イチゴのタルト

第3話 お母さん

　高級なマンションの前に来て、ミコが「ここです」と言った。見た目通りお嬢様らしい、と光国は思った。

「それじゃ、君がエントランスに入ったら帰るから」

　光国の言葉にミコは首を振り、光国の腕をつかんできた。光国がミコを見ると、目に涙を浮かべていた。

「ミコ？」

「行かないでください。今、家には誰もいないんです。少しの間、一緒にいてください。お願いします」

　俯いて手の甲で目元をこすった。年齢相応の仕草を見て、思わず頭を撫でた。子供扱いをされるのは嫌いだろうな、と思ったが、そうせずにはいられなかった。が、ミコは嫌がるでもなく、光国にされるままになっていた。

「わかったよ。でも、さっき知り合ったばかりのオレを家に入れちゃって大丈夫なのかな？　君の親が帰ってきたら、怒られると思うけど」

「一人でいるのが…怖いんです…」

「お父さんは、仕事？」

「はい」

「お母さんは？」

　黙った。

「さっき追いかけてたのはお母さん？」

　彼女は頷き、

「大きなカバンを持って出て行ったから、もう帰って来ないと思います。お母さんには、好きな人がいるみたいなんです」

　今度は光国が黙る番だった。

「時々夜に電話が掛かってきて、その後お母さん、出かけちゃうんです。話を聞かれないように、小さな声で話していました。だから、こうなることは、わかっていたんです。でも、それが今日だとは思ってなくって。すぐに追いかけたけど…」

「そうか。ごめんな。オレがあんなとこに立ってなければ、追いつけたかもしれないのに。オレが邪魔したわけだ。本当にごめん」

　ミコは首を振り、

「飯田さんは悪くないです。仕方なかったんです。お母さんは、私たちよりもその人の方がいいんだから」

　慰めの言葉が浮かばない。ミコは光国の腕から手を離すと頭を下げた。

「わがまま言ってごめんなさい。送ってもらってありがとうございました」

　背中を向けて歩き出した。光国はしばらくその姿を目で追っていたが、「待て」と声を掛けてしまった。光国は走って彼女のそばへ行くと、

「家まで行くよ」

　彼女の心を少しでも救うには、こうするしかないと思った。彼女は目を見開いた後、「いいんですか？」と言った。光国はミコの頭を撫でながら、「いいよ。行く」と答えた。彼女は笑顔になって光国に抱きついてきた。

「ありがとうございます。嬉しいです」

　彼女の体温を感じながら、変に鼓動が速くなっていることに戸惑っていた。