第2話 こ、これが……僕?

 翌日。僕は、ゆっくりと眼を覚ました。窓から差し込む光が多いので、朝日が上がってから、しばらく経っていると思われる。


「うぅ……?」


 僕は、自分の呻き声を聞いて、初めて疑問が生まれた。昨日までよりも、声の音が高かったからだ。時々、空気が抜ける感じの呻き声が出た時にそうなるけど、今のはそうじゃない。そんな感じの呻き声じゃなかったからだ。

 考えても答えは出ないので、偶々だろうと思って無視する事にした。


「もう痛みはない……え!?」


 身体に痛みがないことを確認して、声に出したら、明らかに高い声になっている。喉に手を当ててみると、何だか手にも違和感を覚えた。恐る恐る顔の前まで手を持っていく。


「どう……なって……?」


 目に映った僕の手は、昨日までよりも、明らかに細く小さくなっていた。


「これって……女の子の手?」


 細い手をした男性もいるだろうけど、自分のこの手は、女性のものにしか見えない。すぐに上体を上げて、身体を見下ろす。

 すると、昨日までちょうど良かったはずの服が、ぶかぶかになっていた。手だけじゃない。身体全体が補足小さくなっているのだ。

 さらには、頭から降りてくる髪の毛が白いものになっていた。いや、そもそも顔を下に向けたところで、髪の毛が降りてくる程の長さはなかったはずだ。なのに、今の髪の毛は、お腹に届くくらいに長い。


「そんな……馬鹿な事あるはずが……」


 鏡で今の自分の姿を確認しようと思い、ベッドから降りて歩こうとすると、踏み出した瞬間に、地面に倒れてしまった。


「あれ……?」


 性別が変わったからか、あるいは身体が小さくなってしまったからか、元の身体と同じように動く事が出来なくなってしまっている。

 転んだ姿勢のまま、上体起こして、足の方を見ると、ズボンとパンツずり落ちて引っかかっていた。さすがに、身体が変わってしまえば、ズボンもパンツも合わなくなってしまうだろう。

 でも、今、転んだのは、それだけが原因ではないだろう。転んだ時も、脚にズボンやパンツが引っかかって転んだというよりも、バランスが取れなくて転んでしまった感じだったからだ。

 取りあえず、邪魔になるので、ズボンとパンツは脱いでおく。


「壁を支えにして立とう」


 僕は、床を這いながら、少しずつ壁の方に近づいていく。壁際まで来た僕は、壁に手を突き、支えにしながら、何とか立ち上がる。


「うん。別に細くなって、筋肉が足りないからってわけじゃなさそうだ。これなら、慣れていけば、段々と歩けるようになるはず」


 立ち上がっても足が震えると言う事はなかった。やっぱり、身体が急に変わってバランスが取れなくなっていただけみたいだ。しっかりと一歩一歩踏み出していけば、歩けるだろう。そう思って、いつでも壁に寄りかかれるようにしながら、少しずつ歩いていく。


「よ、よし……やっぱり、目線が低いような……いや、まずは、ちゃんと確認しよう!」


 何とか歩いて、部屋に備え付けられている鏡の前まで行き、覗きこむ。


「こ、これが……僕?」


 想像していた見た目と大きく違っていて、固まってしまった。黒く短かった髪が白い長髪になっており、黒かった眼が青く輝いていた。自分で言うのもなんだけど、絶世の美少女がそこにいた。


「……ん? これ、若返ってない!?」


 鏡を見て気が付いたけど、顔付きが年齢相応の感じではなくなっていた。昨日までの身体よりも、明らかに幼い。元々二十五歳だったけど、今の僕は、大体十四、五歳にしか見えない。

 つまり、元の年齢よりも十歳程、若返っている事になる。

 身長も百八十近くあったものが、今は百四十前後しかない。元の身体との身長差は四十ほどもある。僕が思っていた以上の身長差だ。これだけ、身長差があるのなら、バランスが取れなくなった理由に、身長も加わる。寧ろ、これが一番の理由なんじゃないかとも思う。


「……もしかして、盛られた薬って二つ?」


 性転換と若返りの二つの現象が、僕を襲っている。これなら、一つの薬の効果よりも二つの薬の効果と考えた方が、納得がいく。つまり、酔い覚ましだと思われる薬すらも、全く別のものだったということだ。


「ここで、一人で推測していても仕方ない」


 僕は、ここで考えても仕方ないと判断して、ライミアに話を訊くために部屋を出ようとする。その前に、自分の今の格好に気が付いて立ち止まる。そして、もう一度鏡の前に立って、自分がどう見えるか確認する。


「……今の格好だと、変態に見られるから……上からローブを羽織れば良いかな?」


 一応、ぶかぶかのシャツになっているので、局部は見えないようになっていたけど、こんな状態で部屋の外を彷徨くのは落ち着かない。そして、周りから見れば、ただの変態にしか見えないだろう。

 ただ、誤魔化しとして羽織ったローブも元の身長に合わせたものだ。そのため、今の身体で羽織ってみたら、ぶかぶかになっていて、袖から手が出てこなかった。何度も袖を捲って、何とか手を出してから、少し考えて、フードも被っておく。この白い髪は、本当に目立ちそうだから、現状は隠しておいた方が良いと思ったからだ。

 念のための準備を終えてから、部屋を出る。そして、ライミアが泊まっている部屋をノックした。しかし、返事がない。まだ、眠っているのかもしれない。


「ライミア? ちょっと、入るよ?」


 緊急事態なので、失礼を承知で部屋の扉を開ける。部屋の中を覗くと、そこには誰もいなかった。荷物などもない完全な無人状態だ。


「え……?」


 僕は嫌な予感がして、皆の部屋を回っていく。その全てが、もぬけの殻だった。


「……どういうこと?」


 色々な事が起きすぎて、頭の中が混乱してしまう。僕は、あまり働かなくなった頭で、受付に行けば何か分かるかもしれないと考えて、受付に向かった。

 部屋は二階にあるので、階段を下るのだけど、慣れない身体によるおぼつかない足取りでは、少し怖かった。


「あの……」

「なんだ、嬢ちゃん。ん? 嬢ちゃん、うちに泊まってたか?」


 ここで、自分が迂闊な行動をしてしまった事に気が付いた。今の僕は、宿屋の主人からしたら、勇者パーティーのクリスでは無く、ただの女の子にしか見られない。これで宿屋の主人が、僕の話を信じてくれないと、ここから追い出される可能性すら出て来る。

 どうにか誤魔化せるかと考えたけど、もうやってしまった事だから仕方ない。既に、宿屋の主人にも、僕が何者かで怪しまれている。もうどうとでもなれの精神で、宿屋の主人に話してみる事にした。


「あの……僕、ここに泊まっているクリスなんですが、アルス達が、どこに行ったのか分かりませんか?」

「あん?」


 宿屋の主人は、怪訝な顔をする。一応、お客として入っているから、名前とかを名乗っている。だから、宿屋の主人は、僕の元の姿を見た事があるはずだ。後の頼みは、宿屋の主人が僕の元の姿を覚えていないって事だけど、既に訝しまれている時点で、その可能性はない。これはダメかと思っていると、宿屋の主人は、何かを思い出したようで、


「ああ……」


 と言って、カウンターの下をゴソゴソとし始めた。そして、一枚の紙を僕に渡してくる。


「クリスの名前を名乗る女の子が、自分達の名前を出したら、渡すようにって、勇者達に頼まれたんだ。まさか、本当に来るとは思わなかったけどな。上の部屋に本当のクリスがいるはずだから、渡してやってくれ。本当なら、そいつに渡したいんだろ。何で、嬢ちゃんを挟むかね」

「あっ……はい……」


 宿屋の主人は、僕がクリスだとは信じてくれなかった。それ自体は、当たり前の事なので、何も言えない。だけど、すぐに追い出されるという事はなかったので、それは助かった。僕は、言われた通りに、二階へと上がろうとして、少し思いついた事があったので、受付の方に戻った。


「あの……一泊お願い出来ますか?」

「あん? まぁ、良いけどよ。金はあんのか?」

「はい」


 僕は、ローブの中に入れておいた硬貨を取り出して、宿屋の主人に渡す。


「銅貨五枚。ちょうどだな。上がって、すぐの右側の部屋を使ってくれ」

「分かりました」


 今度こそ二階へと上がって、自分が使っていた部屋から、荷物を新しい部屋に移していく。


「ふぅ……まだ身体に慣れないから、ちょっと大変だ……」


 変わってしまった身体に慣れていないため、荷物を移すだけでも、一苦労だった。荷物を全部移し終わった僕は、ぶかぶかのローブを脱いで、ベッドに座る。そして、アルス達が残した手紙を読む。


『お前が邪魔だから置いていく。お前がいると、あいつらと同じ部屋で寝る事も難しいからな。後、ライミアがお前に飲ませたのは、研究途中の若返りの薬と性転換の薬だ。これが読めているのなら、少なくとも死んではないのだろう。運が良かったな。これから、副作用で死ぬかもしれないが、そこは運が悪かったと思ってくれ』


 手紙には、それだけしか書いていなかった。


「そりゃないよ……」


 つまり、アルスと他の仲間は恋人関係にあって、僕がいると肉体関係を結びにくいから置いていくという事だ。

 そして、僕が飲まされた薬は、やっぱり若返りと性転換の薬だった。しかも、これは研究途中だったらしい。つまり、ライミアは、最後に僕を実験台にしたということだ。結果を見ないで、別れるのは意外だと思ったけど、どうせ、昨日の夜のうちに扉の隙間からでも、僕の様子を観察していたのだろう。どのタイミングで身体が変化したのか分からないけど、多分、気絶した後に変化は済んでいると思うし。


「副作用……か……」


 本当にあるのかも怪しいけど、もし二つの薬に危ない副作用があるというのなら、僕の命が失われる可能性もゼロではないのだろう。


「はぁ……結局、仲間だと思っていたのは、僕だけだったって事なのかな……」


 手紙の最後の文が、僕の心を大きく傷つけた。この勇者パーティーの全員を仲間だと思っていたのは、僕だけだった。それに、僕が副作用で死んだとしても、誰も悲しまないみたい。運が悪いと思えって……そんな風に簡単に思えるわけ無い。

 大分参ってしまったけど、傷心だからって、落ち込んでもいられない。

 今、僕がしないといけないことは、自分の身体がどうなっているかを改めて把握する事だ。これから、この身体を使わないといけない以上、必要な事だ。

 何故か悪い事をしているのではと思いつつ、シャツの隙間から身体を見てみると、発育は良くないが、女性のものと分かる胸とすっかり何もなくなった局部が見えた。

 本当の本当に女の子になっているようだ。


「はぁ……」


 僕はため息を溢しながら、ベッドにうつ伏せになった。自分の身体の状態を見て、改めて自分が女の子になった事、さらに、先程の手紙で判明した仲間の裏切りが、本当に心に来ている。

 そのままどのくらい経っただろう。ふと、トイレに行きたいと思い、ベッドから降りて、トイレに駆け込もうとすると、その手前で、太腿から下が温かくなった。


「え……?」


 下を見ると、小さな水溜まりが出来ていた。それらは、僕の脚を伝っていった液体によって作られている。


「………………」


 僕は、無言で涙を流した。この歳で、お漏らしをしたという羞恥というものもあるけど、一番は、今の自分が惨めに思えたからだった。

 いつまでもそのままというわけにもいかないので、涙を流しながらもトイレに行って、紙で局部を拭いてから、作り出してしまった水溜まりを拭いていく。

 この経験で男性の身体よりも女性の身体の方が、我慢が効かないという事が分かった。身体に慣れないうちは、限界まで我慢せずに、定期的にトイレに寄るようにした方が良いかもしれない。

 全部の処理を終えた僕は、またベッドに突っ伏した。


「…………男に戻る方法を探そう」


 僕は、元に戻る方法を探す決意をした。決意をしたからには、いつまでも後ろ向きになっているわけにはいかない。身体を起こして、荷物の中にあるメモ帳を取り出す。そして、備え付けの机に座って、戻るために必要な事を書き出す。


「まず必要なのは……薬への理解だ。これを作ったのは、ライミアだから、製造方法は錬金術のはず。天才であるライミアは、錬金釜無しでも錬金術を使えるけど、僕は、そんな事出来ない。それに、そもそも錬金術の基礎を身に付ける必要もある。それには、知識と道具が揃った場所に行く必要がある。確実にそれがあるのは、王都だ。あそこは、情報の宝庫でもあるし、二つの薬の事もわかるかもしれない」


 僕の今後の目的地は、王都に決まった。ただ、ここから王都までの道のりは、かなり長い。馬車を乗り継いで行っても、三ヶ月近くは掛かるだろう。これは、実際に勇者パーティーで移動した日数でもある。


「王都に着いたら、道具を買って研究をしないと。僕が元に戻るにはそれしかない。よし! 早速行動したいけど、まずは、一日掛けて、今の身体に慣れよう!」


 僕はそう決心すると、椅子から立ち上がって、鏡の前に立つ。


「今の僕の見た目って、やっぱり目立つよね……これからも、フードは被りっぱなしで、外は歩こう」


 自分の見た目が目立つことを改めて自覚して、宿屋などの部屋の外を歩くときは、ローブのフードを目深に被って移動している事を決めた。


「後は、服もどうするか考えた方がいいかな……いや、シャツがワンピースみたいになるし、上からローブも羽織るから、そこまで気にしないでも良いか。でも、最低限下着は買ってこよう」


 僕は、上からローブを羽織って、フードを目深に被り、宿屋を出ていく。

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