第二部
第27話 昼食も業務の内
一度は逃亡まで真剣に考えたギルド職員生活の一週間目であったが、2週目以降は驚くほどに平穏であった。
今、フレイはギルド職員用の食堂にいた。
フレイの前にはトーストパンとスクランブルエッグ、申し訳程度のサラダがおいてあった。
メニューの名前はモーニングセットだが、今は昼食時である。 フレイが5日連続でモーニングセットを頼んでいたが、それはひとえにお金が足りなかったからである。
メイラによる呪術の治療にかかる費用は思った以上に高く給与からの天引きを考えるとこれ以上の贅沢はできなかった。
ちなみに朝食は水である。
そして今、フレイは苦痛に耐えていた。
もともと、故郷で冒険者をやっていたので過酷な食生活自体は苦ではない。フレイの苦痛の元凶は机を挟んで正面で食事をする女にあった。
「アン。そんなに食べて太らないの?」
「え? 嘘? 私太った?」
フレイの言葉に苦痛の元凶であるアンは面白いように反応した。
この反応に免じて許してやろうと思ったフレイは追い打ちをかけないことにした。
「太ってはないわ。多分」
「よかった~。びっくりしたよ。私太るようなこと何もしてないもん」
そう言いながら、アンは完食した大盛りの海鮮丼を脇によけてステーキ定食を食べ始めた。
「そういえばさ、窓口の仕事はどんな感じなの?」
「いつも通り、変わらないよ。いろんな仕事をクエストの形にして、承認もらって張り出すだけ。シャスの言ってた通り退屈かも」
「でも、冒険者と一番関わりがある仕事でしょ?その辺にやりがいはないの?」
「あ~、新人は窓口やらしてもらえないんだよね~」
一口サイズに切ったステーキをパクパクと口に放り混みながら、アンはつまらなそうにそう言った。
「そうなの?」
「うん。やっぱり冒険者ってすぐ死んじゃうから、その辺割り切れる前に受け付けやっちゃうと辞めちゃうんだって」
「そうなんだ……」
「でも、死ななそうな冒険者に関しては少し手伝わせてもらってるよ」
アンが不思議なことを言った。
死ななそうな冒険者などいない。もしそんな冒険者がいればフレイたちが必死にリスク算定を行う必要などないのである。
「死ななそうな冒険者って?言っておくけど、ベテランだからって死ににくいことなんてないんだからね。ベテランはその分危険な場所に行くからむしろ死亡率は上がるのよ」
「フレイちゃんたちがまとめてくれてるやつだよ。冒険者リスク評価表。あれすごい便利なんだよ」
「あぁ、あれね」
フレイは自分が衛兵の日誌からまとめた冒険者の素行に関する資料をもとにアリーザが別の資料を作成していたの思い出した。その資料の名前が冒険者リスク評価表だったはずだ。
「先輩たちがフレイちゃんのこと褒めてたよ」
「あれを作ったのは課長よ。私は作ってないわ」
既にステーキも食べ終わったアンが首を振って否定した。
「前からその資料はあったんだけどね、先週分の資料から計算の理由まで書かれるようになったんだって。フレイちゃんが入ったからじゃないの?」
「それは、たしかに……そうかも」
フレイは自分が現在受け持っている仕事の量を思い浮かべた。 フレイが持っている仕事も含めて今までアリーザが一人でやっていた訳ではなく。今までアリーザがえり好みをして手をつけてこなかった仕事なのだが、フレイが入ったことで仕事の質が上がっていることは確かだろう。
「でね、最近変なクエストが多いんだ」
「変なクエスト? 低レベルのモンスターを大量に狩れ、とか?」
フレイは、過去に経験したことのある中から一番妙だと思ったクエストを上げてみた。
この手の低レベルの特定モンスターを大量に求めるものは妙なモノではあるが珍しいモノではない。受注する冒険者からしたらリスポーンするのをひたすら待ち続けるという、多大な忍耐を要する作業にはなるが。
「そういうクエストはよく発注するよ。でもね、今回のクエストはダンジョンに入りすらしないんだよ」
「ダンジョンに入らないクエストなんて出して商人ギルドから横やり入らないの?」
冒険者ギルドと商人ギルドは双方ともにダンジョンからの産物を売ることを目的とする組織であり、時に協力し、時に対立していた。そんな二つの組織の棲み分けの一つにダンジョン内のビジネスは原則冒険者ギルド、ダンジョン外のビジネスは原則商人ギルドというものがある。
冒険者ギルドが、ダンジョン外で活動を行うクエストを発注した場合、商人ギルドから猛抗議を受け、ギルドの主な収入源であるダンジョン産品の運び出しにも支障を来すのである。
フレイの質問は、そのようなリスクはないのか?というものであったが、アンはその様なリスクがない理由をこう説明した「今回のクエストは、商人ギルドから来たやつを回してるだけだからね~。人が足りなすぎて冒険者の手も借りたいみたい」
「そうか、冒険者はギルドからしか仕事がうけられないからね」
「でね、その内容がおかしくてね。港から運び出した荷物を衛兵の練兵場に移動させるって内容なんだけど。それがもう凄い量なの!」
「それは、確かにすごいわね」
曖昧な返事をしながらもフレイの思考は様々な方向に向かって走り出していた。
そんなフレイの様子を興味がないものと受け取ったアンは、その後、後輩だけでなく先輩からも年上扱いを受けることを嘆き、昼食は終わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます