『サンタクロース』

駿介

サンタクロース

 外は知らぬ間に雨でも降り始めたのだろう、手渡された一万円札はひんやりとしていて、少し湿っていた。

 手になじまぬその紙切れの枚数を慎重に数え、トレーの上に放り捨てるように出された硬貨を手早くレジの中に押し込む。相手の顔色を窺いながら釣りを渡し、下げ慣れた頭を下げると、レジの向こうの男はむすっとした表情で無言のまま出ていった。

 もう十一時を回ったというのに、店内には十人近く客がいた。その賑やかな様子や、会計の度に出される公共料金の支払用紙とピン札の一万円が、月末が近いことを物語っていた。

 この時間にコンビニなんかに来る客は皆暗い雰囲気で、疲れているからか態度が悪い客も多い。さっきのように一言も発せずに会計を済ませていく客だってそう珍しくもない存在だ。そういう人間はきっと店員のことなど人とも思っていないのだろう。

 こういう時、つくづくコンビニ店員は差別職業なのだと思う。おまけに今の自分の格好ときたら、まだ十一月だというのに全身サンタクロース姿である。ケーキやチキンの売り込みを掛けるために、これから一ヶ月はこの格好で仕事をさせられるのである。ヒゲこそ付けていないが、上下赤い服を着ているだけでなく、赤の三角帽子まで被っているのだから、客の目にはさぞかし珍妙な姿に映ることだろう。

 そんな出で立ちも相まってか、こちらがいくら丁寧に対応しようとも客の方は皆一様に無愛想だ。少し高めの明るい声で接客しているだけで不快そうな顔をする客すらいる。

 人に笑顔を届けるべきサンタクロースの格好で、こうしてしがないコンビニでレジ打ちをしている───。そう考えると、自分が少し惨めな気さえした。だが、心のどこかではいつの間にかそんな扱いにも慣れている自分がいた。

 だから、その言葉を言われた時にはかなり驚いた。

 ───あなたを見ていると、幸せな気持ちになれるわ。

 ある女性が言ったその言葉は、全ての人を幸せにする魔法の言葉のようにさえ感じられた。

 その女性は、もう少しで日付も変わろうかという時間に一人でやって来た。その人には他の客がまとっているような暗い影のような雰囲気が感じられず、数人の客がいる中でも少し特異な存在のように見えた。容姿や立ち居振る舞いから、五十歳ぐらいだろうかと考えていると、彼女はレジにやって来た。彼女は物腰の柔らかな人で、レジ越しに一言二言交わしただけでもその優しさが伝わってくるようだった。

 支払いが終わった頃合いを見計らって、この人なら受け取ってもらえるだろうとチラシを彼女に手渡す。

 「クリスマスのご予約承っておりますので、もしよろしければ」

 「あぁ、それでその格好を」

 彼女は手にしたチラシとレジの向こうにいる店員を見比べ、その珍妙な格好に納得がいったようだった。

 「すみません、このようなお見苦しい恰好で」

 「そんなことないわよ。あなたを見ていると幸せな気持ちになれるわ」

 「ありがとうございます」

 ほんの一瞬どう返すべきか答えに窮したが、気が付いた時にはこの言葉が口を衝いて出ていた。

 その言葉は、ほとんど無意識のうちに出た言葉だった。条件反射のようにいつも乱発しているものではなく、心の底から出た言葉だった。

品物を詰め終わった大きなレジ袋を、いつもよりも丁寧に手渡した。不思議と重さは感じなかった。

 彼女はそれを受け取り、微笑みながら深夜の住宅街に消えていった。

 自分なんかよりも彼女の方がサンタクロースにふさわしいと思った。

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『サンタクロース』 駿介 @syun-kazama

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