宇宙塵のこころ
R1
FOR
そいつは突然、俺の前に現れた。
『わたしは個体名■■■■。いわゆる宇宙人だ。よろしく』
「……はぁ」
なにこれ。幻覚? 疲れてんのかな……
夜の住宅街で対峙する、俺と不気味ななにか。
そいつのからだは不定形だった。
よくわからんうようよが、謎の発声器官によって、俺に語りかけていた。
『きみの名前は?』
えっ、自己紹介の流れなのか? こんな得体の知れないやつに? なんかイヤだ……
俺は話をそらすことを試みる。
「あー……それより、あんたの名前、まったく聞き取れなかったんだけど?」
『あっ、そうなの? 個体名は翻訳されないのか……』
そいつは考えるような顔をして、ぶつぶつと独り言を言っている。実際は顔も口もないけどな。なぜかそういう雰囲気が伝わってくる。
……こいつは思考中でぼーっとしている。いまのうちに帰っちまうか。
俺は気配を消し、暗殺者のような足取りで、十数歩先のアパートへ向かう。
夏の金曜の仕事帰りやぞ。暑いし疲れたし、さっさと寝たいんじゃ。宇宙人に絡まれてる場合じゃねーぞ。
憤慨しつつも慎重に歩を進める。階段に足をかけ、上れば、部屋はもう目の前に……
『あっ、ちょっと!』
げ、気づかれた。
そいつは高速で俺の前に飛んでくると、横の扉に視線をやった。
当然のように飛ぶなよ。びっくりすんだろ。
『ここ、きみん家?』
キレ気味に訊かれ、閉口する俺。圧がすげえ。
沈黙は肯定だ。そいつは笑って宣った。
『じゃ、おじゃまします』
マジ? ええ……
『あらためて。わたしのことはFと呼んでくれ。人類を支援するためにきた、エリート宇宙人だ。三日間、よろしくたのむ』
ワンルームで、俺と宇宙人――Fは、相対していた。
灯りの下で見るそのすがたは、なお不気味だ。だが、それ以上に、発言内容に恐怖を覚える。
支援? 三日間……? エリートはスルーで。
「とりあえず……順を追って説明してくれ」
三日間、俺ん家にいるってことじゃないよな……?
ゆるキャラみたいな見た目ならまだ許容できるが、こいつは無理だろ。朝起きたとき目の前にいたらちびるレベル。
内心ガクブルの俺に、Fは説明をはじめた。
『うん。じゃあまず、わたしたち宇宙人は、きみたち人類を見守ってきた。むかしからね。つまりは古参だ。後方……なんとかってやつ』
スケールのでかい話だな。なかなかいい設定じゃん。表現はアレだけど……まあ、言いたいことはわかる。俺は頷いて続きを促す。
『そのうえで、わたしたちは定期的にきみたちを支援してきた。文明のバランス調整が主な目的かな』
「バランス調整……具体的には?」
質問が口をついてでる。すっかりこいつのペースだな……ふつうに会話しちゃってるし。
Fは少し考えて、答えた。
『わかりやすいのは、文化遺産? かな? あれらはたいてい、わたしの同族が手引きしてつくったものだよ』
「マジ?」
素で訊いてしまう。驚愕の事実だった。
やっぱ……宇宙人の支援を……最高やな!
Fは頷き、話を続ける。
『きみたちって、ほっとくと変な方向に発展するじゃん? 日本のサブカルとかがそうだけど。そうなるまえに、最低限の文化をつくるサポートをしたわけ』
「はあ……すげえな、宇宙人」
呆気にとられた俺の称賛に、Fは照れたような顔を浮かべた。……こいつに慣れてきてる自分が怖い。表情豊かだなあとか思っちゃう。顔ないのに。
……? つーか、最低限の文化? 文化遺産が?
「なあ、なんで最低限の文化が、文化遺産になってんだ?」
宇宙人との技術力の差か? やっぱ人類ってクソだわ。
俺の疑問に、Fは苦笑いして白状する。
『あー……わたしの同属はさ、楽しかったらしいんだよね。育成シミュレーション? みたいでさ。興がのっちゃって。いつのまにか、そんな感じに。あはは』
……つまり、俺らの文化は、宇宙人の遊びから生まれたってことか。
「……はあ」
やっぱ宇宙人ってクソだわ。
「もう十時か……おまえ、メシは? 俺は外で食ってきたけど」
からだを伸ばして休憩するついでに、麦茶をひとくち。リラックスしてんなあ俺。
時計で時刻を確認し、Fに視線を移す。
宇宙人ってなに食うんだろ。
『わたしはなにも食べなくていいんだ。エリートだからね。きみとの会話が糧になるよ』
「……ふふ、なんだそれ」
かっこつけやがって。キザなセリフが似合うやつだ。
……ひさしぶりに笑った気がする。穏やかな気分だった。こいつとの会話を、楽しく思っている俺がいる。
『冗談ではないんだけど……』と眉を下げるFを見て、俺は――
「……おまえにならうなら。Y……いや、Uかな? ……俺の名前」
――こころを覆う硬いものに、ヒビが入るのを感じた。
『……ありがとう、U。三日間、よろしくね!』
喜色を滲ませて近寄るFを手で制す。
からだが熱い。顔から火が出そうだ。
名前で呼ばれたからかな……気恥ずかしさがすごい。
見られたくなくて、顔をそらす。そのまま、話題を転じることにした。
「……その、三日間てのはなんなんだよ。そもそも、おまえの目的は?」
つーか、これが本題だ。
Fは、なぜ俺を狙い撃ちしたのか?
こいつは、帰宅中の俺の前に、急に降ってきたんだ。
さっきの話から考えれば、俺を支援する理由なんてない。俺はクリエイターでもなんでもないからな。
つまり、俺のところにきた目的。それが一番の謎だった。
Fは神妙な顔をして語りはじめる。俺は喉を鳴らした。
たぶん、俺は期待していた。こいつがいれば、俺は俺じゃない、なにかになれるかもしれない。
『……まず、わたしの目的だけど……ごめん! じつは、単なる旅行なんだ』
「は?」
なにいってだこいつ。
『いろいろ観てまわって、さあ帰るかってとこで、大気圏航行機能が故障しちゃってさ……自動修復に三日かかるってことで……えへへ』
「……はあ」
またこのパターンかよ。
脱力した。気が抜けた。いまの俺はだるんだるんだ。
マジでこいつ……いや、こいつはこういうやつだ。一時間くらいの付き合いだけど、もう慣れたよ。
「……じゃ、俺んとこにきたのも、偶然ってことか」
ちょっと期待していたんだ。宇宙人の目をひく、隠れた才能があるのかもしれない。俺は特別なのかもしれないって。
そんなことないのは、自分でよくわかってるのにな。
自分から動かないくせに、俺を変えてくれ、なんて。虫のいいやつだ、俺は。
落胆の色を隠せない。こいつが悪いわけじゃないのに。
沈んだ俺に、Fは慌てて声をかける。
『それはちがくてっ……きみは、受け入れてくれそうだったから』
「……なにをだよ?」
俺が、御しやすいマヌケにでも見えてたか? こいつは利用できそうだ、って。
……いや、こいつはそんなやつじゃない。なにを苛立ってんだ、俺は。八つ当たりはやめろ。
目をつむり、深呼吸する。肩の力を、ゆっくりと抜いていく。
……落ち着いた俺に対して、今度はFが沈む番だった。
『……わたしを、だよ』
……こいつのこんな顔は、見たくなかった。
『わたしはエリートだから、けっこう疎まれてて。友だちもいないんだ。ひとり旅行は、自由でいいけどね』
冗談めかして笑うF。痛々しい笑顔を、なんとかしてやりたいと思う、この感情はなんなんだろう。
『宇宙に帰れなくて途方に暮れたとき、きみを見つけた。一目でわかったね。あ、同類だ。って』
「それは失礼じゃね?」
まあ、そのとおりなんだけど。
Fはぎこちない笑顔を浮かべた。……怯える必要なんてないのにな。
期待と不安が綯い交ぜになったそれを見て、俺になにができるだろうか。
『そんで、きみのとこに厄介になろうと思ったんだ。きみなら、わたしを受け入れてくれる……よね?』
……まったく、図々しいやつだ。いきなり飛び込んできて、勝手に俺のこころに居座ろうとするなんて。
でも、俺はいいと思う。たぶん、時にはそういう図々しさが、なにかを変えることだってあるんだ。
「……おまえさ、『わたしを受け入れて』って、痛いからやめたほうがいいと思うぜ」
『痛っ……いかな?』
そらそうよ。
「あと、自称エリートな。これもやめろ。おまえポンコツじゃん」
『そんな……そん……』
絶望の表情を晒すF。そんな顔すんなよ。似合わねえぜ。
うつむいたFを見て、俺は――こころを砕くことを決めた。
「……いっしょだ、俺と。俺なんて、年下の上司がいるんだぜ? ポンコツの鑑みたいなやつだ、俺は」
ガチガチに固まった、こころを覆うものを砕いていく。
こころに触れるのは苦しいことだ。こころを晒すのは怖いことだ。
閉ざしたほうが楽なんだよ。
それでも。
「受け入れさせる必要はないんだよ。俺とおまえはもう、友だちなんだから」
恥ずかしくても、ことばにするんだ。
勇気をもって、剥き出しのこころをのせるんだよ。
そうすれば――
『……かっこつけすぎじゃない? でも……ありがとう、U』
――そうしなきゃ、得られないものだってある。
「……十万円の笑顔ってとこだな」
晴れやかなFを見て、俺は笑った。
おまえはそれでいいと思うぜ。堂々としてろよ。
『そこは百万ドルとかじゃないの?』
「百万ドルなんて大金、想像できないだろ。メジャーリーガーになりてー」
『もう遅い、ってやつだ』
それはちょっと使い方がちがくね?
まあ、いまからメジャーリーガーになんて、なれるわけない。
でも、友だちをつくるのに、もう遅いってことはないんだ。
行動した先には、つねに結果が待ち受けていて、俺は尻込みしてしまう。
当然、いいことばかりじゃない。だからといって、すべてが悪いことってわけでもない。
それがなんであれ、得られるものはある。
まさか、宇宙人と友だちになるなんてな。
一歩を踏み出してよかったよ。あらためて、俺はそう思った。
「なあ、機能の修復が終わったら、すぐに帰るつもりなのか?」
寝巻きに着替えて、ベッドで横になったところで、俺はFに訊いた。
せっかくだし、長くいてもらっても……俺は歓迎するけど。
『ああ……帰らないといけないんだよね……有休がもうないから』
答えたFの声音は暗い。
宇宙にも有休あるんだ……じゃなくて。つまり、月曜にはもう、Fはいない。
それは……正直、淋しい。
「……思い出づくり、するか。土日は全力で遊ぼうぜ」
別れはしかたないことだ。だけど、後悔はないようにしたい。
俺の提案に、Fは飛び跳ねて喜ぶ。
『うん、そうしよう! 明日はなにする?』
「それは明日決めようぜ。もう眠いよ。……ところでさあ、俺はおまえの表情がわかるんだけど、これもなんかの機能?」
『ああ、そうだよ。エモーション機能。DLC』
「ええ……ゲームかよ」
くだらない話で、夜は更けていく。
こんな夜が続けばいいと思う。けど、そうはいかないんだろう。
Fがここにいられるのは、あと二日。
明日に思いを馳せて、俺は眠りについた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます