第3話 普通の下着ってありますか?
宿屋の外に出た僕は、周囲を見回す。
「えっと、下着屋は……あっ、目の前か。良かった」
下着屋を探していたら、宿屋の目の前に建っていた。すぐに見つけられたから、本当に良かった。僕は、さっさと下着屋の中に入っていく。
「いらっしゃいませ!」
入ってすぐに店員さんが出迎えてくれた。店員さんは、すぐに僕の傍までやってくる。正直、女性の下着がどういうものか分からないので、店員さんに聞いてみる事にした。
「あっ、えっと……普通の下着ってありますか?」
「普通の下着ですか? それでしたら、こちらのドロワーズですね」
店員さんが、ドロワーズと呼ばれる物のところまで案内してくれる。見た感じ、普通の物なので、それを購入する事にする。
「じゃ、じゃあ、それをください。えっと……四枚お願いします」
「かしこまりました。サイズは、如何なさいますか?」
店員さんにそう訊かれて、僕は戸惑った。そもそも今の自分のサイズを把握していないからだ。
「えっと……僕に合ったサイズが分からないのですが……」
「サイズが分からない……ですか? では、今、穿いているお召し物のサイズはどうされているのですか?」
「えっと……その……穿いていないです……」
僕は少し恥ずかしく思い、尻すぼみになりながら、正直に言った。すると、店員さんは唖然としていた。それも仕方ないと思う。いきなりノーパンだと告白されたのだから。
店員さんは、そのまま、僕のことを上から下までじっくりと見ていく。そして、何かよく分からないけど、納得したように頷いた。
「なるほど。分かりました。では、こちらにお越しください。試着して確かめましょう」
「は、はい」
僕が試着室に入ると、店員さんが二枚のドロワーズと呼ばれる下着を持ってきた。
「お客様の見た目から、こちらの二つのサイズ。どちらかだと思うのですが」
「え、えっと……これ、直接穿いちゃって良いんですか?」
「ああ……はい。大丈夫です。直接穿いちゃってください」
店員さんから許可を貰ったので、直接穿いていく。すると、最初に穿いた方が少し大きく、次に穿いたものが丁度良かった。
「小さい方が丁度良かったです。すみません、こっちから穿くべきでした……」
何で大きい方から穿いたのだろうかと、少し後悔していた。
「いえ、お気になさらないでください。では、そちらのサイズを四枚ご用意致しますね。ちなみに、最近出始めたものなのですが、こちらのランジェリー系のものも綺麗で可愛いですよ? 如何でしょうか?」
店員さんは、ニコニコと笑いながら、綺麗な装飾がされた下着を見せてくる。見たことがないけど、最近はこういったものも作られているみたいだ。店員さんが持ってきたものがある方を見ると、少ないけど色が違うものが掛かっていた。
「い、いえ! 大丈夫です!」
僕は、顔を赤くしながら断った。今の身体が女性のものに変わっているとはいえ、今すぐにそこまではっちゃけられる程、受け入れられていない。
「そうですか? お客様の容姿であれば、大変お似合いだと思うのですが……」
そう言って、ジッとこちらを見てくる店員さんから、今穿いているドロワーズと同じサイズのものを三枚受け取って、代金を払う。そして、そのまま出て行こうとすると、店員さんに手を取られて止められた。
「えっと、何ですか?」
何故止めるのかと思い、そう訊く。すると、店員さんは、僕の身体の下の方を見る。釣られて、僕も下の方を見る。
「あの……お節介だとは思うのですが、ローブを引き摺っておられるので」
「ああ、なるほど……」
身体が変わってしまい、サイズが合わなくなった結果、僕はローブの裾を引き摺って歩いている。店員さんは、それが気になったみたい。
「専門店ではないので、多少雑になってしまうかもしれませんが、裾を上げて、身長に合わせてもよろしいですか?」
「あ、え? 良いんですか?」
こればかりは、どうしようもないと思っていたので、やってくれるとなると有り難い。
「はい。先程も言いましたが、ただのお節介ですので、お気になさらず」
「じゃあ、よろしくお願いします」
僕は、再び試着室に戻る。そして、店員さんが、僕の身長に合わせて、ローブの裾とついでに袖も直してくれるみたいだ。仮留めを終えたので、慎重にローブを脱ぐ。
「お願いします」
僕がそう言って、ローブを渡そうとすると、店員さんが固まっていた。何故か、僕の事をジッと見ている。その頬は、少しだけ赤くなっている気もした。
「? あの……店員さん?」
僕が、そう呼び掛けると、店員さんはハッとして、ローブを受け取った。
「大変申し訳ありません。綺麗な御髪でしたので、少し見惚れてしまいました。すぐに、直させていただきます」
店員さんはそう言うと、お店の裏に向かった。僕は、試着室に置かれた椅子に座って、裾直しが終わるのを待つ。その間に、自分の髪の毛を弄っていた。
「他の人が見ても、この髪は綺麗なんだ……」
自分で見た時も思ったけど、この真っ白な髪の毛は、他人が見ても綺麗なものらしい。つまり、周囲の人の視線を集める可能性があるという事だろう。フードで隠しながら移動したのは、正解だったという事だろう。
そのまま待つ事三十分。店員さんの裾直しが終わった。専門店じゃないとか言っていたけど、細かく丁寧に仕上げてくれたので、かなり丈夫になっている。もう少し自信を持っても良いと思う。
「本当にありがとうございます」
直して貰ったローブを着て、店員さんに頭を下げる。
「いえ、ちゃんと仕上げられてよかったです」
店員さんはそう言ってニコッと笑った。そこで、一つ気になることがあったのを思い出した。
「そういえば、僕が試着した下着ってどうするんですか?」
先程、僕が試着してしまった下着をどうするのかが気になったのだ。洗濯とかをしないといけないとかだったら、これから他の店で試着する時に気を付けないと、店の迷惑になるかもしれない。それを考えたら、ここで、きちんと訊いておくべきだと思ったのだ。
「もう売り物には出来ませんので、私が買い取る事になります」
「…………へ?」
あまりに予想外の言葉に呆けた声が出てしまった。
「いえ、ですので、私が買い取る事になります」
店員さんはニコッと笑いながらそんな事を言う。それって、どう考えても、僕が恥ずかしい事なんじゃないのかな。
店員さんの言っている事って、つまりのところ、僕が穿いたドロワーズを店員さんが保管するって事だよね。僕の方が身体も小さいから、店員さんは穿けないだろうし。さすがに、店員さんは、何もしないだろうけど、なんとなくダメな気がした。
「あ、あの! やっぱり、それも買います!」
「へ? ですが、お客様のサイズには……いや、ご成長なさった時に穿く用ですか?」
「は、はい! その通りです!」
「分かりました。では、こちらもお売りします」
ふぅ……何とか回収出来た。一度、穿いた下着を他人に持たれるのは恥ずかしい。女性になった今、それを強く感じる。いや、これは、元の身体の時でも変わらないだろう。そんな経験がなかっただけで。
「じゃあ、本当にありがとうございました」
「いえ、この街にお越しの際は、是非、またお寄りください。おすすめの下着を取り入れておきますので」
「は、はい」
店員さんはニコニコと笑いながら、そんな事を言っていた。おすすめの下着を取り入れられても、買うとは限らないんだけど。でも、ここに来ることがあったら、寄ろう。
フードを被ってから下着屋を出た僕は、真っ直ぐ宿屋に戻っていった。
「王都に行くためにも、この身体に慣れなきゃ。まず、何よりも優先するべき事は……トイレだ!」
この身体になって、一番困った出来事は、さっきやらかしてしまったトイレだ。今の自分の許容限界を知る必要がある。
「でも、すぐに行きたくなるわけじゃないし、これは他の事をしながらにしよう。次にやるべきは……真っ直ぐ歩けるようになることかな。店員さんのおかげで、ローブも歩きやすい長さになったから、さっきよりもマシになってはいるかな。でも、ちょっとふらつくし、足がもつれるんだよね。目線の高さが変わったからなのか、女性の身体になってしまったからなのか分からないけど……」
トイレの許容限界を調べつつ、部屋の中をうろつく。傍から見たら、ものすごく怪しい人だ。部屋の中だから、誰にも見られないことは、本当に有り難い。
そうして、水分補給をしながら動き回る事、二時間。その時がやってくる。
「うぅ……限界!!」
僕はトイレに飛び込んで、身体の力を抜く。今度は、漏らす事はなかった。
「……体感だけど、やっぱり今の身体の方が、耐えられないかな。でも、なんとなくの感覚は掴めた気がする。これからは、漏らすことはない! 多分……そうだと良いな……」
取りあえず、トイレの感覚もある程度掴む事が出来た。それに、二時間の成果で、歩行も大丈夫そうだから、ラゴスタから移動出来ると思う。
「早速、明日から、王都に向かう旅に出よう。移動は……乗合馬車にしておこうかな。この状態で、野宿をするのは厳しいだろうし」
僕は、王都への旅の準備を整えてから、ベッドで横になった。
「副作用……何も起きないと良いな……」
あの手紙に書かれている事から分かるとおり、僕は明日も無事に生きているのかは分からない。僕が飲んだ薬は、ライミアが開発した一般的には未知のものだ。これから何が起こるか分からないし、何か起きたとしても治療出来る確証はないのだ。
僕は、明日も無事に目を覚ますことが出来るように祈りつつ、眠りについた。
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