。


「ソフィアさんに相談して、ローブが売っている服屋に案内してもらおう」


 そう決心しながら、薬草を採取していく。そして、規定数に達したので、街へと戻っていく。ここ最近、色々と意識した成果なのか三回に一回くらいは、まっすぐ帰る事が出来ている。ソフィアさんには、『偶々だから、慢心しないように』と言われている。正直、自分でもそう思うけど、ちょっとはマシになったって考えても良いのではとも思いたい。

 そして、しっかりと三十分くらい迷ってから、ファウルムに戻ってきた。街の入口には、ソフィアさんが立っていた。僕が外で依頼を受けている間は、ソフィアさんはずっと街の入口で待っている。

 宿屋に戻っても大丈夫とは言っているんだけど、道に迷わないか心配だからって理由で残っている。確かに、街でも迷う可能性はあるから、ソフィアさんの心配も最もなんだけどね。

 ソフィアさんは、近づいてくる僕を見てギョッとした。そして、すぐに駆け寄ってくる。


「ちょっと! クリスちゃん!? 血が付いてるけど、大丈夫なの!?」


 初めて返り血を付けて帰ってきたから、ソフィアさんは顔を青くさせていた。僕の身体をあちこち触って、怪我をしていないか確かめていた。


「怪我はしていないですよ。全部返り血です」

「そう……みたいだね。はぁ……良かったよ。初めて血を付けて帰ってくるから、本当に心配したよ」


 ソフィアさんはそう言って、僕を抱きしめてくる。


「別に、戦闘自体は、前の身体でもやっていましたし、そこまで心配しなくても、大丈夫ですよ」

「その身体では、初めての実戦でしょ? 心配はするよ」


 ソフィアさんが、一度抱きしめる力を強くすると、そっと僕の事を放した。


「それで、何を倒したの?」

「ゴブリンとスライムです」


 僕は、回収しておいた魔石をソフィアさんに見せる。


「倒したのは本当みたいだね。何か戦いにくいみたいな事はなかった?」

「特に、そんな事はなかったです。接近戦は、全然したことがなかったので、緊張はしましたけど、動きが鈍るみたいな事もありませんでした。いつも通りに戦えましたよ」

「そう……」


 ソフィアさんは、少し安堵しているようだった。自分が教えたことが、僕を守ったからかな。なんとなくそう思った。

 ソフィアさんは、すぐにいつもの笑顔に戻り、こう言った。


「じゃあ、今日はこれで上がりにしてね」

「え? でも、まだ時間がありますし、依頼を受ける事は出来ますよ? いつもは、もう少し遅くまでやっているわけですし」


 僕がランクを上げるためには、後、十二回の依頼を受ける必要がある。僕としては、早くランクを上げて、次の乗合馬車代とその次の馬車代まで稼いでおきたい。だから、今日も後一回くらいは、依頼を達成しておきたいのだけど、ソフィアさんは、許してくれそうにない。


「その身体になって、初めての実戦だったんだよ? クリスちゃんが思っているよりも、身体が消耗しているはずだよ」

「そんなものですか?」


 あまり実感がないので、首を傾げる。


「前の身体の時にあった初戦闘を思い出せる? その時、どうなった?」

「えっと……」


 ソフィアさんに言われて、前の身体での初戦闘時を思い出す。あれは、一年前の事だったかな。確か、あの時もゴブリンと戦ったんだっけ。

 皆で初めて戦った時だから、連携もうまく出来なくて、少し苦戦したんじゃなかったかな。あの時は、まだ裏切られるとは思わなかったな。いや、もしかして、あの時点で、僕を裏切る算段を立て始めていたのかな。さすがに、期間が空きすぎているから、それはないかな……

 ちょっと嫌な事を思い出してしまった。今は、ソフィアさんの質問に答えないと。


「確かに、かなり消耗していた気がします」

「そうでしょ。次の依頼にも影響するかもしれないし、明日も依頼を受けるんでしょ? だったら、今日はもう休み! 明日は、様子を見ながら、どの程度受けるか決めるって事で決定ね。無理はしないって約束でしょ?」


 ソフィアさんは、若干怒リ気味にそう言った。こう言われてしまえば、僕も頷かざるを得ない。確かに、無理はしないという約束だから、仕方ない。ソフィアさんの言い分も正しいので、言う事を聞く事にする。


「分かりました。休みます」

「よし! じゃあ、ギルドに戻って報酬を受け取ろうか。ついでに、魔石も売ってお金に換えよう」

「ギルドで売れるんですか?」

「寧ろ、ギルドでしか売れないよ。そこもギルドカードと同じく独占しているものだね」


 そんな事を話しつつ、街を歩き出す。そこで、ゴブリン達を倒した時に考えていた事を思い出す。


「そうだ。替えのローブが欲しいんですが、ローブを売っている場所ってありますかね?」

「ローブ? ああ、そうか。髪を隠すために、結局ローブを着て戦う事にしてるんだっけ。確かに、ローブに血が付いちゃうし、二枚ぐらい予備があった方がいいか」

「そうなんです。こう……頭に吸い付くような感じだと良いんですけど」


 そんな注文をしたので、ソフィアさんが困った顔をしていた。頭に吸い付く感じのローブなんて、かなり無茶な注文だから、仕方がない。


「そういえば、クリスちゃんのローブを買ったのは、どこなの?」

「そこら辺のお店で適当に買いました。確か、王都だったと思います」

「……全く参考にならないね。まぁ、色々と探してみようか」

「はい!」


 ローブを買う予定が出来たところで、ギルドに辿り着いた。受付に向かうと、いつものお姉さんが迎えてくれた。


「おかえりなさい、クリスさん。血が付いていますが、大丈夫でしたか?」

「はい。何とか。それで、これが薬草とギルドカードです。後、倒した魔物の魔石なんですが」

「はい。こちらで受け取ります」


 受付のお姉さんは、素早く薬草を確認してから、魔石を見始めた。


「そうですね。少し小さいものなので、大銅貨一枚ですね」

「!?」


 僕は、予想していなかった値段が付いたので、驚いて受付のお姉さんを見る。受付のお姉さんは、僕の反応を見て、少し楽しげに笑う。


「正当な報酬ですよ? 魔石の値段は、Gランクの依頼と比べると高いのです。大きさと質によって値段が変わってきますので、覚えておいてください」

「はい!」


 僕は、大銅貨一枚と銅貨四枚を貰って、大事に仕舞う。そんな僕を、ソフィアさんは口を押さえて見ていた。何故か、眼が夜の時に似た感じになっていた。どこに興奮する要素があったのだろうか。


「今日は、また依頼を受けていかれますか?」

「いえ、ソフィアさんに止められているので、今日はこれで終わります」

「なるほど。初めての戦闘もあったわけですし、それが良いかもしれませんね」


 受付のお姉さんと別れて、ギルドを出て行く。そして、一度宿屋に戻ると、すぐに銭湯に連れて行かれた。いつも通りの貸し切り風呂で、ソフィアさんに洗われる。ソフィアさんは、いつも以上に丁寧に洗ってくれる。そこまで、僕自身には血が付いていないはずなんだけど、念には念を入れているのかもしれない。


「よし! ピッカピッカだね! じゃあ、先に入っていて良いよ」

「は~い」


 ソフィアさんが満足いくまで、三十分も掛かった。そして、いつも通り、先に湯船に浸かる。ここ最近、外に薬草を採取しに向かっているからか、お風呂の時間が一番癒やされる気がする。夜は夜で、かなり消耗するから癒しって感じはしていない。最近、若干気持ちよく感じ始めてはいるんだけど……これは、ソフィアさんには内緒だ。

 ゆったりと浸かっていると、身体を洗い終えたソフィアさんは、後ろでは無く横に並んで入った。いつもと違うので、少し戸惑ってしまう。


「今日は、後ろから抱きしめないんですか?」


 さすがに気になるので、ソフィアさんに訊いてみた。ソフィアさんは、一瞬だけ驚いた顔をする。けど、すぐに


「え? もしかして、抱きしめて欲しかった?」


 とからかうように笑いながら、そう言った。僕は、思わず顔を赤くして目を逸らす。すると、ソフィアさんは、優しく微笑み、僕の頬を撫でた。


「今日は、クリスちゃんの消耗も考えて、そういう事はしないよ。さすがに、そこの分別は弁えているから」

「ということは、夜も何もしないって事ですか?」


 僕がそう訊くと、ソフィアさんは頷いて答えた。これまでの経験から、夜に何も無いのは、嬉しいはずなのに、何故かうまく喜べずにいた。ちょっとだけもやもやとする。


「というか、弁えていると言うわりに、最初の依頼の時にはしましたよね?」

「したね」

「…………」


 消耗しているからやらないというわりには、最初に依頼を受けたときは、しっかりとやる事をしていた。でも、今日はしないらしい。消耗云々の話は、体力では無く、精神的なものの話みたいだ。


「そんなにしたかった?」

「ち、違います! ソフィアさんじゃないんですから……」

「何だと!?」


 ソフィアさんは、笑いながら怒リ、僕の脇腹をくすぐる。僕は、頑張って抵抗するが、ソフィアさんの膂力に敵うわけはなく、くすぐられ続けてしまう。


「あははははは!! ちょっと!! やめてください!!」

「さっき言った事を撤回する?」

「します! しますから!!」


 そう言ったら、ようやく解放された。実際、ソフィアさんがエッチなのは本当の事なのに。取りあえず、心の中で思っておくだけにしておこう。そうしたら、いきなり耳を咥えられた。


「ひゃ!? 今日は、しないって言ったじゃないですか!?」

「今、心の中で、私をエッチだと思ったでしょ? お仕置き」

「むぅ……」


 本当の事なので、言い訳が出来なくなってしまった。そんな風なやり取りをしながら、しっかりと身体を休めて、お風呂から上がった。

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