神槍と吸血鬼らの戦い

黒猫館長

「神々の遺産」

 神器と呼ばれるものがこの世界には存在する。神が作り出した人知を超えた力を持つ遺産。それは武器であったり食器であったり時計であったり、様々存在しその力も様々だ。これは吸血鬼ジュリー・ブラッドリーが初めて神器と戦ったその時の話である。


 ジュリーと同僚のメイド、ジューンは主のエリザベートからの命令でスウェーデンまで来ていた。イギリスに住んで結構な年月が経つが、スウェーデンの美しい北欧建築と海との調和が織り成す風景にそっと目を奪われる。


「なんというか、西欧系の建物はロンドンでだいぶ見慣れて気はしてましたけど、よくわかりませんが綺麗ですね。何が違うのかよくわからないですけど新鮮な気分です。」


「そうね。色合いかしらあったかい感じがして好きよ。あなたが見るにはもったいないわね。」


「なんでわざわざここで迄俺を下げに来るんですか…。しまいにゃすねますよ?これから大事な任務だっていうのにそれじゃあ困るでしょう?」


「はっ!私を誰だと思っているのかしら?いざとなったら一人で何とかしてやるわよ。」


「はいはいそれは頼もしいですねー。指定されたところまであともう少しですかね。まあゆったり行きましょう。」


 今回の仕事について詳しい人物がいる。その人に会うためにこのウメオというスウェーデンでもなかなかに大きな都市まで来たのである。しかし急いで向かってせっかくの景色を見ないのはもったいない二人はできる限りゆっくり予定の時刻ぎりぎりにつくように歩くことにしたのだった。


 フィリップ・オルソン。ジュリーたちが会いに来た人物であり、今回の仕事の依頼主だ。ふくよかな体形の中年男性であり、この町でにある大学で教授をしているらしい。ジュリーはスウェーデン語が分からないのでそこらへんは頭の良いジューンに丸投げするつもりであったが、彼はジュリーのわかる英語で話してくれた。


「初めましてジュリー殿。お会いできてうれしい限りです。」


「そんなこちらこそ。早速ですが、今回の依頼について詳しくお聞きしたいのですが。」


「そうですね。それではこちらへどうぞ。」


 部屋に通され話を聞くことになった。


「お二人は乳製品はお好きですかな?これはフィールミョルクという飲み物で私の好物なのですが。」


「大丈夫ですよ。どうもありがとうございます。」


 それはヨーグルトによく似た飲み物だった。しかし口当たりはそれほど酸味もなく濃厚でおいしい。しかし濃厚すぎて飲み物でいいのか疑問だ。


「さて、どこから話したものか。…私はこの町で考古学について研究しています。しかし実のところ、我々が研究しているのは人の遺産ではなく神々の遺産なのです。」


「神器のことですね。」


「ええ。あなたの兄君のサリム・ブラッドリー殿にも何度か研究を手伝ってもらいました。神器を知ることは現代社会に大きな発見と利益をもたらすものです。その深淵への探求心は抑えようと思っても抑えられるものではありません。しかし大きな力には必ず大きな闇の部分が存在します。それが今回の事件を引き起こしたのです。」


 フィリップはハンカチで汗をぬぐい、ビール用のジョッキ一杯に入ったフィールミョルクを一気に飲み干した。そして新しいフィールミョルクをコップに注ぎながら暗い面持ちで話しを続ける。


「我々はこの国の遺跡をくまなく探索し、神器を求めました。そして数種の神器を発見することができたのです。しかしその多くは適合者が見つからず何の力もないただの堅い物体と変わりませんでした。逆に適合者を必要としない神器が一つありましたがあまりの危険性にサリム殿に封印を頼むという情けないこともありました。しかし力のない神器とて我々には金より貴重な研究材料です。どのような構造なのか、物質はどの程度の耐久力なのかその研究の日々は楽しかった。しかしある日悲劇が起きたのです。我々が手に入れた神器の一つ我々が「グングニルの槍」と名付けた神器が私の同僚の研究者と適合してしまった。」


 多くの神器には適合者が必要であるらしい。その条件はいまだわからないが、たとえ神器を所有しても適合者でなければその力を使用できないのだという。ゆえに適合者でない一般人にとって神器とは壊れることのない硬い物体でしかない。しかし例外的に適合者を必要とせず手にすれば誰でも使える厄介なものも存在する。こちらの方が制御が難しく、できればマントルの下に埋まったままがいいとサリムが言っていたことをジュリーは思い出した。


「適合したとはいえ、ただの一般人であった彼は暴走しました。理性のない怪物へと変貌した彼は誰彼構わず攻撃を行い何人も犠牲となりました。何とか我々の私有する森林へ隔離に成功しましたがいつまでもつか…。」


「待ってください。一般人?え?でもフィリップさんは人間じゃないですよね?」


「え?」


 ジューンが驚いた顔をする。見た目上確かにどう見ても人間にしか見えないので仕方がないだろう。フィリップはばれましたかとほほを掻いた。そしてポンと煙と共に姿を変える。


「私は確かに人間ではありません。しかし同僚の中には普通の人間もいたのです。私の正体を知りながらも良き友人でいてくれました。」


 それは人間四人分ほどの体積を持っていそうな信楽焼のような体形の三毛猫だった。まじでかといった様子のジューンを横目にジュリーは話を進めた。


「それでは今回の依頼というのは、神器で暴走した友人を止めたいということでよろしいでしょうか?」


「はい。私も戦闘には自信がありましたがこの通り…彼にこれ以上罪を重ねさせたくないのです。どうかよろしくお願いします。」


 フィリップのふくよかな腹には大きなガーゼが張られており痛々しく血がにじんでいた。またフィリップはグーロと呼ばれるスウェーデンあたりに住む怪物であり、大食漢として有名であるらしい。


 三人は暴走した同僚がいるという森までやってきた。フィリップの幻術は精度がとても高く、まるで神域のように人々はここを避けているようだ。そして同僚もいまだこの森にとらわれているのである。


「ここから先に私は入れません。私が殺されれば、すぐに彼はここから抜け出し人々を襲うことでしょう。そしてあの神器の力が止むまで私はこの術を解くわけにはいかないつまり…。」


「この森に入ればあなたの暴走した仲間を倒さない限り私たちも出れないというわけね。」


「いざとなったら幻術を解析して無効化すれば…面倒極まりないですね。神器がどれだけ厄介かとの兼ね合いによりますか。どうします?俺だけ入るという選択肢もありますが。」


「馬鹿言うんじゃないわ。あなた一人で何とか出来るわけないでしょう?」


「なら二人でですね。フィリップさん。グングニルといえば必中の槍として有名ですが、その神器の能力はわかったりしますか?」


「いいえ。ただ目にもとまらぬ速さで槍を繰り出すとしかわかりませんでした。威力は私の脂肪ぎりぎりまで貫いたくらいですから木の十本ほどなら容易く貫くものと思われます。」


「逆にその脂肪が強すぎる気がしてきました。」


「神器が本来その程度の威力しかないわけがないわ。ならやはり適合者が神器を扱えていないことが原因…好機ということね。」


「エリザベート様が俺たち二人を派遣したということは俺たちにも対処可能ということでしょうが、保険は必要ですよね。ということでフィリップさん、これから日没までに俺たちが対処できなかった場合、エリザベート様たちを呼んでいただきたい。お願いできますでしょうか?」


「わかりました。どうかご武運を。」


 ジュリーとジューンは準備を済ませ、森へと入っていった。


「探知はできているのかしら?」


 ジューンは銃を錬成しながらジュリーに質問する。彼女にはどんな無生物も金属に変え成型する能力がある。それの応用で銃などを創り出し球を発射できるらしいがその具体的原理はジュリーにはわかっていない。


「半径百メートル以内にはいませんね。あんまり範囲広げるとあっちが気づいて先手を取られそうで怖いですから…できれば遠くから観察したいですね。」


「あら、ビビってるのかしら?」


「神器関連で碌な目に遭ったことないですからね。」


 森の中に生物がいるか調べるが、なかなか凄惨な現場を発見する。巨大な鹿の群れが惨殺されていたのだ。木々や小動物はほとんど無傷であるが、この森からはおおよそ人間以上の大きさの動物がほとんどいなくなっていた。


「見ない方がいいですよ。あと口を覆ってください。だいぶ腐っています。」


「これくらいでビビるほどヘタレじゃないわ。ねえ貴方、大気中の二酸化炭素濃度を調べられるかしら?」


「高い方に向かえってことですね。まだ襲われている動物がいるって前提ですが…やってみます。」


 ジュリーは自らの能力で大気中の二酸化炭素濃度を調べる。あくまである程度ではあるが、その濃度が高い方向を見つけ二人は歩を進める。



「いたわね。」


「そうですね。…なんですかあれ化け物じゃないですか。」


 そう、フィリップの話では彼は人間のはずだ。しかし視線の先にいたのは頭部がねじ曲がり腕が複数本に避けるように分裂し片目がつぶれ残った眼はエイリアンがごとく真っ黒だった。とてもじゃないが人間には見えない。そしてその手には骨のようにもみえる彼の背丈ほどの大きな槍だ。彼はそれを使い、襲わんと駆ける巨大なクマを瞬く間に刺殺した。


「ひゅーくぐふー…。」


 以上で不快な息遣いが聞こえる。その見た目の恐ろしさだけではない、彼の持つ神槍の威圧感にジュリーは足がすくむ思いがした。


「なんでしょう、久々に危険センサーが鳴りまくりといいますか…このまますごく逃げたいです。」


「ビビってんじゃないわよ。でも近づくのは危険ね。ならやはり…これかしら。」


 ジューンはライフル銃を錬成し構える。暗殺、それが今の最善手だと判断したのだ。ジュリーは左腕に能力で作り出したクリスタルの盾を構え次へ備える。


「行くわよ。3,2,1ファイア。」


パン!


 彼女の射撃の腕はとても良い。的を狙えば百発百中動いているものでも予測し外すことはほとんどない。今回も見事なもので百メートル以上離れた遠距離から槍の男めがけて寸分の狂いなく銃弾が発射された。人間ならそのまま頭を撃ち抜かれ、ジュリーのような吸血鬼でも意識外からの狙撃では気づいても避けることは難しい。そして厄介なことにガードできるような威力でないのが恐ろしいのだ。


 しかし今回は相手が悪かった。槍の男はおよそ銃弾が十メートルまで違づいてやっとその存在に気が付いた。本来その時点で気づこうとどうしようもないのだ。しかしその刹那、それから銃弾が一センチも進んだかわからないほどの一瞬、男の槍の一突きで銃弾は破壊された。


「下がれ!」


 ジュリーは即座にジューンの前方に出る。槍の男がすでに目の前に迫っていたのだ。ジュリーは青く輝くクリスタルの剣を振るう。何度か剣戟を交えるも槍の男にダメージはないようだった。それどころかジュリーの左腕は盾を割られ血を垂れ流し、体のいたるところにかすり傷ができていた。ジューンはとっさに射撃する。それは男の首元をかするが怯みもせずジュリーにやりを突き出す。それがジュリーの脇腹をえぐり、彼は口から血を吐いた。


「一時撤退!斜め右!」


 ジューンは閃光弾を発射する。男はうめき声をあげる。次に前を見たときには二人の姿は消えていた。


 今のはおおよそ一分にも満たない戦いだった。しかし結果は惨敗もいいところだ。左腕はハチの巣まではいかないにしても無数の傷が痛々しい。ジューンを抱え逃げたジュリーは槍の男が追ってきていないと判断するとへたり込むように木を背に座る。


「はあ…はあ…。ごほっ!」


「貴方…もしかして傷が…。」


「治ってくれませんね。神器の効果でしょうか?」


「腹の治療に専念しなさい。こっちは応急処置するわ。」


「どうも。」


 損傷の激しい左腕の止血のためジューンは自分の上着を使い縛る。吸血鬼であるジュリーは高い再生能力を持ち、ただの槍でできたこの程度の傷ならば瞬時に直すことが可能だ。しかし神器の特性か魔力を集中させなければ満足に治癒もできない状況であった。


「あっちは大した索敵能力はなさそうですね。超近距離専門ってところですか。」


「ええ。とりあえず助かったわ。はい。輸血パックよ。飲みなさい。」


「うへえ。それまずいんですよね。」


「わがまま言うんじゃないわよ。」


 傷の回復のため輸血パックで血を補充する。ある程度落ち着くと二人は考察を始めた。


「暗殺は無理かもですね。あれガトリングガンも防ぎそうです。」


「人間の人海戦術じゃ一人ずつつぶされて終わるでしょうね。フィリップが匙を投げるのも分かるわ。」


「その上接近戦は手も足も出ませんでした。気づいたら体に穴が開くってむしろこっちがガトリングガン向けられてますね。唯一当たったのはジューンさんの一発だけですか。」


「そうね。再生能力はあまりなさそうだったけれど、今はどうかわからないわ。」


 相手は接近戦が強く、その上遠距離武器は無力に等しいさらにその攻撃は必ず命中するのだからやってられないと言わざる負えない。しかし二人はすでにある程度有効打になりえる可能性を思いついていた。ジューンはそれを言い出そうとするもすぐに取りやめ口ごもる。そして別の提案をした。


「今回は分が悪いわ。エリザベート様たちなら何とかなるかもしれないし、応援を呼ぶのが賢明ね。」


「そうですね。…いや。」


 ジュリーとしても今すぐに帰りたい気分であった。腹の傷は何とか治癒したが、腕のほうはいまだ止血しか済んでいない。この後再度戦うなんて考えたくもなかったのだが、


「でもエリザベート様って素手でぶん殴る脳筋スタイルじゃないですか。あのやりの能力がどう突き刺しても当たるってものなら、相手が攻撃する前に倒さない限り大けがですよね。いえまあ勝てると思いますけども。」


「貴方もしかしてやる気なの?」


 理解できないといった顔をするジューン。ジュリーも困ったように頬を掻きため息を一つついた。


「主をそんな場所に連れてくるというのは従者失格ですからねー。…やりたくはないですけど…やるべきかなと思います。」


 その言葉にジューンは呆れるも笑顔を見せた。


「貴方ってこういう時頑固だものね。死ぬわよ?」


「死ぬ前に何とかしていただきたい。」


「…男の意地ってわけ?」


「サリム兄さんが対処してくださるんなら喜んで帰るんですがねー。絶対やりませんしね。」


 二人で小さく笑いよしと立ち上がる。


「仕方ないわね。付き合ってあげるわ。ありがたく思いなさい。」


「それが仕事でしょうと言いたいですが、ありがとうございます。帰ったらあなたが欲しがっていた美少女フィギュア買ってあげますよ。」


「まったく私も安くなったものね。」



 槍の男は理性と呼べるものは一切残っていなかった。人間だったころの本能というものももはやチリに等しかったが、男の中にひとつだけ欲望が燃えていた。それは自らの右腕にある子の槍を振るいたいという衝動にも近い欲望だった。より強く、大きく素早い獲物を求めていた。あの青く光る棒を持った獣は今までで最高の獲物だ。先ほどは仕留めそこなったが次に見つければ必ずこの槍の贄にしてくれる。男の欲望を言葉にするならこのようなものだろう。薄暗い世界で男は歩き続ける。獲物を見つけようとろくに見えぬ目を見開く。そしてその機会は案外早くやってきたのだ。



 ジュリーは槍の男の前に立ちふさがる。一切隠れもせず後方にいるジューンに背中を向け盾と剣を構えた。胸部はプロテクターの上にさらに能力で作り出したクリスタルの鎧をつけているため不格好この上ない。


「見つかった瞬間襲ってくると思ったんですがね。…少しは理性が残ってるんでしょうか?」


 槍の男はジュリーを見据え槍を構える。もともと武術家ではないはずだが、まるで結党前の礼儀とでも言いたげに静かだ。ジュリーは直感的に気付いた。ゴングだ、この男はゴングを待っている。自分とハンティングではなく戦いをするためにゴングを欲しているのだと思った。そして全神経を集中させる。陸上競技のスタート前のように目の前とゴングの音に。


「…。」


「…。」


 そして風がなびいた。


ガシュ!!


 瞬間神槍が繰り出されジュリーの左手を貫く。盾を軽々貫通し左手から血があふれる。盾とジュリーの能力による制止効果を用いても完全に攻撃を止めることはできなかったのだ。しかし損傷は腕だけにとどまる。それがジュリーの狙いだった。ジュリーは剣を振るうが華麗によけられる。そしてまた一撃がジュリーを襲う。この男は銃弾はいくらでも槍で防げるが、ジュリーの一撃は槍の突きで守れないのだ。本体は再生能力が低くほとんど人間並み、ゆえにジュリーの攻撃は必ずよけねばならないのだ。そして


パンパンパンパン!


 絶妙なタイミングでジューンが発砲する。槍の男は神がかり的な反応速度でよけるがすべてはよけきれず被弾した。だが追撃はできない。目の前のジュリーがそれをさせないのだ。これが二人の策であった。先の小手調べで推測し役割を分担することでこの無敵に思える怪物を仕留めようというのだ。


 もはやこれは今までのハンティングとはまるで違うのだ、これは命のやり取りなのだと男は感じ取った。そして歓喜するこの槍を振るうにふさわしい好敵手がいることを。男の槍さばきは速度を増し、ジュリーの左腕を削り取り続ける。体のいたるところに銃弾を受けながらもその攻撃はやまない。そしてついにジュリーの左腕はちぎれて落ちた。


「なんで当たらないのよ!?」


 ジューンはいら立ちを募らせる。ジューンの放った弾は当たれどそれはどれも人間の急所には当たらなかった。手や足に当たるも男は一切攻撃の手が緩まない。それどころかその速度が増しているのだ。そしてついにその魔の手はジュリーの腹に直撃する。


「ぐふっ!」


「あっ!」


 ジュリーは体をひねり右腕も盾にする。しかしすでに胴体にも大きなダメージが来ておりもはや長く持たないのは明白だった。ジューンは涙がたまりかすみそうな目を必死にこらえ敵を見据えた。安全圏からタイミングよく相手を狙う。当然のことだ。しかしそれではもはや決定打にならない。相手はそれでは見えてしまうのだ。ならば不意をつくしかない。


「ごめんなさい。こらえて頂戴!」


パン!


「がっ!」


 ジューンは銃口をジュリーの背中に当て発砲した。彼の体を貫通した銃弾はそのまま槍の男の頭部を貫く。男は後方に飛ばされそうになるも踏ん張り槍を繰り出そうとする。


「があああああああああああ!」


 しかしその隙を見逃すジュリーではなかった。能力で無理やり腕を動かし男の両腕を切り落とす。そして男は力を失いあおむけに倒れこんだ。


「ひゅー…ひゅー。」


 ジュリーは呼吸にならない呼吸音を立てながら、男を見下ろす。動かない動かない動かない…。それを確認し続けるようにジュリーは見降ろし続けた。


「貴方…大丈…。」


 ジューンの声が聞こえる前に彼の意識は消失し人形のように体から倒れた。



 次に目を覚ました時にはベッドの上だった。外は夜のようで暗い。横を見ると同僚であるメイドのモモセが寝息を立てていた。


「あら起きたのね。」


 ドアの開く音がしてジューンの声がした。ベットに上る彼女を視認しながらジュリーは問いかける。


「一応確認しますがここはどこですか?」


「見てわからないのかしら?私たちの住居のブラッドリー邸よ。」


「ですよねー。じゃなきゃモモセさんがいるわけないですし。」


 眠る彼女を見てジュリーは笑みを浮かべた。同時に緊張が一気にほぐれた気がした。


「あら欲情でもしたのかしら?襲うにしても寝てる間に大人になっているのはかわいそうだわ。凌辱するにしてもおしりにしときなさい。」


「何とんでもないこと言ってんですか。やりませんからね。いろんな意味で大惨事になりますよ。」


 ジューンはあらそうと挑発的に笑う。普段モモセが性的に大好きといっているくせに何を考えてるんだろうとジュリーは困惑した。


「…お怪我はありませんか?」


「貴方がそれを言うのかしら?本当に冊子が悪いのね駄犬。だからモテないのよ。」


「なるほど、軽口を言える程度には問題ないとわかりました。」


「ええ。あなたは一週間寝てたけど。」


「マジですか。」


「マジよ。」


 戦いの後の記憶は全くないがジュリーは倒れた後すぐにサリムによって集中治療室まで運ばれ、だいぶ危険な状態だったらしい。治療と吸血鬼の治癒能力のおかげで今は何ともないのが救いだ。しかしとてもけだるい。


「馬鹿なことをしたものね。偵察だけに済ませておけばこうはならなかったかもしれないのに。」


「そうですね。正直なめてました。何とかなるって思ってはいましたがもう二度とごめんですね。」


「そのとおりね。あなたがグースか寝ている間大変だったわ。モモセは心配で仕事も手つかず、その上私たちは怒られごはん抜き…。」


「モモセさん関連ばっかりじゃないですか。」


「失敗だったわ。あの泣き顔見たら、貴女のちっぽけなプライドなんて消し飛ぶわよ。」


「…それは気まずい。」


 ジュリーにとってもはや女神であるモモセに泣かれるのはとても困ることだった。今こそ眠っているが起きた後なんといえばいいかと考えがまとまらないので、とりあえず彼女の頭をなでて落ち着くことにした。


「もちろんエリザベート様も責任を感じてたわ。あとで謝っておきなさい。」


「そうします。」


 これから大変だなと頭に渦巻きを出すジュリーをみて、ジューンは気まずそうにそっと胸に手で触れた。何事かと疑問の様子のジュリーにジューンは言う。


「ごめんなさい。痛かったでしょう?」


 それが背中を撃ち抜いたときの話と理解したジュリーはふっと笑う。


「その時にはボロボロでどれがどの痛みやらわかりませんでしたけどね。あの判断がなかったらやられていたわけですし、むしろ感謝しています。」


「ばかね。」


「うるへー。…今回の一件での教訓は神器と戦うのはやめておいた方がいいってことですね。あれで最低レベルは正直…どうしようもないといいますか。」


「そうね。生き残れたのは運がよかっただけ、惨敗よ惨敗。」


「はい。こちらも神器を手に入れる必要があるってことですか…。」


 サリムが言うにはここ数年で神器の発見率がこれまでにないほど高くなっているらしい。アンノウンという未知の怪物の発生が理由かその裏にある何かが発端かわからないけれど。これからも神器が発見され続け適合者も見つかれば、世界の価値観を根本から覆しかねない。今まで数度神器の探索をしてきたジュリーだったが、その重要性を改めて理解した。


「まあ何とかなるわよ。」


 難しい顔をしていたジュリーの頬にジューンがキスをした。少し驚くジュリーに彼女は微笑む。


「ご褒美よ。これを糧に精進なさい。」


 月明かりが窓から差し込み彼女を照らす。サファイアのように美しい青い瞳が輝くように見えた。それを見てジュリーも微笑む。


「今更頬にキスでご褒美って(笑)さすがに自分に自信ありすぎですよ。」


「なっ!?」


「こちとらすでにキスなんて何度もしてますしねー。なんだかしょうもなすぎて将来の不安が吹っ飛んだ気がしますよ。」


「あ、貴方ねえ…!」


 怒りマークを浮かべる彼女を引き寄せ腕枕する。そして天井を見ながらジュリーは言った。


「精進します。できればあんまりケガしなくて済むように。」


「ええ。目指すは片手間に神器回収よ。」


「はい。」


 こうしてジュリーらと神器の初対決は幕を閉じた。結果は散々なものであり、未だ先が見えないが彼らはこれからも挑み続ける。


『片手間に神器回収って何なん!?…っていうかいつ起きてること言えばいいんやろ?』


 実は途中から起きていたが、伝えるタイミングをつかめなかったモモセであった。



 槍の男、本名カール・ニルソンの遺体はサリムに回収され解剖研究ののちフィリップの下で火葬された。またフィリップたちも今回の一件で独自の神器の研究を取りやめ、フィリップはサリムの研究を手伝うスウェーデン支部として研究所を再配備した。神槍「グングニル」は回収されたのちサリムが保管し、現在新たな適合者は見つかっていない。

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神槍と吸血鬼らの戦い 黒猫館長 @kuronekosyoko

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