第4話 あ、あれ……どうしてこんなところに……?

 翌日、外から入ってくる朝日で、眠りから起こされた。


「うぅ………ん……」


 僕は、朝が来たので起きようと思った。だけど、身体に力が入らず、寝ていたのに倦怠感がすごい。いつもと違う感覚だ。


「昨日の朝は……平気だったのに……」


 突然の倦怠感が、飲まされた薬の副作用によるものかと一瞬思ったけど、多分、身体が変わったから、こういうところも変化しているのだろう。今の身体になって、朝が弱くなってしまったみたいだ。


「……こういうところも……慣れていかないと……」


 そんな事を言いながら、僕は二度寝をしてしまった。お昼近くになって、寝過ごしてしまった事に気が付いた僕は、急いで出発の準備をして、部屋を出て行く。すると、宿屋の主人と階段で鉢合わせた。


「おう、嬢ちゃん、大丈夫だったか?」


 宿屋の主人は、僕が降りてこない事を心配してくれていたみたいだ。


「はい。ちょっと、寝坊してしまいました。すみません」

「いや、無事なら良いんだ。どこか行くのか?」


 僕が旅の荷物を持っているからか、宿屋の主人が訊いてきた。


「はい。これから、王都の方に向かおうと思っています」

「王都に!? そりゃ、また長旅だな。気を付けて行けよ?」

「はい。ありがとうございました」


 宿屋の主人に頭を下げる。


「ああ、一つ訊きたいんだが、大丈夫か?」

「え、はい。大丈夫です」


 何も身に覚えがない僕は、何だろうかと思いつつ、宿屋の主人と向き合った。


「向かいの部屋にいた客を知らねぇか? 昨日、嬢ちゃんが名乗っていたクリスって名前の奴だ。手紙を任せただろ?」


 宿屋の主人は、いつまで経っても降りてこない元の身体の僕も心配していたみたいだ。ただ、宿屋の主人が、部屋に行っても僕はいない。その僕は、ここにいるのだから。この場合は、誤魔化しておくのが一番だ。


「えっと、夜遅くに扉が開く音がしたので、もう出て行った後だと思います」

「そうか……あの手紙に、何か嫌な事でも書いてあったって事か。あの勇者とか言う奴らも、ニヤニヤしながら渡してきていたしな」


 思わぬところで、アルス達の本性が垣間見えていた。本当に嫌な気分になる。


「邪魔して悪かったな。改めて、気を付けろよ」

「はい」


 僕は、そう返事をして、宿屋を出て行く。宿屋の主人は、手を振って送り出してくれた。やっぱり、いい人だ。まぁ、僕の話は信じてくれなかったけど。

 宿屋から出た僕は、乗合馬車のある街の出口方面を目指す。遠くの方に門が見えるので、それを目印に歩いていくと、乗合馬車乗り場が見えてきた。


「あの……この馬車って、ユリージア行ですか?」

「ああ、ラゴスタ発ユリージア行の乗合馬車だ。すぐに出発するが、嬢ちゃんも乗るかい?」

「はい。お願いします」


 僕は、乗車料を渡して乗合馬車に乗り込む。そして、乗合馬車の御者さんが言っていた通り、すぐに出発した。馬車は、人の駆け足よりも少し速い速度で、街道を走っていった。

 何の問題も無く、馬車はユリージアに到着した。ユリージアは、さっきまでいたラゴスタよりも少し大きめの街だ。だからなのか、ラゴスタよりも人通りが多い。

 既に夕方になっているので、早く宿屋に行く必要がある。しっかりと休める場所の確保は、何よりも重要だからだ。


「さてと、まずは宿屋を見つけないと。でも、ここには滞在した事がないから、宿屋の場所が分からないや。街の地図かなにかはないのかな」

「なんだ、嬢ちゃん。宿を探しているのか?」


 乗合馬車の御者さんが、声を掛けてくれた。僕の独り言を聞いていたみたい。


「はい。どこにあるか分かりませんか?」

「ああ、確か、ここから真っ直ぐ行って、十字路を左に曲がったところに、宿屋が並んでいるはずだ」

「分かりました。ありがとうございます」


 僕はお礼を言ってから、言われたとおりに歩き出す。長時間の移動や街中の移動は、まだ身体に完全に慣れたわけではない僕には、少しだけ厳しかったようで、ちょっとだけふらつく。

 早く宿屋で休みたい。

 そんな僕に、御者さんが


「お、おい! 嬢ちゃん! って聞こえてねぇな。あの宿屋の近くは風俗街があるんだよなぁ。まぁ、滅多なことがない限り、迷い込むことはねぇし、大丈夫だよな……」


 と声を掛けたみたい。だけど、街の喧騒のせいで、その声は一切届く事はなかった。


 ────────────────────────


 そして、御者さんに教えてもらった通りに来たはずの僕は、道の端っこで立ちつくしていた。何故か、風俗街に迷い込んでしまったからだ。


「あ、あれ……どうしてこんなところに……?」


 言われたとおりに真っ直ぐ行って、左に曲がったはず。あそこも十字路みたいに、右と左に道があったし、左側には沢山の人が入っていっていたから、そっちだと思ったんだけどな。この時間帯だから、宿屋に駆け込んでいる人達だと思ったのが間違いだったみたい。この時間帯なら、ここに駆け込む人がいてもおかしくはない。

 そして、最も重要な問題がある。歩いていく人の後ろをついて行っていたので、来た道が分からなくなってしまったのだ。


「僕って、こんなに方向音痴だったっけ……確かに、パーティーにいた時も、皆の後ろを歩いていたけど……」


 ここに来て、自分の方向音痴が発覚した。元々は王都に住んでいたのだけど、その頃は、慣れた道だったので、迷う事なんて、ほとんどなかったけど、まったく土地勘がない場所では、いとも簡単に迷子になってしまうみたいだ。


「はぁ……」


 どうしたものかと考えていると、何故か自分の周囲を複数の人に囲まれた。道の端っこにいたのに、全方向を塞がれている。通行の邪魔で人が詰まってしまっているのかと思って、周りを見る。


「?」


 僕を囲んできたのは、四人の男達だった。それも、全員僕の方を見ている。どう考えても通行の邪魔になってしまったという状況ではない。


「よぉ、嬢ちゃん、ちょっとこっち来いや」


 男の一人に腕を掴まれ、グイッと引っ張られる。そうして、路地裏に連れ込まれてしまった。この身体になったことで、力も落ちてしまったためか、抵抗しようにも、まともな抵抗が出来なかった。


「金を寄越しな」


 この男達は、女、子供から金をカツアゲするクソ野郎共だったようだ。こんな奴等なら遠慮はいらない。

 回復魔法が得意で賢者の称号を貰った僕だけど、簡単な攻撃魔法なら一応使える。こういう奴等を追っ払うだけなら、もってこいの技だ。

 そう判断して、魔法を使おうと身体の中を流れている魔力に意識を向ける。だけど、その魔力を認識する事が出来なかった。


「え?」


 魔力に意識を向けないと、魔法は使えない。使うための力を引き出す事が出来ないからだ。魔法が使えないことに、動揺していると、


「おい! 聞いてんのか!?」


 男の一人に胸倉を掴まれて、持ち上げられてしまう。さらには、僕に恐怖をさせるためか、フードを取っ払われてしまう。そのせいで、フードで完全に隠れていた髪が露わになった。


「!?」

「おお……!!」


 男達が、気持ち悪く笑う。心なしか、興奮しているようにも見える。


「おい、金よりもいいもん見つけたじゃねぇか!!」

「おいおいおい、俺にも味見させてくれよ!?」

「分かってるって、まずは、最初にこいつを見つけた俺からな!」

「早くしろ。後がつっかえてんだぞ!」


 男達はそう言って、下卑た笑いをした。こいつらは、僕を犯すつもりでいるらしい。頑張って抵抗しようとするけど、全然抵抗にならない。力の差が歴然としている。

 思いもしない事態に、感じた事のない恐怖が襲ってくる。男達は、僕を犯すために、ローブを脱がそうとしてくる。そんな男達に怯えながら、必死に抵抗していると、一陣の赤い風が割って入ってきた。


「ぐえっ!」


 男達が、一瞬で壁に叩きつけられる。


「大丈夫!?」

「は、はい……」


 僕を庇うように立つその人は、僕でも聞いた事がある程の有名人だ。唯一の女性Sランク冒険者にして、【緋色の剣姫】という異名を持つソフィアという名の剣士だ。異名の由来になったであろう赤く長い髪をポニーテールにしている。そして、その赤く燃えているような眼は、男達を見下していた。


「んだ、この女!!」

「うるさいよ。あなた達……」


 冷たい声と共に、ソフィアさんは、まだ僕を犯そうと諦めない男達を蹴散らしていく。瞬く間に、男達は動かなくなっていった。地面に伏せっているけど、少し唸っているので、死んではいなさそう。


「あなた、大丈夫? 怪我は?」

「ないです。助けて頂きありがとうございます」


 ソフィアさんは、僕のことを心配そうに見ていた。立ちつくしている僕の目線に合わせるように、地面に膝を突いている。そして、乱れてしまったローブを直してくれた。


「良かった。それにしても、こんなところで、一体何をしているの? 女の子が、一人で来るような場所じゃないよ?」


 ソフィアさんは、真剣な顔で僕の目を見てそう言った。僕を安心させるためだろうか、僕の髪の毛も軽く整えてくれている。


「えっと、宿屋を探していたんですけど、道に迷ってしまって……」

「そうなの? 宿屋がある通りは、もう二本先の通りだよ。取りあえず、私が案内してあげる。ご両親は、一緒にいるの?」


 ソフィアさんは、僕の事を両親と来た女の子だと思っているみたい。そこまで小さいわけじゃないのだけど、おどおどとしていたから、尚更幼く見えてしまったのかもしれない。


「えっと、両親は数年前に亡くなっています。それに、身体が小さいだけで、そこまで幼くありませんよ」


 そう僕が言ってソフィアさんの顔を見ると、何故かソフィアさんは滂沱していた。


「そんな悲しい事があったのに、強く生きているのね」


 ソフィアさんは、両親が亡くなったという事に涙していたみたい。感情豊かな人なのかもしれない。


「取りあえず、早くここから離れようか。また絡まれるかもしれないから、フードはしっかりと被っておいてね。その綺麗な髪は、目立っちゃうから」


 ソフィアさんは、にっこりと笑いながら、僕にローブのフードをしっかりと被せる。そして、僕の手を握って、風俗街の外へと歩き出した。ソフィアさんに手を引かれて、ようやく風俗街から離れることが出来た。


「そういえば、宿は、もう取ってあるの? それによって、目指す通りが変わる可能性があるんだけど」

「いえ、それを今から取りに行くつもりだったんです」

「そうなの!? ……うん。じゃあ、一応、私が泊まっている宿屋に行こうか。空いている部屋があるかもだし……」

「分かりました。でも、高くないですか?」


 Sランク冒険者なんていう、大金を稼いでいそうな人が泊まっている宿屋は、高級宿の可能性が高い気がしてそう訊いた。


「う~ん……まぁ、そこそこするけど、セキュリティはしっかりしているから、一人で泊まるなら良い場所だよ? えっと……そういえば、あなたの名前を訊いていなかったね」

「あっ、自己紹介もしないですみません。僕は、クリスです」

「よろしくね、クリスちゃん。私はソフィアだよ」

「はい。よろしくお願いします」


 風俗街では、そんな余裕がなかったため、自己紹介出来ていなかった。そんな最低限のことを済ませながら歩いていき、僕達はソフィアさんが泊まっている宿屋に着いた。

 そこは、見るからに高そうな宿屋だった。僕が唖然としていると、ソフィアさんが中に入っていく。手を繋いでいるため、僕も自然と中に入ることになった。


「空いている部屋って、まだありますか?」


 ソフィアさんは、入ってすぐに受付の人に空き部屋がないか訊いていた。受付の人は、その問いに申し訳なさそうな顔をする。


「大変申し訳ありませんが、現在満室となっています」

「それなら、空いている宿に心当たりとかはありませんか?」

「そうですね……ここ最近、観光客が増えた事によって、この時間では、どこの宿屋も満室になっていると思います」

「やっぱり、そうですよね。う~ん、仕方ない。私と同じ部屋で一緒に泊ろうか」


 ソフィアさんが、予想外の提案をしてきた。


「い、いえ、さすがに女性と一緒の部屋に泊まるなんて……」


 そこまで言ったところで、今の自分は女性になっている事を思い出した。同性同士なのに変な事を言っていると思われてしまう。そんな風に考えていると、ソフィアさんは、納得したように頷いていた。


「うんうん……そうだよね。同じ女でも襲われちゃう可能性はあるものね」


 何を言っているのだろうか、この人は……と思いつつ、若干身体を遠ざける。すると、我に返ったソフィアさんは、僕に向き直った。


「私の部屋以外、泊まる事が出来る場所はないみたいだから、一緒に泊まろう! その方が良いよ!」


 力強い眼で僕を見ながら、ソフィアさんはそう言った。


「最悪、雑魚寝宿にでも行きますよ。そこなら、空き部屋とかは関係ありませんから」


 どこの街でも、雑魚寝が出来る宿というのが必ず一軒は存在する。そこに行けば、何とか睡眠は出来るだろう。

 そう思っていると、ソフィアさんが眉を寄せた。受付の人も同様だった。


「さっき、襲われた事を忘れたの? 雑魚寝宿は絶対にダメ!」

「私も同意見です。女性、ましてや子供が一人であそこに泊まるのは危ないです。ソフィア様を信用なさっておられるのであれば、同室に泊まる方がよろしいかと」


 受付の人もソフィアさんと同意見みたいだ。確かに、雑魚寝宿だと、さっきみたいに襲われる可能性がある。何かの拍子に顔や髪が出てしまえば、その確率は跳ね上がるだろう。さっき襲われた経験からも明らかだ。

 ここは仕方ない。ソフィアさんのお言葉に甘えさせて貰おう。多分、それが一番安全だ。


「分かりました。お邪魔します」

「うん。それでよし!」

「追加料金は、サービスとさせて頂きます」

「えっ? 良いんですか?」


 僕がそう訊くと、受付の人は、ニコッと笑って首を縦に振った。


「ありがとうございます」

「ありがとうございます。じゃあ、行こうか」


 僕は、ソフィアさんに連れられて、ソフィアさんが泊まっている部屋へと移動した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る