第7話 代わりはいくらでもいるのですから
薄暗く土と緑の匂いが立ち込める森の中に人が通るはずの道も無く、木の根が這いまわり、腐葉土が積もる地面を俺と黄金甲冑アウルムは歩いていた。
目的はこの森の屋敷に住む魔女を捕らえる為とアウルムは言っていた。
部下の代わりに魔女の屋敷に足を踏み入れるアウルムを見送るわけにはいかず、俺も同行したのだった。
(部下想いな人間を見るだけでなんだか嬉しくなるからな)
社会人になり部下想いな人間、いや、人想いな人間にあうことは全くと言っていいほどなかった。
だからこそ他者を思いやる人間に出会えたことがうれしくて、つい魔女確保の同行を申し出てしまったのだ。
「なあ、その魔女っていうのは何なんだ?」
今回のアウルムの仕事は魔女を捕らえることだと言っていたが、実際のところ魔女というのがよく分からない。というか、この異世界の事は何も理解していないのだが。
「黒甲冑殿が魔女を知らないと?」
足を止めずにアウルムはいぶかしげな声を上げる。
「我はグロウス狩り専門でね、その他の事に興味はない」
怪しまれている声音は営業マン時代に嫌というほど耳にした。
今のアウルムの声音もまさにそのものだったでの反射的に身を守る言葉が出ていた。
「なるほど……鬼人のような強さでグロウスを狩りつくしていると聞き及んでいましたが、達人の粋の考え方だ。強さを追い求めている者に余計な思考は不純物となる……勉強させていただきます」
疑念は去ったようでアウルムは勝手に納得し一人で頷く。
「魔女と呼ばれておりますが正式には<極彩色の魔女>と呼ばれている少女達です。彼女たちは各々が連携せず自由に活動し、魔女ごとに固有の魔術体系を使用、研究しています」
そしてとアウルムは続ける。
「理由はよく分かりませんが、全ての魔女の目的は共通だと推測されています」
「目的があるのか?」
「目的は自身の固有魔術の体系を最も広めることのようです」
「広める?」
「ええ、広めることで彼女たち自身に何らかのメリットが生まれるようです。しかし一年前までは魔術とは少なくとも表舞台には存在していませんでした。なぜ今になって自分たちの魔術を広めだしたのか、理解が及びません」
確かにそれは理解に苦しむ。
今まで魔術を秘匿していたのに突然民間に魔術を布教し始めたのだ。
「自分固有の魔術を最も広めるってことは、魔術の縄張り争いみたいに魔女同士でも争いはあるのか?」
「ええ、魔女同士の争いによって滅びた街もいくつかあります。ですが彼女たちは基本的には気まぐれなので、真面目に僕たちへ魔術を広めている者は魔女アマイロ様のみですが」
魔女アマイロがどんな者かは分からないが、アウルムが知っているということは、彼が率いていた魔術士たちが使う魔術は魔女アマイロが生み出した体系の魔術なのだろう。
「気まぐれな上に魔術を操るなんて厄災そのものだな。つまり黄金甲冑殿は魔女同士の争いが起きる前に極彩色の魔女を捕らえようってことなのか?」
「ええまあ、表向きは」
表向きは、と続けてしまいアウルムはハッと足を止める。
「すみません、少し言いすぎてしまいました」
「もしかして任務内容に納得いってないのか?」
再び歩き出すアウルムに俺は思ったことをつい口に出してしまった。
アウルムは数秒ほど黙っていたが、ポツリと口を開く。
「今、世界各国では極彩色の魔女を捕らえることを最優先とし、世界の裏側では国家間の争いが絶えないことは黒甲冑殿もご存じでしょう」
存じていないが俺は大げさに頷く。
黄金甲冑と話すことでこの異世界の状況を把握できるいい機会だ。
「魔女は大量の魔力と戦力を保有しておりますが、それ以上に彼女たち特有の<極彩色の固有魔術>が存在します。それを兵士たちに広めることで国家はより魔術によって強力になり、魔女も自身の魔術体系を広められるため、メリットが噛み合っているのです」
「つまり魔女を多く保有した国が世界を支配する」
「ですから魔女を確保するためにどの国も血眼になって魔女を探します。どんな手段を使ってでも引き入れます。それが新たな戦争の火種だとしても……」
アウルムの表情は見えないが、悔しさと虚しさが嫌というほど伝わってくる。
「それと併せて先ほどのような大規模なグロウス狩りです。魔術の元になるグロウスは良い素材だ。毎日のように大量の兵が動員され、大量の負傷者が出る。これも全て魔術強化体制を整えようとしている国ばかりのせいだ」
アウルムは悔しそうに通り道の巨木を拳で叩いた。
巨木はびくともしなかったが、わずかな揺れで鳥の羽ばたきが闇夜に響いた。
「やりたくないなら、反論はできないのか?」
「できるものならやってますよ」
アウルムは渇いた笑いを浮かべる。
「反論すれば代わりの者が指揮をとるでしょう、代わりはいくらでもいるのですから」
「代わりなんて……」
誰もいないと言いかけ、俺は言葉が詰まる。
俺自身、現代世界では誰でもできる仕事をこなし、いつ死んでも誰も悲しまないような「変わりがいる」生活をしていたのだ。アウルムの悩みはまさに俺自身の悩みであり、痛いほどよく分かる。
俺が無言になったのを察したのか、アウルムは言葉を続ける。
「ですがいいんです。十三聖剣として国に使えることは名誉であり富もかなりのものです。家族を養い、こんな時代でも安心な生活を送らせることができる。それに僕が魔女を捕らえなくとも、この魔女争奪戦は止まりません。だったら僕が自身の国へ連れ帰った方が良いというもの」
自分に言い聞かせるようにアウルムは拳を握り、腰の剣の柄へと手を掛けた。
「見えてきましたね」
アウルムの言葉に俺は正面を見やる。
そこには寂れた洋館が木々に覆われて姿を現していた。
「魔女は自分の魔術を広めることを目的としますが、独自研究に溺れているせいか、誰かに使えることを好まず、他者の要望を受け入れるのを好まない性質もあります。なので基本的にはお願いも何も通じません」
月夜に負けず劣らず眩い輝きの長剣を腰から抜き、アウルムは屋敷の入り口へと近づいていく。
「戦闘による確保が起きる、肝に銘じておいてください」
「了解」
「そして一つ約束してください」
「ああ、なんだ」
俺とアウルムは豪華な装飾が施された扉の左右に身を置き目を合わせ、突入のタイミングを計る。
「魔女がたとえどんな姿でも、警戒を解かず捕らえることを」
約束する、と返したと同時に俺とアウルムは扉を蹴破り中へと滑り込んだ。
あの青い炎をまとったドラゴンを操っていた魔女が住む屋敷へと。
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