第6話 十三聖剣 第四の<黄金甲冑>

「A!S"D#F$G%H&」


 誰かが何かを話しかけてきている事に気が付いたのはついさっきだ。

 

 話しかけてきている人物は全身を黄金の甲冑で覆われている。

 眩い太陽を見上げたような白混じりの黄金で、装飾のところどころに獣の毛で作られた高給そうなファーや厚手の黄金色のマントを羽織っていて高貴な身分だと一目で分かる。


 立ち振る舞いもキビキビとしていて、明らかにこの兵士たちを率いてきた体調だと推測できた。


「アトラ、この黄金甲冑が何を話しているか分かるか?」


 まだ痛む頭に手を添えながらアトラに問いかける。

 異世界語は英語のような耳障りではあるが、単語はまるで聞いたことがない。


『発音パターンから解析が完了、注入したナノマシンにより次の言葉から日本語として会話できるように調整いたしました』


「ありがとう」


 アトラに礼を言ってコホンと小さく咳き込む。


「何か用か?」


 日本語で口に出しているが黄金甲冑へ本当に伝わっているのか緊張しつつ返答を待つ。

 すると黄金甲冑は「ふむ」と一度、頷いてから黄金の兜を脱いだ。


 黄金の兜の下から現れた顔は、容姿端麗と表現しても足りないほどの16歳前後の美少年だった。

 肩で綺麗に切りそろえられた髪と、後ろで三つ編みに結っているブロンドの髪が目立つ。


 彼はブルーの瞳を俺に向けてにこやかに微笑む。


「すみません、言葉が通じない方なのかと思い、警戒心のまま兜を装着し接触したことお許しください」


 彼は礼儀正しく頭を下げ、こう続けた。


「まさか噂の黒甲冑殿がこんな辺境の地まで現れるとは思っておりませんでした。我が隊への助力、大変助かりました。あのままでは隊は全滅しておりました」


「いや、俺もたまたま通りかかったものでね」


 噂の黒甲冑という言葉に引っかかる。どうやらどこかの別人と勘違いしているようだ。

 だが不審がられて拘束されるよりは都合がいい。

 俺はこの黄金甲冑美少年の勘違いに乗ることにした。


「たまたまですか」


 俺の言葉に黄金甲冑はくすくすと笑う。


「失礼しました。まさかあのグロウス狩りの専門家である黒甲冑殿が、こんなにも気さくな雰囲気だとは思わず、つい」


「いや、気にすることはない。そうだ、いくらか問いたいのだがいいかね」


 黒甲冑のキャラが分からないので、なんだか話口調がぶれてしまう。

 黄金甲冑も黒甲冑には直接会ったことがないようで、「なんでしょう」と返してくれた。


「ここはどの辺りかな、少々道を外れてしまってね」


「この辺りは<手つかずの森>と呼ばれる場所、人里も街も程遠い侵入禁止区域の為、迷われてしまうのも無理ないでしょう」


「街に出るにはどうすればいい?」


「そうですね、僕たちも馬車と船を用いて一か月ほど行軍してきたので……」


 黄金甲冑はそこで思いついたように手を打った。


「もし良ければ我が王都<ブレイズ・コスモス>へご案内しましょうか? 助力いただいたお礼もしたいですしね」


 王都とはきっと人が詰まる発展した街だろうか。

 ありがたい申し出に俺は二つ返事で頷いてしまう。


「ありがとう、その話、良ければ乗らせてもらってもいいかね」


「ええ、最小限の被害で多くの兵の命を救ってくれました、その程度であればいくらでも。ですが少々お待ちください。本来の仕事が残っておりますので」


 黄金甲冑は兜をわきに抱えたまま周囲を見渡す。

 周囲の兵たちはあらかたドラゴンの燃えている肉片をかき集め終えており、荷馬車へとまだ燃え盛っている肉片を積んでいる最中だった。


 その大量の肉片は一つの荷馬車には乗らず、20台はあろうかという荷馬車に積み込まれている。

 それほどまでにあのドラゴンは巨大だったのだ。

 

 しかしあの青白い炎は相変わらず、消えることなく、火傷することもなく、燃え盛っているのが不思議でならなかった。


「魔女は見つかりましたか!」


 黄金甲冑は大声で周囲の兵に確認し、近場にいた銀の胸当ての兵士が駆け寄ってくる。


「魔女の屋敷はドラゴン型グロウスがいた先です、魔術による結界がありましたがドラゴン型グロウスの消滅と共に消え去りました。いかがいたしましょうか、我が隊も多少なりとも被害があり、また魔女の家ということもあり……」


 兵士は言いにくいのか続く言葉を言い淀んだ。


 そりゃそうだあんなドラゴンみたいな化け物と戦った後に、その飼い主のねぐらに突入するのだから踏み込みたくないのも分かる。

 黄金甲冑は「分かりました、報告ありがとう」といって脇に抱えた兜を被る。


「これから魔女の小屋に突入します。全兵は周囲の警戒、また積み荷の準備を急いでください。魔女の屋敷へは私のみが突入します」

「アウルム様!」


 兵士が黄金甲冑の名前を叫ぶが、彼は手で彼を制する。

 それはまるで無理するなというように。


 どうやら彼は随分と部下想いな上司のようだ。

 俺にもそんな一ミリでも理解してくれる上司がいたなら、とつい考えてしまう。


「では黒甲冑殿、少々お待ちください、すぐに任務を終えてくる故」


 ぺこりと頭を下げるアウルムを兵士は全身を震わせながら敬礼して見送る。


「アトラもうちょっとこの成り行きを見守っていいか」


『マスターの想いを尊重してください』


 念のためアトラに確認し、俺は小さく「よし」と頷いた。

 小走りに駆け出し、黄金甲冑の肩をポンと叩く。


「我も手を貸そう黄金甲冑殿」


 咄嗟に出たのは良いが、俺の一人称は我でいいのか。

 何ともキャラが定まらず悩みながら、礼を述べるアウルムと共に薄暗い森の中にある魔女の屋敷へと歩みを進めた。

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