第30話 勇者

 フレイが思わず顔を上げた。

 アリーザが業務のこと以外の話を始めたのが珍しかったからである。

「それ、言った方がいいですか?」

 フレイはあまり触れられたく無かったのであえて嫌そうな声を出したが、意に介する様子もなく「たのむ」と答えた。

「人を救いたかったんですよ」

「ありきたりだな」

 あざ笑うかのような反応に対して反射的に「そうですよ。ちやほやされたかったんですよ。これで満足ですか?」と応じてしまった。

 別に勇者を筆頭とした冒険者は金銭欲と名誉欲しか無いというのは自明であるのでフレイとしても今更恥ずかしいなどとは思わない。

「チヤホヤされたいね……。でもそれだけじゃないはずだ。それだけの想いでなれるほど勇者は甘くない」

「だからこんなところにいるんじゃないですか?」

 自嘲気味に答えた。

「でも勇者候補とはいわれていたんだろ?」

 フレイがなんと答えようか迷っているのをアリーザは別の意味に捉えたらしく「別に、上司が部下のことを知りたいと思うのはふつうさ」とらしくもなく言い訳をした。

「そりゃあ、家柄的に強くて当然みたいなところはありましたし、領民の生活を守るのが私の義務でしたから。呪いを受けて借金取りに追われてこんなところでデスクワークをしてますけど、こんな仕事も冒険者の人々が命を落とさずにすむ助けになるのだと信じているんです。だから私は……」

 フレイが最後まで言い切るより先に、アリーザがフレイに全力で体当たりをしてきた。

 抗議しようと上げた声は、周囲一帯から響く爆音にかき消され、覆い被さるアリーザの体の隙間から感じる熱風を感じて自分が襲撃に巻き込まれたのだと理解した。

「もう、大丈夫ですから。どいてください」

 アリーザの体から這い出ると、雲一つ無い空から降り注ぐ日差しに目を細めた。

 壁も屋根も消し飛び、積んであった書物は散らばって燃えていた。

 ギルドの中庭で爆発が起きたにも関わらず、本部の建物からは誰も出てこなかった。

「人払いの術式?」

「それも特大のな。並の術者じゃこの威力は出せない」

 立ち上がったアリーザの服はまだ所々燃えていたが、意に介する様子もなく中庭の一角をにらみつけた。

「実力は健在の様子だね。アリーザ」

 アリーザの視線の先、誰もいないように見えた中庭の一角が蜃気楼のように揺らぐとそこから男が現れた。30後半から40前半に見える見た目に一般の冒険者が纏うような長持ちすることだけが取り柄のような服を着ている。

 だが、先ほど見せた隠蔽術式、それに歩き方一つとってもこの男が冒険者などではないことが分かった。

 そして、その容姿の特徴や技量にフレイは心当たりがあった。

「勇者、ギルバート……?」

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