第5話 代金は、クリスちゃんの身体で良いよ?
ソフィアさんが取っている部屋の中には、普通の大きさのベッドとソファ、テーブルが置いてあった。一人用の部屋なので、当然、ベッドは一つだけだった。
僕は、ソファの近くに荷物を置いて座る。
「じゃあ、僕はここで寝ますね」
「え? 何を言っているの? そんなところに寝かせるなんて事出来ないよ。クリスちゃんが、そこに寝るって言うなら、私がそっちで寝る。クリスちゃんが、ベッドで寝て」
僕がソファで寝ると主張すると、ソフィアさんも同じように、自分の方がソファで寝ると主張する。そして、どっちがソファで寝るか、十分程揉める。
「もう! いっそのこと一緒に寝れば良いでしょ!?」
「それだけは絶対に無理です!」
「えぇ……」
僕がそう言うと、ソフィアさんはショックを受けていた。その後もしばらく揉めて、結局、僕がソファで寝る事に決まった。ソフィアさんが根負けした形だ。
「まったくもう、クリスちゃんは強情なんだから……」
ソフィアさんは、ため息をつきながらそう言った。
色々とあったけど、ちゃんと寝床も決まった。ようやく安心出来る場所に着いた僕は、ほっと一息つく。
ソフィアさんは、そんな僕を見て優しく微笑みながら、ベッドに腰を下ろす。こうして落ち着いて見ると、ソフィアさんはかなりの美人だった。その場にいるだけで、注目を浴びてもおかしくはない。
そんな姿を見て、僕はある事が気になった。いや、実際には、ここに来るまででも、少しだけ引っかかっていた。それは、ソフィアさんと出会った場所の事だ。
「ソフィアさん、一つ訊いてもいいですか?」
「うん。良いよ。何かな?」
「何で、ソフィアさんは風俗街にいたんですか? 僕みたいに、道に迷ったわけではないですよね?」
ソフィアさんは、迷わず風俗街から宿屋まで移動した。その事から、僕みたいに方向音痴ではない事が分かる。だから、態々、風俗街に来ようと思わないと、あの場に鉢合わせないはずだ。
それに、ソフィアさんの噂の中には、清廉潔白というものがあった。だからこそ、余計に気になったのだ。
「えっと……た、偶々だよ!」
ソフィアさんは、目を逸らしながらそう言った。凄く動揺している。何だか、怪しい。
「そ、そういえば、クリスちゃんは、どうして一人でこの街にいるの? 道に迷っていたから、よそから来たんだよね?」
話題逸らしのためか、ソフィアさんが僕の旅の目的を訊いてくる。
「そうですね。今は、錬金術の本と道具を探しに、王都に向けて旅をしているところです。ここには、ラゴスタから来ました」
「ラゴスタから王都に!? 結構な長旅になるね……」
ソフィアさんは顎に手を当てて、何やら考え込む。どうしたんだろうと思いつつ、ソファで寝る準備をしていると、ソフィアさんが何かを決心したように、立ち上がった。
「決めた!」
「いきなり、どうしたんですか?」
割と大きな声で言ったので、びっくりしてソフィアさんの方を見る。
「クリスちゃんの旅に、私も同行する!」
「えっ!?」
ソフィアさんは、唐突にそんな事を言いだした。一体全体、何を言い出しているのだろうか、この人は。何だか、想像していたソフィアさん像と大きくかけ離れている気がする。
「クリスちゃんみたいな小さくて可愛い子を一人で旅させられないよ! 危険過ぎる! さっきも襲われ掛けていたし!!」
「さっきも言った気がしますけど、これでも、結構いい歳なんですよ……」
「それに、宿屋に行こうとして、風俗街に行くくらいだもん。方向音痴なんでしょ? 私が護衛として一緒に行けば安心じゃん!」
小さい子というのを否定したかったんだけど、完全に無視されてしまった。それに、方向音痴のことを出されると、こっちも反論しにくくなってしまう。実際に、それでトラブルを引き起こしているわけだし。
「いや、さすがに、そこまでして貰わなくても大丈夫です。自分もそこそこ……」
「?」
僕が、言葉を途中で止めたので、ソフィアさんが首を傾げる。本当は、自分もそこそこ戦えると言いたかった。
でも、さっきの件で、今の自分が満足に戦う事が出来ないと分かった事実を思い出したのだ。これでは、乗合馬車などが通っていない場所では、自分の身を守る事が出来ないので、ソフィアさんの言うとおり、かなり危険な旅になってしまう。
特に、街道では魔物や山賊などが出て来る可能性がある。そのため野宿などは、護衛を雇うか、余程の実力を持ち合わせていなければ行われない。
男の状態の僕だったら、一人で野宿をしても、何とかなったはずだけど、魔法も使えないこの身体では、野宿なんて無理だ。
こう考えると、ソフィアさんの提案は、かなり魅力的なものだった。だけど、知り合ったばかりのソフィアさんに、そこまで甘えるのはどうなのだろうか。
向こうから提案しているから、迷惑と言うことはないと思うのだけど、こっちの利点が大きすぎて、申し訳なさが勝ってしまう。
「う~ん、もし無償っていうのがあれなら、私を雇うという形でも良いよ?」
「雇う……」
雇うという案は、かなり良いものだけど、Sランク冒険者を雇えるようなお金は持ち合わせていない。
ソフィアさんは、絶対に相場よりも安く提示してくれると思うけど、結局甘えているのと一緒になってしまう。
「お金がないので、遠慮しておきます」
僕がそう言うと、ソフィアさんは眉を寄せて唸っていた。
「う~ん……正直、私的には、本当に無償で全然良いんだけど……」
ソフィアさんは、僕の見た目が子供に近いから、あるいはこの見た目が可愛いから、そう言ってくれているのだと思う。僕でも、戦闘の出来ない少女が一人で旅に出るのは、心配になるし、こんな風に考えてくれる気持ちは分かる。
「分かった!」
そんな事を思っていたら、ソフィアさんが、また急に叫んだ。何か思いついたみたいだ。なぜだか、嫌な予感がする。
「どうしたんですか?」
「やっぱり、お金は要らない!」
これじゃあ、話がずっと平行線だ。そんな風に考えていたら、ソフィアさんは、とんでもないことを言い出す。
「代金は、クリスちゃんの身体で良いよ?」
さっき受付の時にも思ったけど、ソフィアさんは、やっぱりそっちの人だったみたい。僕は、身体を庇うように、少しだけ距離を取る。すると、ソフィアさんは、急に慌て出す。
「そ、そこまで、深い行為はしないよ! キスや軽く触れるだけだから!」
ソフィアさんは慌てて、弁明(?)を捲し立てた。そっちの人ということは、全く否定しない。つまり、そういう事で確定だろう。
身体で払うと言うから、荷物持ちとか、そういう風な事を言って弁明するかと思っていたのに、そっちの行為の説明をし出した。本気で、そういう支払い方を提示しているのだ。
そもそもの話、僕は異性である女性が好きだから、この話に魅力は……いや、目の前にいるソフィアさんも女性だった。問題となるのは、僕が同性になっているという事だけど、別に、この姿になって、男性が好きに変わった訳じゃないから、問題はない……のか?
ソフィアさんに言われた事を考えていると、少しだけ頭が混乱してきた。僕は、今の身体になっても女性が好きだ。そういう趣味嗜好などは、一切変わっていない。
今、そういう行為を伴う付き合いを誘ってきているソフィアさんは、見たとおり女性だ。つまり、僕側で言えば、何も問題はないと言えるだろう。
そして、恐らくというか、ほぼ確定で、ソフィアさんは女性が好きな女性のはず。性的嗜好は、今の僕と完全に一致していると考えて良いだろう。そういう面では、僕とソフィアさんを隔てる壁は存在しないのだ。
ただ、僕には、そういう経験が一切ない。男性の身体だった時にもないのに、女性の身体で先に経験する事になる。これも、僕が返事を迷う理由の一つだった。こんな事で迷うのかと思われるかもしれないが、多分、こうして身体が変わった事がある人にしか分からない事だ。
そういう悩みを抱えつつ、自分の身体などについて考えていく。
僕の考え的には、今の自分の身体は、仮初めの身体だ。本来の身体は、前の男の身体のはず。つまり、この身体をどうこうされたところで、諸々のあれは、ノーカンなのではないか。そんな考えが浮かび上がった。
自分が魔法を使えなくなってしまった理由も、全く分からないので、道中などで守ってくれる護衛がいてくれるのは本当に有り難い。
ここまでの考えを踏まえてみると、ソフィアさんの提案を断る理由が薄れる。そして、現状僕に払える報酬は、この身体だけだ。そして、ソフィアさんに対して、この身体は需要があるらしい。
こうなったら、覚悟を決めよう。
「じゃ、じゃあ……それで……お願い……します……」
本当に苦渋の決断だったので、ものすごく歯切れの悪い返事になってしまった。だが、そんな事もお構いなしに、ソフィアさんの眼は、かなり輝いていた。
恐らく、今日は色々とヤル気満々で、風俗街を闊歩していたのだと思う。運の悪いことに、途中で襲われている僕を見つけてしまったから、その予定がおじゃんになってしまった。
つまり、今のソフィアさんは、女性に飢えている……
「…………」
せっかく決めた覚悟が揺るぎそうになる。でも、ソフィアさんは、ベッドの上で両手を広げて、僕が飛び込んでくるのを待っていた。その顔は、期待で一杯になっている。
さすがに、飛び込む勇気はないので、ゆっくりとベッドに近づいていく。
そんな中で、僕の頭にある考えが過ぎった。この状況……これって、ある意味合法的に女性に触れるチャンスなのではないかと。
今まで、そういう経験もないし良い機会かもしれない。向こうが下心を持っているのだから、こっちも持って良いはずだ。よし、せっかくなのだから、僕も楽しもう!
そう考えていたのが間違いだった……
軽いキスから始まった行為は、僕の完全敗北で終わった。ソフィアさんの身体を楽しもうとしたのに、そんな余裕は一切なかった。男性の喜びの前に、女性の喜びの方を叩き込まれる事になるとは思ってもみなかった……
僕は、ベッドの上で息も絶え絶えになっている。そんな僕に、ソフィアさんが布団を被せてくれた。その中にソフィアさんも一緒に入った。
「クリスちゃん、大丈夫?」
「だい……じょう……ぶ……です……」
「まさか、たったの十分でそんなになるとは思わなかったよ」
そう……僕が、こんな状態になるのに費やされた時間は、たったの十分だった。それだけで、休憩が必要な程に消耗させられてしまった。
「その気になっちゃうと、すごく敏感になるタイプなのかな。今日のこれって、まだ前菜くらいだよ? 本当は、もう少し触ったりする予定だったから」
「……嘘……です……よね……?」
「本当だよ。それに、軽く触っているだけだから、本気でやったら、これの十倍くらいの快楽になるかもよ」
「……死んじゃう」
僕が考えているよりも、この身体は敏感らしい。普段は、そんなでもないっていうのもソフィアさんの言うとおりなので、その気になってしまうとそうなるみたいだ。
何だろう。知りたくなかった事実を知ったような感じがする。
それに、これが王都に着くまで続くとなると、僕は耐えきれるのかな……
「多分、クリスちゃんが思っているよりも、今の姿は可愛いよ」
ソフィアさんはそう言って、僕に抱きつく。僕もソフィアさんも裸なので、体温が直に分かる。ただ、それ以上に、困るのは……
「ひゃっ!?」
敏感な身体のせいで、抱きつかれただけで、少し気持ちよく感じてしまう事だった。ソフィアさんは、それだけで反応してしまった僕を、慈しむように見てくる。
「少しずつ慣れていけば、長く楽しめるよ」
「が……頑張ります……」
ソフィアさんは、そう返事をした僕の頭を撫でていく。それが心地よく感じてきて、自然と瞼が降りてくる。
「今日は、もうしないから、眠っても良いよ」
「はい……すみません……」
ソフィアさんの期待には答えられなかったけど、ソフィアさんは許してくれた。僕は、ソフィアさんに抱かれながら眠りについた。
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