第13話 アリスにて

 約束の時間の三十分前に家を出た。店までは十分。早すぎるが、じっとしていられなかった。店の前には、まだ彼女はいない。当たり前だ。そもそも来てくれるかどうかもわからない。


 ぼんやりと人の波を見ていると、彼女がこちらへ歩いてくる。

「ミコ」

 声を掛けると光国のそばに駆けてきた。そして、頭を下げると、

「遅刻しましたか? ごめんなさい」

「いや。まだ、五分あるよ。さ、中に入ろう」

 促して扉を開け、中に入る。いつもの通り、マスターと美代子が立っている。二人は、光国に小さなつれがいることに驚いているようだ。

「いらっしゃい。好きな席にどうぞ」

「ああ。じゃあ、奥に行こう」

「はい」


 何だか気恥ずかしくて、美代子たちを見られない。悪いことをしているわけでもないのに、歩き方まで不自然になっているのを感じている。


 席に着くと同時に美代子に、「はい」とメニューを渡された。

「ありがとう、ミッコ。で、ミコ。何にする?」

 名前が似ていて、ややこしい。美代子はミコの名前に反応し、笑顔で、

「光国。その子、ミコっていうの? ミコ。初めまして。私、ここの店員でマスターの娘で光国の友人の斉藤美代子です。よろしくね。私ね、ミッコって呼ばれてるの。ちょっと似てるね」

 美代子の言葉にミコは笑顔で頷く。


「うちのケーキは何でもおいしいわよ。私が作ってるの。ははは」

「自分で言って、笑うなよ。いや。でもさ、ここのケーキがおいしいのは間違いないよ。オレのおすすめはイチゴのタルト。オレはそれにするよ。ま、いつもの通りだけど」

「あ。じゃあ、私もそれでお願いします。それから、アップルティーを」

「オレはダージリンティー」

「はいはい。いつもの通りね。じゃ、ちょっとお待ちください」

 一応客に対するようなことを言って去って行った。光国は小さく笑った。本当に、気持ちのいい性格だ、と思った。だからこそ、今も友人でいられるのだろう。


 数分が過ぎ、注文の品がテーブルに置かれた。持ってきてくれたのは、ツヨシだった。

「光国。来てくれてたんですね。藤田さんも。さようなら、なんて言いましたけど、また会えましたね」

「ツヨシ」

 彼の言葉を制すると、

「すみません。余計を言ったようですね。では、ごゆっくり」

 礼をして去った。また落ち着かなくなった。

「さあ、食べよう」

「はい」

 手を合わせてから、食べ始めた。本当においしい。何回食べても飽きない。


 ミコは今日もお上品に食べている。レディーなんだな、と思った。自分とは全く違う環境で生きてきたんだと感じた。それでも、この気持ちはどうしようもない。手が止まった。


「飯田さん。どうしましたか」

「ミコ。昨日言えなかったこと、話すよ」


 言わなきゃいけない。そう思いながら、言葉が思うように出て来なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る