1-26 翌夜祭に籠る音




 私が、人を、街を嫌っていたのは本当のことだった。

 ただ、突然空に浮かんで現れたあの子があんまりにも楽しそうで、最初はそれが羨ましかったんだと思う。


 私と同じように世間から疎まれるはずの存在なのに、そんなことを何にも気にしないで笑って、食べて、人を愛して。

 何の裏も無い顔で「楽しいよ」なんていうものだから、私が、魔女が人に嫌われていることなんて、嘘なんじゃないかとさえ思った。


 勿論、ずっとエドやマリーからも「街は怖い所じゃないよ」と、ずっと聞かされていた。

 エドはずっと街の様子を念話で見せてくれていたし、その中で素敵なブティックやカフェを目にして「綺麗だな」なんて思ったこともあった。

 ただ、それは自分が居るべき空間ではないとずっと思っていたのだ。


 自分がその空間に立ってしまえば、そこはたちまち不安や疑念の立ち込める薄暗い空間に様変わりして、誰かが不幸になると、そう思い込んでいた。

 そう思い込むように、私は育てられてきた。

 魔女はみんなそうやって、自分は彼らと交われないと諦めて生きていると思ったのに―――エリアと出会って、考えが変わった。

 それは魔女の宿命じゃない、お前の宿命だと指をさされた気がした。



 少し、悔しかった部分もあったのだと思う。

 私だって、その気になれば同じように振舞えるのだと、周りに見せたかったのかもしれない。


 でも、外に出ようとするとどうしても後ろめたさが足を引っ張った。

 まだ、記憶に新しいその感覚が、またやって来るぞと私の不安を煽ってくる。


 二年前の、セブレムで起きたあの出来事が、ずっと私の心臓を傷めつけた。

 誰も悪くないのだと、マリーはそう言うけど。


 私が人を傷つけたその感覚は、その後悔は、きっとずっとこの手に残り続けるのだろうなと、そう思った。




 ◇ ◆ ◇




「ここから先、人多いよ。手、離さないでね」

「…うん」

 右手にはエリアの手、左手にはマリーの手を握って、レリアは夜の大通りを歩く。


 一度は壊されて無くなっていた灯篭も付けなおされて、それらはイルミネーションとなって通りを照らした。




 ワルプルギスの翌夜祭。

 それは、毎年ワルプルギスの夜の翌日に催される、春を迎える日のお祭り。

 今年は例年よりも被害が大きかったことが影響し、一か月ほど遅れての開催となった。


 通りのあらゆる商店が特別な露店を出して、貴族も庶民も隔てなく交わる。

 最後には、影の獣が現れる夜を無事に越えられたことへの感謝と、翌年の祭りの日をまた迎えられることの祈りを捧げるため、市庁舎前の広場で大きな篝火をたくのが毎年の習わしとなっていた。


 辺りを見回すと、テラスで酒を飲み交わす者や、出店でお菓子を買っている子供たちの姿がそこら中に見える。

 つい最近災害で破壊された街とは思えないようなその賑わいが、街をより一層輝かしく見せていた。


 一方で衛兵団はと言うと、先日の災害復旧での疲れも癒えぬままに祭りの警備まで務めている。

 当然へとへとの身体でその祭りを迎える訳だが、彼らは例年、嫌な顔一つせずにその祭りを共に楽しんでいた。


 リュックもまた、衛兵団の訓練生として警備の仕事を任されることになっている。


 同じく衛兵団のウィリアムという青年と共に、大通りの近くを見守っている筈だと言う事で、ひとまずエリア一行は彼女が立っている所まで足を運ぶことにしていた。



「あ、いたいた。おーい、リュックちゃーん」

 最初に彼女を見つけたのはマリーで、彼女は少し背伸びをしながらリュックへと手を振って見せた。

 それに気が付くと、リュックも嬉しそうに手を振る。


 人混みを掻き分けて近寄ると、彼女の隣には赤い髪の青年も立っていた。

「よかった、すぐに合流出来たね。レリアもちゃんと来てくれた」

 リュックが何げなくレリアの頭を撫でると、彼女は「別にあなたのためじゃないわ」と恥ずかしそうに目を逸らす。

「結局、祭りの間はずっと警備のお仕事なんだよね」

 エリアにそう問われて、「一緒に回りたかったんだけどね」とリュックは困ったように笑った。


 隣に立っていた青年が、なんだか興味ありげにリュックに声を掛ける。

「―――あれ。もしかしてその方、噂のエリアさんですか?」

「ほえ?」

 急に名前を呼ばれて、間の抜けた声でエリアが振り向く。

 青年は、エリアと目が合うと、ああ、と後ろ首を掻きながら笑って見せた。

「横からスイマセン。俺、哨戒部隊所属のウィリアムって言います」

 彼が右手を差し出すので、エリアは慌てて両手で受けて握手を交わす。


 リュックが、ウィルに向けて軽くエリアのことを紹介した後、逆にエリアに対しても「衛兵団の先輩だよ」と彼のことを説明した。


「いやぁ、リュックさんからよく聞いてますよ、エリアさんのこと。アゼリアの街からご一緒に来たんですよね?」

「あ、はい。一か月前くらい、かな」

 ウィルが、楽しそうに笑いながら話を続ける。

「リュックさん、ほんといつもエリアさんの話してるんですよ。最近の出来事を聞くと必ず名前が挙がりますし、こないだは嫌われたんじゃないかって大層不安そうに―――」

「ウィル!ストップ、ストップ!もういいから、私の話はもういいから!」

 リュックが大慌てでウィルの口を塞ぐと、彼は「むぐぅ!?何でですか!?」と驚いたように声を上げた。


「こ、このとおり街の平和は私達が守ってるからね!エリア達は遠慮なく祭りを楽しんで!」

 これ以上裏での自分の頼りなさを暴露されないため、彼女は早々に会話を切り上げようと笑って誤魔化す。


 エリアは少し寂しそうな顔をして、「うん、お菓子いっぱい買って持って帰っておくね」と笑った。


 そんな様子を見て、ウィルがふとリュックに提案する。

「リュックさん、別にここに立ってなくてもいいんですよ。この区画内でなら、エリアさん達と一緒に歩き回ってくるくらい大丈夫ですから、行ってきてくださいよ」

 そう言われて、リュックは驚いて振り向く。

「え、いいの?でも、なんていうかそれってサボってるみたいじゃ…」

「大丈夫ですよ。よっぽど気を抜いてなければ、エドさんは結構許してくれますから。多分、リュックさんには特に甘いし」

 エドがリュックに甘い、と聞いて少しレリアがむっとした顔をする。


 リュックは、ええ、と困った顔で笑った。

「じゃ、じゃあお言葉に甘えて、少しだけ一緒に回ってこようかな」

 ウィルは、「ええ、少しと言わず」と頷く。


「ああ、でも俺の同期でうるさいのが居るんで、そいつには気をつけてくださいね。キザで目つきの悪い―――」

「キザで目つきの悪い、誰だ?」

「うわっ!テオお前いたのか!」

 ウィルの後ろから現れた、やや髪の長い黒髪の青年。

 彼は「ども」とエリア達に会釈をすると、ウィルの頭を小突いて文句を飛ばした。

「別に俺だってそこまで厳しく縛ったりしねぇよ。管轄内で見回りなんて普通にやることだし、祭りの日にとやかく言うほど無粋な人間じゃねぇ」

「は、はは。でも、俺が買い食いしてたら?」

「お前は殴る」

 なんでだよ、とウィルがキレてかかるが、黒髪の青年はそれを軽くいなした。


「今日は全域で見回りやってる、テオドールっす。俺もこの辺は重点的に見てるんで、そんな心配しなくていいっすよ」

 リュックは既に彼と面識があるようで、「ありがとう」と頭を下げた。


 エリアもお礼を言っていると、ふと服の袖を引っ張られる感覚に気付いて視線を下げる。

「話してるの、飽きたわ。早く、行きましょう」

 レリアがそう言うので、エリアも「そうだね」といって、リュックにそろそろ行こうと声を掛けた。


 それじゃあ、と挨拶をして立ち去ろうとした時、テオがふと何かを思い出してマリーに声を掛けた。

「あ、マリーさん。すんません、こないだ救助した患者のことでちょっと共有が。ちょっとだけ時間貰えないっすか」

「うん?急ぎなのかな」

「はい、伝えられるうちに」

 テオがそう言うので、致し方なくその場に留まるマリー。

 彼女を置いて行きたくないエリア達は、一緒にもうしばらく談笑を続けることにした。


 話が長くなりそうな予感がして、はあ、とレリアは溜息をついて、少し離れた道の縁石に膝をかかえるように座り込んだ。

 どうやらエリアとリュックも話に混ざっているようで、レリアの様子から目を離している。


『レリア、お祭りはどう?』

 念話越しに、ふとエドの声が聞こえてくる。

『人が多いわ。ちょっと、もう疲れたかも』

『慣れないだろうけど、きっと楽しかったって思える夜になるよ』

『エドはどこにいるの?』

『見せようか』

 ふと、エドの見ている景色がレリアにも感覚的に伝わってくる。


『貴族の会合の警備。この間の襲撃もあったから、ちょっと彼らも怖がっていてね。ほんとは街の警備に回りたいのだけど』

 見えた景色の中では、どこか豪勢なレストランのテラスのような場所で、また煌びやかな服を着た人々がワイングラスを片手に歓談に耽っている様子が見える。

『豪勢な食事が見えるけれど。エドは、それは食べられないの?』

『そりゃあ、警備の仕事だからね。見てたら、お腹が減って来たよ』

『…私も、お腹がすいたわ』

『みんなと一緒に、美味しいものを食べておいで。そのあたりに、美味しいカヌレのお店もあったはずだよ』

 そう言われてふと周囲を見渡すと、確かにお菓子のお店がそこら中に屋台を出して甘いにおいを漂わせていた。


「…」

 浮かない様子のレリアに、エドもどうしたものかと少し考え込む。

『…ん。なんだか、お客さんが来たみたいだね』

『え?』

 何の話かわからない様子でレリアが周りを見ると、隣に誰かが立っている気配を感じてふと視線を上げた。


「おやおや、なんだか元気のない子がいるなぁ」

 視線の先の少女は、両手それぞれの人差し指と親指で双眼鏡のように輪を作って、レリアの顔を覗き込む。

「だ、誰?」

 レリアが怪訝そうにそう言うと、少女は身体ごと傾けながら、あれ、と首を傾げた。

「あれ。前に、会ったことあると思ったんだけどな。ちびちゃん、マリーのところにいた子じゃない?」

 人違いかな、と独り言を言う少女。

「いんや、間違いないね。私の可愛いものセンサーは誤魔化せないよ」

「な、なんなの」

 レリアが身を引いても、少女はまるで動じない。

「きみがここに居ると言う事は、近くに―――あ、いたいた。エリちゃん、りゅーちゃん、マリー、はろー!」

 そう言って、今日も今日とてカラフルな服を着た彼女は、エリア達に大きく手を振った。


「あ、カミヤちゃん。はろ~」

 マリーがそう手を振り返す。

 エリアとリュックはもう気が付いていたようで、笑顔で小さく手を振って返した。

 まだ話し込んでいるようで、世間話とはいかなそうな様子に、カミヤは首を傾げる。

「なんか、もしかしてあの人たち仕事の話してる?」

「そうね。衛兵団の人と」

「そっかぁ…。今日くらいは仕事は忘れて楽しんでほしいんだけどねぇ」

 目を細めて、カミヤはあらあらと穏やかに笑った。

「…それで、あなたはどういう人なの?会った事なんて、あるかしら」

「ん~、やっぱ忘れてるか」

 えっとねぇ、と考えながらカミヤは空を見上げる。

「みんなの、友達。細かい事は、後で教えたげる」

 そう言われて、レリアは、ええ、と息を吐いた。


 ほんの少しだけ様子を見て、なんだか終わらなそうな気がするなぁ、と察すると、彼女は「よし」と立ち上がってレリアの手を取った。

「おいで」

「え、え?」

 急に手を引っ張られて、レリアは慌てて立ち上がる。

 そのままエリア達のほうへ駆け寄っていくと、カミヤがぱっと声を掛ける。

「エリちゃん、ちょっと妹ちゃん借りるね!」

「えっ?」

 それだけ伝えると、彼女はまたレリアの手を引いて、「行っくぞ!」と元気よく走り出した。




「ちょ、ちょっと!どこ行くの!」

「遊び!子供なら子供らしく、元気よく遊ばなきゃつまんないでしょ!」

「べ、別にいいわ!それなりに見て回って帰るだけで充分だから!」

 慌てふためくレリアのことなど気にも留めず、そのまま小走りで街中を掛けていく。

「ついて来てくれたら、いいもん見せてあげるよ!―――あ、でもその前に、あれ美味しそう。買っていっていい?」

「え、ええ?」

「おじさーん!それ二つくーださい!」

 カミヤは急に進行方向を変えて、近くに見えた出店に向かって一直線に駆け寄った。


 流れるようにレリアにもそれを与え、一緒になって食べながら歩く。

 その後も、見せたいものがあると言っては寄り道を繰り返し、二人ともお菓子やら玩具やらを手に提げて街中を歩き続けた。


 あまりに奔放な彼女の様子に、レリアは徐々に諦めて付き従い始める。

 エドとも念話で繋がっているので、まあ危険は無いだろうと彼女は腹を括ることに決めた。


「いやあ、正直私も暇だったんだよね。助かったよレリちゃん」

 レリアは呆れた様子でカミヤを見上げる。

「何よ、暇つぶしに付き合わせてたの?子供をこんなに連れ回すなんて、年上としてどうかと思うわ」

「んはは、心はいつまでも子供のままだかんね。いいじゃん、実質同い年ってことで許して?」

 はあ、とレリアは息を吐いた。

「ていうか、いつの間に名前まで知ったの?本当、いつ会ったのか憶えてないわ」

「んん、まあ、一、二年前だからしょうがないかな。私、一時期マリーの家で居候してたんだよ。憶えてない?」

「居候…?」

 そう言われて、レリアは視線を上げて記憶を辿る。


「…ああ」

 漸く何かを思い出したらしく、彼女はまたカミヤの顔をまじまじと見つめた。

「一昨年の、ワルプルギスの夜の頃。確かに、声の大きい子が家に泊まってた気がするわ」

「うはは、それそれ。間違いなく私」

 そう言われて、彼女はやっとはっきりと思い出す。



 例年レリアは、ワルプルギスの夜の日にはマリーの家に泊まっていた。

 二年前のその日、影の獣が現れる夜の翌朝、マリーの家に転がり込むように現れた少女が、つまりはカミヤであった。


 同じようにマリーに面倒を見られていた彼女だったが、引っ込み思案で人見知りなレリアはマリーの部屋に隠れてしまい、同じ屋根の下に住んでいながら、全くもって関わることがなかったのである。


 一方で、ちらちらと部屋の中からこちらの様子を窺っている子供の姿にカミヤは気が付いていたようで、いつ話しかけようかと様子を窺っていたのだが、マリーからあまり刺激しないであげてと促されたために渋々交流を断念していたらしい。


 暫くは行き場がなくそのままマリーの家に居候していたカミヤだったが、街にブティックを開く都合で別の家に居候すると言い出し、それなりに短い期間であっさりと姿を消していたので、それほど強くレリアの記憶に残ることはなかった。


「あの時、一号と二号と一緒に遊んでるレリちゃんの姿は見てたんだよ。可愛いなぁって」

「…あれは、遊んでたんじゃなくて虐められてたの」

 マリーが飼っていた大きな犬に弄ばれていた頃を思い出して、レリアは恥ずかしそうに目を逸らす。

「今はあの子達、パリにいるんだってねぇ。いいなぁ」

「マリーのお兄さんが連れて行ったから、それ以来会ってないわね」

 そう思い出のように語っているうちに、ふと彼女は、過去を『楽しい記憶』として思い出している自分が居ることに、驚きを覚えていた。


「…よっしゃ。そろそろ、目的の場所、行こっか」

「うん」

 それがどこなのかはわからないまま、レリアは手を引かれてカミヤの後ろを歩いた。




 ◇ ◆ ◇




 同時刻、大通りから少しされた場所、公園のように開かれた敷地内。

 あまり灯篭の光も届かないような場所で、レテは遠巻きに街の賑わいを眺めていた。


「翌夜祭の篝火ってね。悪い獣を遠ざけるって意味のほかに、亡くなった人がちゃんとあの世に行けるようにって願いも込められてるんだって」

 近くのベンチに座っている女性が、楽しそうに街の喧騒を眺めながらそう話している。

「…死者の魂を悪しきものとして追い払う、と聞いていたが。ベルは、そう解釈しているのだな」

「うん。だって、追い払うなんて言い方したら可哀想でしょう?」

「貴様らしい考えだ」

 女性は、えへ、と暗がりの中で笑った。


 女性の傍らには車椅子が置かれ、ここまではそれを使って移動していたらしいことが見て取れる。


「レテは、最近お友達ができたの?」

「と、友達?」

 暗い中でも、彼女が顔を赤くして振り向くのが見える程に慌てて振り返る。

「あは、やっぱりそうだ。『人間とは関わらん』なんて格好良く言ってたのに、気が変わったんだね」

「いや、友達というか、腐れ縁というか―――」

「前よりも、話し方が楽しそうだよ」

「…!」

 何も言えず、レテは「ふん」と腕を組んで目を逸らした。


「それで。いいのか?あっちまで行かなくて。ここからでは、貴様では殆ど何も見え無かろうに」

 明るく賑わう街の様子を遠目に、レテがそう問いかける。

「ううん、それなりに見えるよ。明るい光の中で、人が沢山歩いて、楽しんでる姿。これ以上近付くと、かえって何が何だか分からなくなっちゃうから」

「…そうか」

 女性は視力がひどく弱いらしく、近くの人間の顔立ちもあまりはっきりと見えていないようだった。


 当然、レテの髪に隠れた山羊の耳も、彼女には見えない。


「レテって、本当面白い人だよね。私と出会う前から、いつもこうやって遠くから人の営みを眺めて、一人で『滑稽だな』とか呟いてるんだもん」

「わ、笑うな!当然の話だ、余ほどの者が、あんなちっぽけな催しで興奮するはずもなかろう」

「お友達が出来たら浮足立っちゃうのに?」

「浮足立ってない!」

 そう声を荒げるが、その声はやはり怒っているというより恥ずかしがっているように聞こえた。


「にしても、遅いなあの小僧は。ジュース三つ買ってくるだけだろうに」

 レテは遠巻きに並んで見える出店のほうを眺めて誰かを探す。

「あの子、すぐに目移りするから。多分、ジュースだけじゃなくて、他にもいろいろ買ってくるよ」

「これだから子供は」

「いいんだよ、子供だから」

「…まあ、そうか」

 前にも似たような会話をしたな、と思いながら待っていると、案の定いろんなものを手に提げて帰ってくる少年の姿が見えてきた。


 女性が、少年に向けて声を掛ける。

「お帰り、アディ。今日限定のやつ、買ってきてくれた?」

「うん、買えた。でも、二人分しか残ってなくてさ。レテには他のやつ買ってきたから、これ飲んでよ」

 そう言って、少年はいつでも買えるようなドリンクをレテに差し出した。

「貴様、当然の様に自分が限定のほうを持っていくか!?年上への敬意があるのならそっちを寄こせ!」

「やだよ、僕が買ってきたんだから。そんなこと言うならレテも何か買ってきて。―――はい、これベル姉のぶん」

「ありがと」

 少年は文句を言うレテのことを軽くあしらって、山のように買ってきたお菓子を女性に渡すと、限定のジュースに流れるように口をつけてさっさと飲み始めた。

「ぬう、心の狭きやつめ…!あぁ、でもこれちゃんと余が好きなやつだ」

 渡された代わりのジュースはしっかりとレテの好みに合ったものだったようで、彼女はすぐに文句を言うのをやめる。


 そうして賑わいから少し離れた場所で彼女らが穏やかに過ごしていると、遠目に見覚えのある姿が通り過ぎていくのが見えた。


「ぬ、あれはレリアと…ウルフセプトのちんちくりんか。珍しい組み合わせだな」

「ん、知り合いがいるの?もしかして、さっき話してたお友達?」

 女性にそう言われて、レテは「だから友達ではないと…」と頭を掻く。


「まあ、やつらはやつらで祭りを楽しんでいるらしい。余がちょっかいをかけるタイミングではなさそうだ」

 レテは、そう言って少年が買ってきたジュースのストローに口を付けた。



「―――すっぱ!」


 店の人間が頑張りすぎたようで、レテのジュースは普段の二倍ほど酸味の強い味がしていた。





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