第8話 メッキ

 屋敷の中は物音一つないほど静かで薄暗く、月明かりだけが唯一の照明だった。


 入り口から入るとすぐに開けた中央ホールがある。

 見上げると吹き抜けとなっており、二階への階段は眼前にあった。


 左右を見渡すと別の部屋へ通じる扉がいくつか確認できる。

 察するに食堂やリビングへの扉だろう。


 アウルムは剣を構えたまま辺りを警戒しながら足を進める。

 俺も不格好ながらファイティングポーズを取りつつ周囲をうかがった。


「僕は一階を捜索します、黒甲冑殿は二階を」


 俺は頷き、ぎしぎしとなる階段を足早に昇り、二階の部屋から確認することにした。

 しかしよく考えれば目視などせずともアトラに確認すれば、人間の一人や二人見つけられるのではないだろうか。


 生命探知システムがあるか不明だが、対異世界探索能力強化型パワードスーツなのだ。

 聞いてみる価値はある。


「アトラ、生命反応はあるのか?」


『一つあります、二階、東側の一番奥の扉です』


「……相変わらず便利な機能を持ってるな」


『ありがとうございます、マスター』


 褒めるのもほどほどに、俺は極力足音を殺して進む。

 しかしアトラススーツ自身に重量があるのか、どう頑張っても床は軋む音を辞めなかった。


 扉の前で呼吸を整え、勢いよく扉を開けて中に踏み込む。

 俺が踏み込むことを予想していたかのように中型のフライパンが振り下ろされていた。


「!」


 だが俺の意識が反応するよりも早く、アトラススーツの自己防衛アシスト機能が反応し、室内を見渡していても右腕だけがフライパンを勝手に受け止めていた。


「う、くうう……! そ、その手を放して!」


 年端もいかぬ少女の声で、やっと俺はこの室内に他の人間がいることに気が付いた。


 身長は一二〇センチ前後か、真っ白な帽子はいかにも魔女が被っているようにヨレヨレである。着用しているローブも白一色。極めつけは髪の色まで真っ白で、背中の後ろまであるロングヘア―だ。


 いわゆる誰もがイメージする魔女が、真っ白なだけという感じである。


「悪い悪い」


 つい反射的に謝って握っていたフライパンを離すと、魔女はフライパンを引っこ抜こうとしていた反動で後方へと転がり、本棚にぶつかって頭の上にいくつかの本が落下した。


「い、いたい!」


「大丈夫か、あんたが魔女なんだよな」


 しかしその魔女は俺の言葉など聞かず、勇猛果敢にフライパンを打ち込んでくる。アトラススーツで直接受けても何の問題もないのだが、自己防衛アシスト機能は律儀に拳法家のように華麗にすべてを受け流していた。


「はあ……はあ……ぜ、全然効かないの」


 肩で息をしつつ幼い魔女はきっと俺を睨む。


「なんだってフライパンなんかで……異世界の魔女っていうのは物理攻撃なのか?」


「う、うるさいんだよ!」


 フライパンを高らかに持ち上げるが、激しい運動は苦手なのか、フライパンを手から落として、へなへなとその場にへたり込んだ。


「無理すんなよ」


「敵の同情なんていらないんだよ! タツタ君をまた苦しませるやつらのくせに!」


 タツタ君? と一瞬考えたがタツタ、竜田、竜=ドラゴン……どうにかアトラの無理やりな翻訳機能を凌駕して、ドラゴン型グロウスの事だと俺の脳ミソが導き出してくれた。


「また苦しませるも何も、悪いがタツタ君とやらは倒させてもらったよ」


 その言葉に魔女はキッと俺を睨む。

 薄い緑色の大きな瞳に強い意志が宿っていた。


「グロウスは、倒されたら新たなグロウスとして、再び煉獄の焔に焼かれ現世に顕現する、それを未来永劫繰り返すの…だからシエロは、シエロは!」


 自らの事をシエロと名乗る少女は、何かを悔しがっている。


「シエロの鎮魂歌じゃないと、グロウスは本当に安らかに眠らせてあげられないのに……どうして、どうして、みんなグロウスを殺すの」


 泣きださないようにぐっと唇を噛み締め、シエロは床に手をついて泣き出した。

 

 俺はシエロが泣く姿を見てその場に立ち尽くしてしまう。


 ドラゴン型グロウスを操るほどの魔女だと聞いていたから、年老いた老婆のようなイメージだったが、実際のところは小学校に入ったばかりのような少女だった。


 アウルムが「魔女がたとえどんな姿でも、警戒を解かず捕らえることを」といったのは、幼い姿をしている可能性もあるという意味だったのだろう。


 確かにこんな姿で泣きじゃくられては確保するにしても良心が傷んでしまう。


「こちらにいましたか」


 俺が魔女の処遇をどうするか悩んでいると、シエロの泣き声に気が付き、アウルムが二階の角部屋に到着していた。

 話し合いにならない可能性は高いと言いつつも、抜刀はしていないので、まずはシエロを国へ誘ってみるスタンスなのだろう。


「極彩色の魔女様、僕は王都<ブレイズ・コスモス>の十三聖剣が一人、第四のアウルム=レゥムと申します」


 アウルムが地面に一度ひざまずいてシエロへと名を名乗るが、シエロはそんなこと気にも留めずに小さな子供のように——実際小さな子供だが——ぐずぐずと泣いているままだった。


 泣きじゃくる姿を見てもアウルムは業務的に次の言葉を続けた。


「ぜひ王都<ブレイズ・コスモス>にて、極彩色の魔女様の固有魔術の知恵を広めて頂きたく参上いたしました」


 だがシエロは泣き止むこともなく、うううと小さな声を上げている。

 アウルムは少しばかり息を吐くと、シエロが不安に沈んでいると思ったのか、業務的とは変わり柔らかい声を出した。


「ご安心ください。今まで一人でこのお屋敷で生活していたのはお辛かったでしょう」


 その言葉にシエロはびくっと肩を一瞬震わせた。


「辛くなかったもん、タツタ君がいたもん」


「……なんですって?」


 少し考えアウルムは疑問の声を上げる。


「グロウスと生活していたのですか?」


 まるで想定外のようにアウルムは疑問を投げる。


「そ、そうだもん、ただ静かに、ただ静かに暮らしてただけだよ。シ、シエロの魔術が完成するまでのよていだったけど」


「グロウスが人と生活できるなんて、そんな、一時的に操るだけならまだしも、でもまさか、魔女なら、もしや——できるのか?」


「あの子は悪い子じゃなかった、苦しみながらも、争いを好まなかった、さっきだってシエロを守るために、すぐに飛び出していった」


「つまりこの子の<極彩色の固有魔術>はグロウスの使役? はは、これはかなりの大物です! この固有魔術が我が国に広まれば、グロウス狩りをせずとも魔術の素材であるグロウスを確保し、グロウスそのものを戦力として招き入れることができる!」


 アウルムが徐々に興奮していくのが手に取るように分かる。

 確かにグロウス自信を使役できるのならば、アウルムが思い悩んでいるグロウス狩りによる兵の消耗なども解決できるはずだ。


 しかし、と俺は泣いている極彩色の魔女シエロを見ながら思う。

 本当にグロウスの使役ができる者を国に引き渡して良いのだろうかと。


 彼女は自分と生活していたグロウスの為にこんなにも心を痛め泣いているのだ。

 そんな彼女がグロウスを魔術の素材とし、国の争いの道具とするために魔術を広めることを嬉しく思うのだろうか。


「黄金甲冑殿、確保の件は一度、考えてみないか」


「どの程度のグロウスまで操れるのか、一人何匹まで使役可能か、これはかなりの魔女を引き当てました、ふ、ふはは」


 俺の言葉など耳には入らず、アウルムはまるで人が変わったように、独り言をぶつぶつと呟いている。

  

「これはどんな手を使ってでも、我が国へ招き入れたくなりました。さあ極彩色の魔女様、我が国へ!」


 泣いているシエロへアウルムは手を差しだす。

 シエロは既に泣き止んでいたが、アウルムの手を見ると明らかに拒否反応を示し、ふるふると首を横に振った。


「ごめんなさい、誰にも、付いていく気はないの」


「そう言わずに、このような屋敷ではなく、豪華絢爛な屋敷を用意させましょう。欲しいものも全て手に入れることも可能です。あなた様の極彩色の固有魔術ならば、王の褒美は想像を超えるものとなるでしょう」


 だがシエロはふるふると首を振る。

 アウルムの高揚にもついていけず、表情には恐怖が浮かび始めていた。


「シエロは、い、いきたくないの。それに<極彩色の固有魔術>なんて、まだ、使えないし——」


「お金でダメとなると、土地でしょうか。それとも好みの男性でしょうか。ああ、あなたが望むなら何なりと取り揃えましょう」


「い、いらない、シエロは、なにも、いらないんだよ」


「おい、黄金甲冑殿、そのくらいにしたらどうだ」


 流石にシエロが追い詰められている姿に耐えられなくなり、俺はアウルムに声を上げた。

 すると意気揚々と話していたアウルムの動きはピタッと止まり、グルンと俺に振り替える。


「今、何と申されました、黒甲冑殿?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る