TS賢者は男に戻りたい

月輪林檎

第1話 これからも頑張っていける気がするよ

 人類を脅かす脅威として、魔族の達の王である魔王が存在した。その魔王を討伐するべく、勇者、剣王、大魔道士、錬金王、そして賢者の称号を与えられた者達がパーティーを組んで旅に出た。

 魔王を倒すには、世界の各地に散らばっている秘宝と呼ばれるオーブが必要とされていたからだ。オーブの数は、全部で八つ。

 一年の旅の結果、勇者達は、その内二つのオーブを手に入れた。そして、二つ目のオーブを手に入れた祝いとして、アユリスタ王国のラゴスタという街酒場で飲んでいた。


 ────────────────────────


『かんぱーい!』


 酒場の喧騒の中、ジョッキを打ち付ける音が鳴る。


「いやぁ~、今回は危なかったな」


 勇者であるアルスが、ジョッキに入った酒を一気に飲み干してから、そう言った。

 金の髪に金の瞳をしたアルスは、いつも皆を引っ張ってくれる勇者の名前に相応しい存在だ。整った顔をしているので、今のままでも目立つけど、勇者の称号と共に貰った金色の鎧を着ている時は、もっと目立っている。

 それ故に敵にも見付かりやすいけど、王国としては、早く勇者を認知させたいという思惑があるんだと思う。ただ、その鎧が目印になってしまって、素のままのアルスだと勇者だって事に気付かれない事も多い。本末転倒になっているが、仕方がない。

 勇者としての力は、その浄化能力だ。その攻撃は、毒などを浄化する。何故、浄化能力を持つ事で、勇者と呼ばれるのかというと、魔王や魔族との戦いで必要になるかららしい。


「オーブがある場所は、全部危険だって言われていたけど、まさか、あそこまで危険とは思わなかったよね」


 剣王のマイはそう言って、肉串を食べた。マイは、剣王の名前の通り、剣を扱うのが得意な少女だ。剣を使わせたら、王国の誰よりも強いと言われている。何でも、数々の剣術大会で、優勝してきている猛者らしい。茶色の短髪に焦げ茶の眼をしたマイは、わんぱく娘のように元気いっぱいだ。

 そして、自分の身長とほぼ同じくらいの剣を扱うため、かなりの力持ちだ。下手すると、アルスよりも力があるかもしれない。ただ、少々おつむが弱いのか、敵を正面から打ち倒す事しか考えていない。実際、それで倒せるのだけど、連携が難しくなるので、色々と注意される事もしばしばだ。


「本当にね。何度危ない目に遭ったことか分からないわ」


 大魔道士のアイは、野菜を食べながら、そう言った。アイは、赤くうねりを持った長髪と葡萄色の眼をしており、大魔道士らしくつばの広い帽子を被っている。元々は被っていなかったようなので、これも王国のイメージ戦略の一環だと思われる。

 眼がつり目な事もあって、少し気が強そうな印象を受ける。事実、性格も少しきつめだ。だが、仲間思いなところもあり、誰かがピンチになると、絶対に助けようとしてくれる。

 その魔法の腕前もなかなかのもので、相手に的確に魔法を当て、戦闘の流れを作っていっている。アイ自身が言っている危ない目に遭ったときも、アイの魔法で切り抜けた事が多い。


「沢山薬も使ったから、色々買い足さないといけないかも」


 錬金王のライミアは、髪の毛を弄りながらそう言って、ため息を溢した。紺青色の髪を肩まで伸ばし、浅緑色の瞳をしている。この髪と眼は、錬金術の実験で作った薬を飲んだ結果の副作用だと言っていた。

 少しおとなしめの印象を受けるけど、その実一番危ない思考もしている。色々なものを実験対象として見ているのだ。新しく作った薬などを試さずにはいられないとも言っていた。さりげなく実験の対象にされることもしばしばだ。

 ライミアの役割は、薬などの錬金術で作り出したものによる支援だ。その手腕は、緻密に計算されたものも多く、その全てを理解するのは難しい。だけど、そのどれもが、僕達を守るために組まれたものなので、僕達を害するような事はなかった。


「まぁ、こうして無事に手入れられたのも、皆で協力した結果だね」


 賢者である僕、クリスは笑いながらそう言った。

 黒い短髪と黒い眼をしている僕は、何故か賢者と呼ばれている。ただ単に回復魔法が得意なだけなのだけど、王国は、そういう人を賢者と呼ぶことにしたみたいだ。

 この勇者パーティーは、何かしらのスペシャリストが集められたらしい。

 僕は回復、アルスは浄化攻撃、マイは剣、アイは魔法攻撃、ライミアは支援だ。何故、この組み合わせで集めたのかは謎だ。全部、王国の意向が詰め込まれている。


「いきなりパーティーを組めと言われた時は、どうなることかと思ったが、このパーティーで良かったな。俺達なら、魔王を倒す事も出来るだろう」

「そうだね。僕達なら、これからも頑張っていける気がするよ」


 和気藹々とした食事を続けていくと、段々と皆に酔いが回ってきた。


「少し飲み過ぎたな。ライミア、明日に残さないように、また薬をくれ」

「分かった。酔い覚ましだね」


 ライミアは、皆に一つずつ瓶を渡していく。そんな中、僕だけ瓶を二本受け取った。


「何で、僕にだけ二本?」

「最近調子が悪そうだったから」

「あ、ありがとう」


 ライミアが言う調子が悪いというのは、戦闘についての事だと思う。実際には、皆が強くなりすぎて、僕のやれることがなくなってきているっていうだけなのだけど。

 まぁ、怪我をしたら治すのが役割の僕は、皆が怪我をしない限り、役割が無いって事だから、無いにこした事はない。寧ろ、僕のやる事がない方が、上手くいっているって事になるしね。


「それじゃあ、これで解散だな。宿に戻って早めに休もう」


 そうして、僕達は宿へと戻り、それぞれの部屋に分かれる。僕は、荷物をテーブルの上に置いて、ベッドに腰掛けた。


「ふぅ……旅に出てから一年で、ようやく二個か。魔王討伐も、かなり大変な旅だな。でも、皆で力を合わせれば、これからの先も大丈夫なはずだ。よし、ライミアの薬を飲んで、早く寝よう。二日酔いは勘弁だしね」


 そうして、僕はライミアから貰った薬を二つ飲む。


「うっ……意外とキツい薬だ……どんな効果があるんだろう……」


 一つの薬は、酔い覚ましのはず。少しいつもと味が違うけど、薬の改良とかは、ライミアの十八番なので、大丈夫だろう。

 もう一つは、調子が悪そうだからって言っていたけど、疲労回復みたいなものなのかな。こっちの方が、凄く苦い味だ。良い薬は苦いとも言われるけど、ここまで苦いと、本当に良いものなのか怪しくなる。


「二つとも飲んだけど、一緒に飲んで大丈夫だったのかな……? まぁ、ライミアが、渡してきたんだし、大丈夫だと思いたいけど……」


 普段のライミアから、少し怖いと感じるけど、さすがに、僕を殺そうとは考えないだろう。僕はそう判断して、濡れタオルで身体を吹いてから、ベッドの中に入り、眠りについた。


 その日の夜中。僕は、身体中を襲う謎の激痛によって目を覚ました。


「ぐ……あぁぁぁ……」


 苦悶のあまり、声が漏れるが、そのうち声すらも出せない程の痛みになっていった。身体中の骨が折れたかのような……あるいは全身の筋肉が断裂していくかのような……そんな痛みが身体中を襲い続ける。さらには、全身が燃えているかのような熱さまで襲ってきた。


「……!!!」


 痛みによって目覚めさせられた僕は、痛みと熱さによって気絶した。もはや、痛みと熱さは、意識を残していられる段階を超えたのだ。

 この時は、僕の身体に何が起こっているのか、検討もつかなかった。ただ、一つだけ分かっている事は、ライミアの薬によって、このような事態が引き起こされているという事だ。

 さっきまで、普通に接していたのに、突然、このような事をされた。ライミアらしいと言えば、ライミアらしいけど。これはライミアを、問い詰めないといけない。どうしてこんな事をしたのかを。

 僕が、次に目を覚ます事が出来ればの話だが……

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