第5話 黒い流星と蒼竜の刃
国家に属する組織が対異世界探索能力強化型パワードスーツ<アトラス>を開発し、現実世界へ魔術に関する力を持ち帰る為、パワードスーツのアトラスを異世界へと送りこんだ。そしてどんな異世界だったとしても生き抜くためのサポーターである対異世界探索補助人工知能<アトラ>が俺をサポートする。
魔術という概念がいまいち俺の中でどのようなものかイメージが湧かない。
呪文を唱えれば火が飛び出すのか、杖に乗って空を飛べる万能なものなのか全く想像がつかない。
だが国が持ち帰って来いと言うなら仕方ない。
どのようなものであれ、拒否すれば記憶を消されて異世界に放り出される可能性がある。
地上を見やると巨大な青白い火だるまが燃え盛っており、取り囲むように松明を持った鎧を着た兵士やローブに身を包む人間たちの姿が見えた。
あの青白い炎には見覚えがある。
井の頭公園に出現した狼男型のバケモノがまとっていた炎と全く同じ色をしていた。
違うことといえば火力だろうか。
狼男は全身軽く燃えてる感じだが、真下の焔だるまは地獄の火炎のように燃え盛って山火事を彷彿とさせる。
だが地上は何処も焼かれていないし、熱も感じないので、熱量は存在しないのかもしれない。
「アトラ、真下で争いが起きてるようだけど」
俺は着地前にどうするべきかアトラに判断を仰ぐ。
あの火だるまと交戦するべきか否かを。
『決定権はマスターにあります。私は指示に従うのみです』
「分かった」
ならばと思い火焔ダルマに視線を合わせると、アトラススーツの頭部ディスプレイ上に水色のカーソルが同じように火焔ダルマをターゲットとした。
青い炎に包まれてはいるが、グレーで本体のシルエットのみ映し出される。
「ドラゴン……?」
『そのようです、異世界人は鎧を身にまとい、剣などにより前時代的な方法で直接的にあの生物を討滅しようとしているようです』
アトラの説明を聞きながら兵士たちを観察すると、水色サークルが兵士たちが密集している箇所に移動し、自動でズームアップしてくれた。
全身を鎧で守る兵士の他にも、ローブを身にまとう魔術師のような姿も見て取れた。
彼らは懸命に弓や剣で応戦するが全く聞いておらず、魔術攻撃でドラゴンはやや怯むが決定打になっていない。
むしろ無謀な突撃が兵士たちの命を削っているようにも見える。
「アトラ、俺は彼らを助けてやりたい。一般人の俺でもこのアトラススーツなら勝算はあるか?」
『アトラススーツの武装システムをご説明いたしましょうか?』
「どのくらいかかる?」
『マスターの知識量から算出し、少なくとも明日の朝はゆっくりとコーヒーを飲む暇はないでしょう』
「じゃ勝てるかどうかだけでいい」
『傷を負う方が難しいでしょう』
「十分すぎる回答だ」
地面まではもう数一〇メートルだろう。
空中で体勢を整えたとき、地上で兵士を薙ぎ払っていたドラゴンが突然、上空、つまり俺の方を向いて口を開いた。
炎に包まれているが、真っ黒に空いた眼はまるでブラックホールを彷彿とさせて気味が悪い。
ドラゴンの口の中に身体中の焔が集まり、口元には巨大な魔方陣が見えないペンで描かれるように次々と描かれていく。
「アトラ、武器は!」
『利き腕を強く一度振ってください』
言われるがままに右腕を軽く振るとどこから現れたのか、刃渡り数十センチのコンバットナイフが現れる。
視界の端には「アトラス・ナイフ<超振動高周波ブレイド>」の名称が表示される。
俺がアトラス・ナイフをドラゴンの頭に定めている間も、ドラゴンの魔力量は増大し、青白いドラゴンブレスが今まさに放たれようとしていた。
「うああああ!」
「ゴォォォ」
俺とドラゴンの咆哮が交差したとき、眼前は見たこともないほどの光の奔流が走り、ドラゴンの姿は全く見えなくなった。
これはドラゴンが吐いたドラゴンブレスの中にアトラスが取り込まれたことを意味する。
俺はディスプレイに映し出された赤いターゲットサークル目がけて、全体重を乗せてアトラス・ナイフを突き刺す。
超高度からの落下も威力に上乗せされ、ドラゴンの吐いたブレスは、天から斜めにそれ、深い森の地表を抉りながら、遥か彼方に見える山脈の一つを破壊した。
「ぎゃああああ」
地面を揺らすドラゴンの苦痛の叫びをじっくり聞く暇もなく、地面へと華麗に着地し、改めてアトラス・ナイフを構え直す。
周囲で兵士たちの驚きの声が上がるが、俺は間髪入れずにドラゴンへと走り出した。
対異世界探索能力強化型パワードスーツ<アトラス>は一般人の能力も超強化し、俺のように訓練していない人間もアシストによって忍者のように華麗に戦うことができる。
ドラゴンにターゲットされた為か、アトラススーツ内は警報アラートがピーピーと鳴り響く。
警報音に合わせるように次々と何もない空間から火球が現れ、俺目がけて飛んでくる。
俺の意思が理解する前に身体は動き、火球は全て地面に巨大な穴を作り、近くにいる兵士たちを何名か吹き飛ばした。
「——————」
ドラゴンが何らかの詠唱を始めると辺りを包んでいた空気が固まりだす。
『マスター、どうやら時間に干渉する魔術行使を行っています。気を付けてください』
アトラの注意が先か事象が先か。
先ほど抉られた地面は飛び散った土たちを吸い込んで元に戻り、土から消えていった火球が生まれ、俺の背中へと戻ってくる。
どうやら先ほどの火球が起こした事実を巻き戻しているようだった。
「これが魔術……!」
魔術火の玉が出る程度の事かと思ったら、時間にまで干渉するなんて。
そんなもん反則じゃないか。
流石に背中目がけて飛んでくる火球を避けることはできず、全身を硬直させるが一向に痛みはやってこない。
あるとすれば多少の衝撃のみだ。
『この程度の魔術、魔術が存在しない世界でも想定範囲内です』
感情のないアトラの声は何処か自信に満ちているように聞こえた。
「なんなんだこの最強スーツは……」
『マスター、次の想定外の魔術が来る前に止めを刺すことを推奨します』
「——————」
再び走り出し、再度背後から迫りくる火球の雨の中を走り抜け、今度は心臓目がけて刃を突き立てようとする。
ドラゴンの詠唱も始まっており、次は何が始まるのか想像もつかない。
『マスターの存在に対して第三者からのアクセスを確認、おそらく眼前のドラゴンがマスターに対して何らかの魔術を使用しています。可及的速やかに決着をつけることを推奨します』
「今、終わるよっ!」
俺の脳にガツンとした衝撃を感じながらも、全力でドラゴンの心臓を突き刺すと、ドラゴンは断末魔の悲鳴を上げて、青白い炎と共に巨大な肉体は爆散した。
青白い炎に包まれた肉片は空に舞いあげられ、ぼたぼたと音を出しながら地上へと落下した。
そして魂のように真っ青なドラゴンを形どった魂のようなものが、肉片の雨の中から、彼方へと飛び去って行く。
「あれはもしや、ドラゴンの魂……?」
ドラゴンの魔術を受けてしまったせいか、二日酔いのような頭を振りながらドラゴンが去った方向を俺は見続けた。
近くでは未だに燃え続ける肉片をかき集める兵士たちの姿があった。
異世界での初戦闘で呆けている俺はその時は気が付かなかった。
輝く太陽のように眩い黄金鎧をまとった人物が、俺に話しかけてきていたことに。
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