YOU
「う……」
なんだこれ。金縛り? 動けねえ。
体感的に、まだ早朝だろう。もう少し寝ていたい土曜日だ。
なのに、腹に重み。俺の惰眠を邪魔するやつがいる。
いったい何者なんだ、こいつは。幽霊なら俺の手に負えないぞ。
いざとなったら、あいつに助けてもらおう。
意を決して、目をカッ、と見開く。
宇宙人たすけて!(先手必勝)
そこにいたのは――
『うーん……』
「おファッ!?」
――不気味なうようよ。俺の友だちだった。
やべえトイレ。寝起きはちびるって言ったじゃん……
『おはよー。さっきわたしのことブン投げなかった? 寝ぼけてて覚えてないけど』
気のせいだろ。
友だちと迎えた初めての朝は、まるで新緑のような爽やかさ……なんてことはなかった。
「あっつぅ……」
『真夏日だってさ』
マジか。エアコン投手を登板させよう。
彼は鉄腕だ。夏場の五十連投も見事敢行。こいついつも投げてんな。
暑すぎるッピ! 音を立ててエアコンが動きはじめる。やさしい風が、俺に潤いをもたらした。
『そんでさ、今日はなにすんの?』
「あー……それなあ……」
期待に満ちた、キラキラとした目だ。比喩でなく、マジで光っている。どうなってんの?
やめろ、その目を向けるな。俺の怠惰な心が浄化されてしまう。
……全力で遊ぼうという俺の言葉は、嘘じゃない。
限られた時間を、悔いなく、より良いものにしたい。
それは確かな俺の本音だ。
だが、いまは……冷風が、恋しい!
それも俺の本音だった。
「……おまえ、暑くないの?」
ゆらゆら小躍りしているFに、俺は訊ねた。
心が痛えー……俺は期待に応えられるのか?
Fは得意げな顔になる。
『ふふふ、この環境適応機能はすごいよ? 火山も凍土もこれひとつで踏破可能! 耐圧機能で空も海も自由自在! いまなら専用アタッチメント・耐衝撃機能をおつけして、お値段なんと九千八百コメット! どお? ほしい?』
ニヤニヤするFを見て、俺は絶句した。
こいつ、こんなキャラだったっけ? あとコメットってなに。
俺たちのクールなFさんは、どこにいったんだ?
……いや――
「……なるほど、耐衝撃機能……だから、壁にぶつかってもノーダメだったのか」
『やっぱ投げたんじゃん! ひどいよー!』
「ごめん。素直に謝罪です」
『それ、ほんとに謝ってんの!?』
――これがおまえの素なんだな、F。
口にはださないけど、楽しそうにしてるよ、おまえ。明るい表情が物語ってる。
……じつは、俺も楽しいんだ。恥ずかしくて言えないけどな。
言わなくてもわかる。同じ気持ちを共有できる。
こんなにうれしいことはないだろ。なあ、F。
「……とりあえず、メシ食うとするか」
『……うん。でも、わたし……もう、おなかいっぱいだよ』
ほら、俺と同じ気持ちだった。
やべえよやべえよ……朝メシ食ったから……
外はうだるような炎天下、俺はこの先生きのこれるのか。
Fが外出したいんなら俺は……
『わたし、べつに外出したいわけじゃないよ』
後ろ向きに全面協力することも、やぶさかではない……って、え?
『地球はあらかた観光したからね。それより、ひとん家は初めてなんだ。ゲームとかして遊ぼうよ』
Fは微笑んでいる。俺に遠慮してるわけじゃなさそうだ。
正直、助かる。俺は全身貧弱人間だから。日光あびると灰になるんだ。
だけど、まあ――
「……明日は、わりと涼しいらしい。どっかいくか」
『……うん!』
――明日くらいはいいだろ。冷風が、労るように俺たちを撫でていった。
「ちょっ、おまえ、友だちに即死コンボはないだろ!」
『これ即死コンボって言うの? へー』
「うそだろ……!?」
初見プレイのはずじゃん。なんだこいつ!?
「クソっ! おまえ、これやれ!」
『なにこれ?』
「死に覚えゲー」
勝ったな、ガハハ!
『これでクリアかな?』
「そんな……そん……」
サイドエフェクトかなにか? 圧倒的な成長を実感してそう。
「おっ、もう試合始まるじゃん。野球観ていいか?」
『いいよー。どっちが贔屓?』
Fの了承を得て、チャンネルを変える。
ちょうど、先発が一球目を投げたところだった。
ワンストライク。どんどんいくぜー。
「ホームのほう。今日はエースだから期待できるぜ」
土曜にエースってどんなローテだよ。エースがぶつかるのを避けたのか?
『ふーん。わたしもこっち応援する』
ぼんやりとテレビを見ているF。野球は興味なかったかな……申し訳ないことをした。
『明日は勝つ!』
拳を握って、からだを震わせるF。
悲しいなあ……なんか涙目になってない?
どうやら野球にハマったようだ。Fは、テレビにかじりついていた。俺より、遥かに真剣に。
そのことが、少しだけ羨ましかった。
「やっぱ、今日はそうめんかなあ」
そうめん選手、一軍登録。即スタメン。
こいつが夏の妖精。見てのとおり夏だけの儚い
適当に湯掻いてでかい器に盛る。小さい器にめんつゆ、生姜、薬味を投入。
「いただきます」
うまっ。五十試合三十ホーマーってとこか。これは月間MVP。
「おまえも食うか? これ食べなきゃ夏じゃないぜ」
そうめんを凝視するFには、気づいていた。
たぶんこいつのからだは、食事を必要としないんだろう。
でも、必要がなきゃ、食っちゃいけないのか?
そんなことねえよ。食べすぎは困るけど。
食い入るように見つめるくらいなら、俺にひとこと『ほしい』と言えばいいんだ。
遠慮なんか必要ない。図々しさはおまえのいいとこだぜ。
『いいの? いただきます!』
俺の箸を綺麗に操り、流麗にそうめんを啜るF。
いや上品すぎて草。むしろ花を生けますわよ。
ブラックホールのような口? に吸い込まれるそうめんは、まるで逆流する滝だ。風流だなぁ……ほんとにそうか?
時流に刃向かうクールなスタイル、あいつは友人・宇宙人!
Fのかんばせに花が咲く。
『ごちそうさま。美味かった!』
そうか。よかったよ。
これで思い出がまたひとつ。
そうめん食った宇宙人なんて、おまえが初めてじゃないか?
土産話があれば友だちもできるだろ。同族に囲まれて笑うFが、俺には見えた気がした。
「……明日、いつ発つんだ?」
『……日付が変わる直前かな』
ゆうべの明るさが嘘みたいだ。
ベッドで語らう俺たちの、あいだに横たわる空気は重い。
夏特有の、ジメジメとしたそれが、からだにまとわりついてくる。
不快な湿気が、こころを支配しようとする。
思わず顔をしかめた。
――これは、別れの気配だ。
かぶりをふって、邪魔なものを振り払う。それだけで、からだが軽くなった気がした。
たとえ気休めでも、空元気でも、俺にできるのは気丈に振る舞うことだけだ。
Fを、笑って送り出すために。
「……そういえばさあ! おまえ、ほかにも機能があんじゃないの? いろいろ教えてくれよ」
『……ああ、あるよ! まずはねぇ――』
俺の空元気に付き合うFの表情は、晴れない。
別れを惜しんでくれている。それだけで、俺にとってはじゅうぶんだった。
『――これ! 光学迷彩機能! これを使って、明日は遊びにいくよ!』
「覗きに使うのか?」
『ちがうよ! 続きまして望遠機能! 一光年先もよく見えるよ!』
「ずいぶん気合の入った覗きだな」
『ちがうって! じゃあこれ、発光機能! 光量調節可能で、懐中電灯からモールス信号まで! 有効距離は一光年!』
「眩しっ!? これは使えないだろ! モールス信号ぉ? アイシテルのサインくらいにしとけ!」
くだらない話だ。それでも、たからもののような時間だった。
この世のなによりも安らげる、ふたりだけの静謐な夜。
淡い夢のような夏が、俺のこころを捉えて離さない。
ずっと起きていれば、永遠にできるのか?
そんな幻想を抱えて、俺は目を閉じた。
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