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気づけば七月も早、一週間が過ぎ去っていた。道端のアジサイはとうに枯れ果て、変わってオニユリが力強くその栄華を咲き誇っていた。
人々もすっかり開放的な肢体を見せ、冷飲料片手に、なお余裕の無さそうに街を闊歩していた。そんな中でも私は変わらず、課題曲に付きっ切りだ。
「関東も梅雨明けなんだって。なんかいつもより早くない? まぁ、この一週間、ずっと猛暑続きだったから、わからんくもないけど」
冷房の効いた室内。最後の一小節を弾き終えたところで、背後でスマホ片手に博人が淡々と呟く。
「そうなんだ。はー、暦の上でも本格的な夏がスタートかー。『浜田湯』にとっても、試練の季節が到来だね」
練習に一区切りつけ、置時計を見やる。放送開始まで一時間。私は鍵盤蓋を閉じると、おもむろに外出の準備に取り掛かった。
「いや、割と最近は夏場もサウナや水風呂求めて、結構来店してくれてるよ。とはいえ……今月は白桃イベントがあるけど、来月も〝冷〟をテーマにした企画、一つぶち込むかなぁ」
「あ、ならさ、アイスバスやろうよ! 私、ネットの記事で知ったんだけど、埼玉の銭湯に、期間限定で北欧をイメージした氷風呂があるんだって。凄く行きたいんだけど、真夏の一時期、浜田湯も実施したら――」
「氷風呂ねぇ、一回考えたことあるんだけど、うち、叔父ちゃん叔母ちゃんやお子さんも水風呂好きだから、ちょっと怖いんだよね。クラッシュアイス設置とかなら、考慮の余地はあるけど」
「あー……そうだね……ごめん、適当なこと言っちゃって」
「全然、むしろどんどん意見言ってほしいよ」
半年ぶりにボブカットに戻した〝彼〟が優しく微笑むと「分かった」と相好を崩し、着替えを持って洗面所へと向かう。
久々に黄緑のノースリーブをコーデし、虹色のブレスレットに腕を通す。後は化粧、と顔を洗い洗面台へ目を向けたところで、その一画が否応なく目に入る。
そこは求めた化粧水が置かれていながら、私は決して使わない(というかそもそも知らなかった)〝彼女〟お気に入りのブランドがちょこんと置かれていた。
高いやつだから、絶対無断で使わないでよ。先日通販が届いた際、珍しく口酸っぱく言い放った〝彼〟の仏頂面が思い浮かぶ。私は一人ニヤニヤしながら、その脇の長年苦楽を共にするマツキヨで買った激安化粧水に手をかける。
あぁ、生活してんなぁ。面長の芋っぽい顔をボケッと眺めてたところ、それに拍車をかけるように、扉越しに「まだかかるー、もうそろそろ行こうよー」という〝彼〟の声がこだまする。
「はーい。ごめん、後五分待って!」
私は咄嗟に応じると、慌てて乳液を手にする。ファンデーションはお互い良いものを探して共有していこうと先日話し合ったことには、さすがに思いを馳せる余裕は無かった。
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