第9話 何を考えているの? 心配事?

 翌日、僕はソフィアさんの指導の下、一日掛けて短剣の修行を行っていた。自分の感覚では、昨日よりも動きが良くなっている感じはある。それでも、ソフィアさんに一太刀も当てる事は出来なかったけどね。


「ふぅ……」

「うんうん。大丈夫そうだね」


 一応、ソフィアさんに、昨日言われていた不安なところは、改善出来たようだ。どこだったのか、本当に分からなかったけど。


「とは言っても、これは入口に立ったに過ぎない事を理解しておいてね。自惚れちゃダメだよ? 自惚れは油断に繋がるから」

「はい。分かっています」


 ソフィアさんは、昨日の時点でも、試験突破は出来るだろうと言っていた。それだけの強さを手に入れたと言えるが、逆に言えば、それだけの力でしかない。本来の僕なら、それくらいの事は出来た。魔法さえ使えていたら……


 僕達は、練習場から食事処に移動して、夜ご飯を食べていた。僕は肉を食べながら、自分が何故魔法を使えなくなったのかを考えていた。

 短剣がある程度使えるようになった今、改めて自分が魔法を使えなくなった事が気になり始めていたからだ。少し考えてみても、全く答えは出ない。一つだけ過ぎった答えは、薬の副作用だけど、なんでもかんでも副作用で片付けるのは間違っている気がする。

 僕が考え事をしている事に気が付いたソフィアさんは、僕の顔を覗きこんだ。


「何を考えているの? 心配事?」


 ソフィアさんは、僕が何かを心配していると思って、安心させるように笑いかける。

 少しだけ心が痛む。ずっと、ソフィアさんを騙している事を思い出したからだ。本当の事を……自分の身に起こった事を伝えるべきだろうか。

 僕が本当は男だと知れば、ソフィアさんはどう思うのだろう。気持ち悪いと感じるだろうか。騙していた事に怒りを覚え、僕を置いていくだろうか。そうなれば、王都までの護衛の話はなくなる。自衛の手段を手に入れれば、必要はないけど、本当の意味で安全な旅とは言えなくなるだろう。元々そのつもりだったのだから、それでいいかもしれないけど、安全な旅が続くと思っていたから、少し不安になってしまう。


 そこまで考えて、自分がソフィアさんに依存し始めている事に気が付いた。守って貰ったのは最初の一回だけ。それなのに、ソフィアさんがいないことに不安を感じてしまう。

 もしかしたら、連日の夜の行為によって、依存心が芽生えてきていたのか。満更でもないと思っていたから……いや、そうじゃない。正確には、それだけじゃない。

 ソフィアさんが優しい性格だからだ。こんな色々と怪しい僕を受け入れてくれる。慰めてくれる。守ってくれる。そんな優しさを、ずっと僕に向けてくれた。だから、僕もソフィアさんの事を必要だと感じていたんだ。


 そんな善意で僕を想ってくれているソフィアさんに、隠し事をして、騙して、旅に同行して貰うなんて、失礼で不誠実な行為なのではないか。

 それなら、僕は本当の事を話すべきなのではないのか。これからも一緒にいたいと……そう願うのなら……

 僕は、ソフィアさんに全てを打ち明けることを決める。それで、ソフィアさんと仲違いをする事になっても構わない。こんなに僕に良くしてくれるソフィアさんに隠し事をしたくない。これからの旅が、危険なものに変わる可能性もあるが、それでも話す事を決める。


「実は……」


 僕は、自分が元々男で、勇者パーティーの一員である賢者だった事、仲間の錬金王の薬を飲み、若返って女になってしまった事、そして、それに起因したのか分からないが、自分が魔法を使えなくなってしまった事を話し、その上で、今は魔法が使えない理由を考えていたと話した。


「これが、今考えていた事と……それと、ソフィアさんに隠していた事です」

「…………」


 ソフィアさんは、何も言わない。ただ僕の事を、ジッと見ていた。やっぱり怒られるのだろう。騙していた事を。隠していた事を。

 これから、一人でどこまで行けるかな。この状態でも、頑張れば王都まで行けるだろうか。

 そんな事を考えていると、無表情だったソフィアさんが優しく微笑んだ。


「クリスちゃんの言う事、信じるよ」

「え?」


 そうだった。そもそも話を信じて貰えるかどうかを、真っ先に心配するべきだった。何故か、ソフィアさんになら信じて貰えると思い込んでいた。実際に、


「元々男だったっていうのは、さすがに驚いたけどね。今のクリスちゃんからは、考えられないよ」

「嫌じゃないんですか? その……今まで中身が男だった人と……その……行為をしていたんですよ?」


 女性が好きで、そういう事をしていたソフィアさんは、元々男だった人としていたと知って、嫌だと感じないのかと疑問に思った。見た感じだと、ソフィアさんは、そこを気にしている感じはしなかった。


「う~ん……失礼かもだけど……別に、そこまで男って感じしないし……寧ろ、どう見ても女の子だったよ? 特に夜とか」

「……」


 確かに、言われてみれば、僕の男らしい部分って、ソフィアさんに一切見せていないかも。というよりも、この状態で男らしさを出すのは、ほぼほぼ不可能だ。見た目は、完全に美少女でしかないのだから。

 ソフィアさんが、僕に男の部分を感じないのも無理はない。それに、ソフィアさんの言うとおり、夜の事を思えば、その事は明白だ。


「あの……どうして、僕の話を、信じてくれたんですか? 僕が言うのも何ですけど、正直、突拍子もない話だったと思うんですが」


 僕は、絶対に訊いておきたかった事を訊いてみる。男性の身体が女性の身体になったり、若返っていたり、色々と不可解なことだらけだ。自分でも、実際にそんな目に遭っていなければ、信じないような話を真っ直ぐ信じてくれた。

 最初は、疑われるとすら思っていなかったが、それを意識すると、どうして信じてくれたのか気になった。


「えっ? だって、このタイミングで、変な嘘をつくような子じゃないでしょ?」

「それは……分からないじゃないですか。まだ、出会って数日ですし、お互いの事を知っているわけではないですし」

「う~ん……じゃあ、私からも訊いておきたいんだけど、何で私に話してくれたの?」


 ソフィアさんは、僕が何で話したのかを訊く。僕は、ここも正直に話すことにした。


「ソフィアさんが、僕に良くしてくれているのに、隠し事をするのは不誠実だと思ったからです。後は、このことを話しても、受け入れてくれるのではという気持ちもありました。それに、これからも一緒に……」


 ちょっと恥ずかしく思って、最後の方は言葉にも出来なかった。でも、ソフィアさんは、僕が話そうとした事を察して、嬉しそうに微笑んだ。


「この数日で、私の事を、そこまで信用してくれて嬉しいよ。ありがとうね」

「いえ、僕の方こそ、ここまで良くしていただいてありがとうございます。これからもよろしくお願いします」

「うん。よろしくね。じゃあ、話を戻そう。クリスちゃんが悩んでいたのは、魔法が使えなくなったって事だったよね?」


 ソフィアさんが、最初の悩みの話に戻してくれる。微妙に逸れていたから助かった。


「はい。僕は、勇者パーティーに入る前、王都の治療院で働いていて、回復魔法が得意だったんです。一応、他にも軽い攻撃魔法とかも扱う事が出来ました。なので、普通に戦う事自体は出来るはずなんですけど、この身体になってから、その魔法が一切使えないんです」


 僕は、自分の過去も交えつつ、改めて説明する。


「う~ん、私自身は魔法を使わないから、詳しくは知らないんだけど、男女の魔力の差って感じの仮説みたいな感じのものがあった気がするんだ。何か、そこら辺で聞いた話だから、合っているか分からないけど……」

「仮説ですか?」


 僕が聞き返すと、ソフィアさんは首を捻って思い出そうとしていた。


「確か……女性には、魔力を貯蔵する器官二つあるみたいな事だったかな。一つは男性と同じ心臓で、もう一つが……子宮だったかな? 心臓の方は、通常時に使うような魔力で、子宮の方は、自由に使えるってわけじゃなかったはず。何か、訓練してようやく使えるようになるみたいなものだった気がする。本当かどうかは分からないけどね」

「へぇ~、初めて聞きました。図書館にそんな本あったかな?」

「図書館?」


 僕の図書館という言葉に、ソフィアさんが首を傾げる。僕の口から、図書館って言葉が出て来た事を不思議に思ったんだと思う。図書館なんて、そこら辺にないしね。


「王都にいた頃、よく通っていたんです。そこで、色々な本を読んで、知識を集めるのが好きだったんですよ」

「それでも知らなかったんだ?」


 ソフィアさんは意外そうな顔をする。僕が、真っ先に調べそうなことと思ったのかもしれない。


「さすがに、全部の本は読めませんでしたから。僕が読んでいた本は、魔物の分布とかですね。後は、回復魔法の本です。前者の方が、かなり数が多かったので、読み込むのに時間が掛かっちゃって」

「へぇ~」


 図書館に通えていたのは、四年程だった。あそこに入館するためのカードを作るのに大金が必要だったからだ。それから、魔物の生態とかに、少し興味があったので、どこに生息しているのかとかを調べていた。それは、かなり面白かったけど、もっと他の事に目を向けるべきだったかもしれない。今更言っても遅いけど。


「まぁ、それは置いておきまして。それが、魔法を使えなくなった事に関係あるんでしょうか?」

「多分ね。そういう内臓の違いとかで、魔力の運用の仕方も変わってくるんじゃない? 今までの身体とは全く違うわけだし」


 つまり、男性の身体と女性の身体の違いのせいで、魔力がうまく運用出来なくなっている可能性があるとのことだ。確かに、それなら納得は出来る。


「子宮に魔力が貯蔵されている……ですか」


 僕は下腹部に手を当ててそう言う。元々自分の身体にはなかった内臓が、そこにあるはずだ。


「意識して何か分かる?」


 ソフィアさんの問いに、僕は首を傾げざるを得ない。何故なら、全然分からなかったからだ。子宮がそこにあるのは、治療院で働いていた経験から分かっているのだけど、そこを意識したからといって、内臓がそこにあると分かるわけでもないし、魔力が溜まっている感じがするわけでもない。


「まぁ、また一から鍛えていくしかないんじゃないかな」

「頑張れば、また使えるようになるって事ですか?」

「多分ね。今は、身体の変化で戸惑っているだけだと思うんだ。だから、やり方を覚えて、少しずつ慣れていけば、段々と上手くなると思うよ。クリスちゃんの身体は、私にとっても大切だから、必要なら手伝ってあげる」

「へ?」


 ソフィアさんのその言葉に、何故かあっち方面の事を考えてしまい、顔が赤くなるのを感じた。

 その僕の反応だけで、ソフィアさんも僕があっち方面のことを考えたと察したみたい。ソフィアさんは、僕の耳元に顔を持っていき、


「後で、ゆっくりと、そっちも教えてあげる」


 そう囁いた。離れていくソフィアさんの顔には、優しい笑みが浮かんでいたが、その裏では、きっと妖艶な笑みを浮かべていただろう。だが、僕は、ソフィアさんへの反撃の一手を思いついた。


「さっきも言いましたけど、僕、男ですよ?」


 ここで男だと言うことを強調しておけば、今後の夜の交じり合いがなくなる可能性もある。だけど、その考えは、さすがに甘かった。


「でも、夜の姿は、女の子そのものだよ? さっきも言ったけど、クリスちゃんを男の子だと思った事はないし」

「……」


 これには反論出来ない。そもそもどうやって反論して良いかも分からない。必然的に黙り込んでしまう。そんな僕を、ソフィアさんは輝いた眼で抱きしめてくる。


「可愛い!」

「あはは……」


 結局、僕はされるがままになっていた。一体、どこを可愛いと思ったのだろうか。それすらも分からない。女性になったのに、女心を理解出来るようになるのは、もっと先の事になりそうだ。

 その後、ご飯を食べ終えた僕とソフィアさんは、昨日一昨日と同じようにお風呂に入った。お風呂の中でも、ソフィアさんは変わらなかった。いつも通り、僕の事を後ろから抱きしめてきていたのだ。


「あの……ソフィアさん?」

「ん? まだ、男がどうたらこうたらって言うつもり?」

「う……」


 図星を突かれた僕は、やっぱり黙り込む事になってしまう。すると、ソフィアさんが抱きしめる力を上げる。


「今のクリスちゃんは、女の子なんだから、私にとっては、女の子なんだよ。例え、元々が男性でもね」

「ソフィアさんは、そんな風に割り切れるものなんですか?」

「見た目が女の子なんだから、割り切るも何もないよ。男性だったときの姿も知らないわけだし」


 やっぱり、ソフィアさんにとって、僕は女の子のままらしい。


「クリスちゃんは、男性として扱って欲しいの?」

「…………」


 ソフィアさんのその問いに、僕は、すぐに答える事が出来なかった。僕を男として扱うということは、これまで通りには生活出来ないという事かもしれないと考えたからだ。


「黙っているという事は、迷っているって事だね?」

「……はい」


 僕がそう言うと、ソフィアさんは、僕の頭を撫でてくる。


「私は、クリスちゃんを女の子として扱いたいかな。見た目が女の子だしね」

「……ソフィアさんが、そう考えているのなら、僕はそれで構いません。でも、僕は、男に戻るために王都に行くんです。だから、いずれは、男に戻っちゃいますよ?」

「期間限定って事? なら、今、楽しまないとだね!」


 ソフィアさんはそう言って、僕の耳を咥えてきた。


「ひゃ!?」

「この反応も、完全に女の子だね」

「……悩みの種ですよ」


 そう言って、少し不満顔をする。それすらもソフィアさんの感性に触れるようなものらしく、再び耳を咥えられる。二度目の行為だったので、何とか我慢できたが、気を抜いたら声が出て来そうだ。

 三十秒くらい咥えられていたら、不意にソフィアさんが話し始める。


「そういえば、例の勇者……だっけ? そいつらは、クリスちゃんが死ぬかもしれないのを知っていて、薬を飲ませたんだよね?」

「そう……ですね。今、こうして生きてはいますが、それ自体、もしかしたら運が良かっただけかもしれません。それに、これから先も今と同じように生き続けられるかも分かりません。明日の朝には、死んでいるかもしれないという状況ですね」


 薬の副作用がどういうものなのか、いくつあるのか、それらは、一切不明だ。もしかしたら、明日の朝には冷たくなっているかもしれない。あるいは、昼に急死する可能性もある。それらは、普通の人も抱えているものだと言われてしまえば、それまでだが、可能性としては、僕の方が高いだろう。


「クズが……」


 ソフィアさんがぼそっと呟いた。僕の耳元に口があったから、その声は僕にも聞こえていた。それは、今までのソフィアさんからは考えられない程冷たく、怖い声だった。いや、これは、一度だけ聞いた事があった。それは、あの男達に襲われていたときだ。あの時も同じような冷たい声を出していた。


「ソフィアさん?」


 ちょっとだけ、怯えながらソフィアさんに声を掛ける。すると、ソフィアさんは、さっきの声を出していたとは思えない優しい顔で、僕を見た。そして、今までよりも強く僕を抱きしめる。


「私は、クリスちゃんを見捨てるような事はしないよ」

「はい。分かっています。ソフィアさんは、皆とは違いますから」


 そう言って、互いに微笑み合った僕達は、しばらくゆったりとした後、お風呂から上がった。そして、真っ直ぐ宿屋へと戻ってきた。

 戻った僕は、ローブを脱いで下着屋で買った下着姿になる。それに、ソフィアさんが買ったベビードールと呼ばれるものを着てみた。

 下着の上から着ているけど、ちょっと変な感じがする。普段着ているローブより短いし、ちょっと透けているしで、全然落ち着かない。

 変じゃないかと思って、ちらっとソフィアさんを確認してみると、何故かニコニコと笑っていた。

 何故笑われたのか分からない。何となく馬鹿にされたような気がして、ちょっと不機嫌になりながらベッドに腰を下ろす。


「?」


 ソフィアさんを待っているのに、一向にこっちに来ない。もしや、お風呂で言っていた事は冗談で、やっぱり夜の交じり合いは無しになったかと思っていると、ソフィアさんが素早く服を脱いでいく。もうなくなることはないなと諦める事にした。

 そして、今日こそは、屈しない。そう心に誓った。


 やっぱり、無理だった……

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