イチゴのタルト

第2話 少女

　彼女は無理矢理立ち上がろうとしたが、やはり痛みが強いようですぐに座り込んでしまった。

　光国は彼女の前に膝をつくと、

「痛むんだろう。無理しちゃダメだ。すごく急いでたみたいだけど、どこに行こうとしてるんだい？」

　顔を覗き込むようにして訊いてみた。彼女は首を振り、「わかりません」と、か細い声で言った。

「とにかくさ、その傷を何とかしよう。ばい菌が入るとろくなことにならない。そこのコンビニで必要物品を揃えます」

　宣言すると、彼女をお姫様だっこした。彼女は光国を強い視線で見てきたが、

「諦めなさい。君は今自由に歩けないだろう」

　やや冷たい口調で言うと、彼女は諦めたのか、視線を地面に落とした。

　彼女を抱えたまま、コンビニに入った。

　ここは、さっき光国が出てきたアルバイト先だ。中に入ると、アルバイト仲間の山田が光国たちを見て驚いたような表情をした。

「山田くん。この子、オレとぶつかってけがしちゃってさ。手当てをしてあげたいんだけど」

　そこまで言うと山田は頷き、消毒液や絆創膏を持ってきてくれた。そして、慣れた手つきで手当てをしてくれた。今度は光国が驚かされた。

「へえ。すごいな、山田くん。医者か看護師みたいに慣れた手つき」

　感心したように言うと、山田は頭を掻きながら、

「オレ、弟がいるんですけど、そいつがけっこうやんちゃで、しょっちゅうけがしてて。その度にオレが手当てしてたんで。両親共働きで、家にオレしかいなかったんです」

「本当に助かったよ。ありがとう。あ。会計して」

　代金を払って店を出た。

　光国は、相変わらず彼女をだっこしている。小柄な子ではあるが、さすがにそろそろ疲れてきていた。

　それを知ってか知らずか、彼女は「下ろしてください」と言った。光国は言われるままに下ろして、

「歩けそうか？」

「わかりません」

　彼女は歩き出したが、痛みの為か、少し足を引きずるようにしていた。光国は思わず、「待てよ」と声を掛けてしまった。振り向いた少女に、

「どこに行くんだっけ？　一緒に行こうか？」

「そんな。いいです。それに、どこに行くのか私にもわからないんです。ただ、あっちに…」

「さっきさ、『待って』って言ったよね、確か。誰かを追いかけてた？」

　彼女ははっとしたような表情になったが、すぐに首を振った。

「いえ。もういいです。家に帰ります」

　光国は、肩を落として歩き出す少女を放っておけなかった。

「わかったよ。帰るならそれでもいい。でも、オレ、そんな状態の君を一人で帰らせるのは心配だから、家に入るのを見届けさせてくれ。

　あ、そうだ。オレ、名乗ってなかったな。飯田光国。二十歳。バンドのギター担当です。近い内にデビューしてる予定です。全然あてはないけど」

　光国が小さく笑うと、彼女は俯いたままで、

「藤田美子（みこ）です。四月から五年生になります」

　十歳違うらしいということがわかった。

　ミコを家に送る間、二人は黙り合っていた。光国は、ぼんやりと自分の家族について思いをめぐらせ、胸をざわつかせていた。