第一章 灰色な俺と極彩色の魔女 -黄金と蒼のメヌエット-
第4話 現世からの落下
己の意識を改めてがっちりと掴んだと認識したとき、目に飛び込んできたのは夜空に浮かぶ二つの月だった。
アトラススーツのシステム系統も一時ダウンしていたのか、視界が戻ると同時に意味不明な数字や英語の羅列が滝のように次々と眼前のディスプレイへ流れていく。
俺に分かるのは、右も左も上も下も分からぬ浮遊感から再び豪風の中にあることだけだった。
「ここは——」
やっとのことで言葉を口にすると、俺の意思を読み取ったような落ち着いた女性の声が答えてくれた。
『異世界です』
「い、異世界、なにを言ってるんだ?」
『文字通り、私たちが存在していた世界とは異なる世界の呼称です』
「意味は知ってる、そうじゃなくてなんでバケモノ退治した後に何故、突然異世界にいるのかってことだよ!」
月は二つあるし、青焔のバケモノも人体強化スーツで爆殺したから、異世界が存在することまでは信じよう。脳が理解してなくても信じよう。
でも何故、俺が異世界に連れてこられてるのかが全く分からない。
『私たちの任務のためです』
「私たちって? 複数人いるのか?」
『私と元マスターと、それに携わった全ての人の悲願のために私は異世界へと馳せ参じました』
「馳せ参じたって……その悲願ってのは何なんだよ」
『魔術、またそれ相応の魔術知識や物質を現実世界に持ち帰ること』
「魔術を持ち帰るだって——そんなことできる訳……できるのか?」
『はい、理論上は可能です。その過程の一つの結果としてこのアトラススーツが生まれ、人類が異世界に足を踏み込むことができたのですから』
アトラススーツは俺を取り込んだ時、「代用としてアトラス専用生体キーの取り込み完了」と言っていた。つまり俺の前にいたマスターがこのアトラススーツを使い、現実世界へ魔術を持ち帰ること任務を受けていたのだろう。
「でも俺が巻き込まれる必要はないだろ?」
そこで当然の疑問が生まれた。
青炎のバケモノから俺を助けてくれたことは感謝するが、ただの社畜サラリーマンである俺が、異世界から魔術を持って帰る義理はなく、持って帰る知識とか生き抜く訓練すら受けたことのないただの一般人なのだから、はいそうですか、とすぐに言えるはずもない。
『いえ、機密事項ではありますがこれは国家プロジェクトです。私の組織は作戦の失敗は許されず、魔術奪取任務の為、日本国民であるマスター、義贋総司郎はこの任務を遂行する責任を持っています』
「いらねぇよそんな責任、俺を日本に帰してくれ!」
『一つ目の回答は、失敗は許されずです、つまりアトラスに取り込まれた者に拒否権はありません。拒否をすれば体内に注入したナノマシンにより、記憶を抹消させていただきます。その際、その他の記憶障害を引き起こす可能性もございますのであしからず。現マスター抹消後は次の代用キーを取り込みます。二つ目の回答は帰還は可能ではありますが不可能です。魔術を持ち帰ることが任務の為、及び、前マスターの異世界突入時のエネルギー使用により、帰還が可能な燃料が現段階では圧倒的に不足しています』
「ご丁寧に説明ありがとよ、てことは燃料をどうにかこうにか手に入れて、魔術を持ち帰れば帰れるってことか」
よくもまあ自分でも混乱せずにポジティブな発言が口から出たものだと感心する。
強化スーツに異世界とくれば逆に冷静にでもなったのだろうか。
実際のところ本当に日本に帰りたいかどうかは置いておいて、帰れる可能性があるか知っておくのは必要な事だ。
何らかの手段で生まれ故郷の日本へ帰れるのであれば、異世界にいても僅かばかり安心できる。
「仕方ねぇ、記憶を消されるのは嫌だし、バケモノから助けてくれた義理もある。その任務手伝うよ」
どのみちNOとは言えない事に巻き込まれてしまったのだ。
だとすれば腹をくくるしかない。いつまで悩んでいても誰も手を差し伸べてくれないのはこれまでの人生で理解している。
『ありがとうございます。マスター。これで元マスターもうかばれます』
「そういえばなんで前のマスターはいなくなったんだ?」
ふとした疑問が俺の脳裏をよぎった。
前マスターは異世界突入時のエネルギー使用により、と先ほど説明したが、異世界への入り口であるポータルまでは前マスターも存在していたことになる。
『推測では現実世界と多次元世界の隔たりを超えるポータルに接触した際、元マスターの概念が宇宙的質量に変化を与える可能性が宇宙思念に疑問を与え、処理できない情報としてイベントホライゾンへ送られた可能性があります。極端に説明するなら、パソコンで言うところのゴミ箱か名前のないフォルダに、よく分からないデータなので放り込まれたということです』
「マジかよ……言ってることは理解できないが、俺が偶然助かったってことだけは分かるわ」
『マスターが自己認識を保存できた経緯については、現状、明確な回答を持ち合わせておりません』
理由が分からないということは俺もそのイベントホライゾンへ飛ばされていた可能性がある。
妙な汗が背中を伝い、俺は苦笑いすることしかできなかったと共に生きている事へ感謝する。
『マスター、下をご覧ください、文明が存在しています』
音声に言われるがままに下を見るとどこまでも広がる深い森が広がっている。
ところどころ一列に隊列を組んでいるオレンジ色の光が蠢いており、この世界の生命を感じることができた。
だが光まではまだ遠く、今は高度何千メートルにいるのかと疑問に思う。
パシュッと気の抜けた音が背中から聞こえたので振り向くと、宇宙に向かって小さな光が小さくなっていくところだった。
『小型人工衛星を打ち上げました。惑星の気圧、気象、空気はほぼ地球と酷似しており、アトラススーツを脱いでも生存可能な異世界です』
「環境が生存可能でも異世界を生き抜く術なんて俺は知らないぞ」
『ございます、マスター。そのための<アトラススーツ>です。アトラススーツ、通称<アトラス>は対異世界探索能力強化型パワードスーツです。想定される様々な異世界の脅威に対して、人智と宇宙の英知を結集して作られた近未来創造武装。どのような異世界でも生存できるように設計されています』
「近未来創造武装、対異世界探索能力強化型パワードスーツ<アトラス>……」
この音声が語っていることは理解できるが、俺の脳内に意味が染み込んでこない。
理解できることはこのスーツで死ぬ事の方が難しそうってことだ。
『私はアトラス専用の対異世界探索補助人工知能<アトラ>と申します。疑問質問明日の天気ま、夕飯のレシピまで何なりとお申し付けくださいマスター』
対異世界探索補助人工知能<アトラ>に対異世界探索能力強化型パワードスーツ<アトラス>か。
異世界から魔術を持ち帰ることなんてどうすればいいのか分からんが、アトラとアトラスがあれば、不可能なことも可能に変わる気がしてきた。
地表まであと僅かばかりの時間か。
改めて自己紹介してくれた言葉を噛み締め、俺は魔術を持ち帰る任務のため下唇を強く嚙む。
「俺は義贋、義贋総司郎。ただの中年社畜サラリーマンだった男だ、これからよろしくな」
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