第21話 妖精

「ねえねえ。シャスを見かけなかった?」

 フレイは、ギルド中を走り回って一昨日に見かけた同期を見つけてはシャスの行方を聞いて回った。

「食堂で見かけた」と聞けば食堂に走り、「総合窓口のあたりで見た」と聞けば総合窓口に走った。

 そんなことを5回、6回と繰り返していくうちに、嫌でも何かがおかしいと思い始めた。


 話を聞いた同期全員が嘘をついていないとするとシャスは同時に5箇所に存在したことになるのだ。

 ギルドは広い。場所を移動していると考えるのも無理がある。 

「まさか、シャスも私を辞めさせたくないからちょろちょろしているの?」

 フレイにはシャスが自分を観察しているという確信があった。「知ってるわよ、妖精の能力でしょ。いや、そういうものなのかな。人が意識することで存在が確定される存在。だから人の意識の陰に隠れるなんてお手のものだよね」

 周囲一帯に薄く漂う自分を伺う気配をフレイは感じていたが、どうしても意識を向けることができない。

「シャス、あなたがどこまで知っているのか知らないけど、私はギルドを辞めて平穏に暮らしたいだけなの。邪魔しないでくれるとうれしいな」

 周囲の気配に揺らぎを感じた。揺らぎの箇所に意識を集中するがまだ捉えるには至っていない。

「そりゃあね。私にもギルドに希望をもってた時期はあったよ。お気楽だし人の役に立てるし。でも実際はどう?貧乏人から搾取してるだけだわ。これじゃあ、私の領地のダンジョンのほうがましじゃない」

 フレイははっとした。自分の周囲に漂っていた気配が急に消えたのだ。

 その代わりに視界の隅に走り去っていく小柄な妖精の姿を捉えた。

「あ!待ちなさい!」


 シャスは、フレイが見失うか見失わないかのギリギリの距離感を保ち続けた。たまに気配を見失ってもそのたびにフレイの視界に写るように動く姿に、フレイは自分がシャスによって誘導されているのではないかと疑い始めた。

 そしてその疑いは事実でもあった。


 既に日は西に沈みかけている。北の絶壁と東西の城壁が赤く照らされるのをフレイは港湾区画に積まれた荷物の上に横たわって眺めていた。

 既にフレイは自分が何のために港湾区画まで走ってきたのかが分からなくなっていた。

 ギルドから港湾区画まで本来なら馬車で移動する距離を強化されていない身で行ったのだから当然である。


「もう、どうでもいいかも……」とつぶやきながら、もしこのまま眠れば船に積まれてどこかに連れて行ってくれるのだろうかと、取り留めのない妄想に耽っていると。

「その程度の覚悟だったのですか?」と返事が聞こえた。

「意地が悪いわよ。シャス。こんなところまで連れてきて何がしたかったの?」

「まあ、見せたいものがあったので、時間になるまで追いかけっこに付き合ってもらいました」

 起き上がる気力すら失ったフレイとは対照的にシャスはいつも通りの穏やかな声だった。そもそも妖精に人間の常識を当てはめるのは間違っているが、それでも理不尽を感じざるをえない。

「で、見せたいものって?」

「あれです」

 シャスが大河に沿って並んだ膨大な数の桟橋の奥の方を指さした。

「たしか、あそこは」

「そうです。冒険者ギルド専用の桟橋です」

 ちょうどその桟橋には大型船が接岸しており、ギルド職員が何人も走り回っていた。その中にはアンや他にも見たことのある顔がいた。

「あんなの見せてどうしようって?次の犠牲者を運び込んでいるだけじゃない」

 二人の視線の先では、船からぞろぞろとぼろをまとった人々が桟橋におりていた。老若男女に限らず少数民族や亜人まで様々だが、一様に荷物は少なく顔もやつれていた。

「君には説明する必要はないかもしれないけど、彼らは元いた場所では様々な事情で生活できない人々だ。そんな彼らを冒険者ギルドは深く探らず迎え入れている」

「だから命がけで冒険をさせて搾取するのは正当化されるとでも言いたいの?」

 フレイのとげのある言葉にシャスは、こまったなとばかりに頭を掻いて見せた。

「搾取という言葉は些か恣意的だけどね。でも、彼らをそのままダンジョンに放り込んだらどうなるんだろうね?」

 フレイは改めて船から下りる冒険者候補たちを眺める。

 自前の武器を持っているものはおらず、身のこなしも戦士のそれとはほど遠い。

「死ぬでしょうね。一瞬で」

「そう。かれらはダンジョンで戦うしか生きる道はないのにダンジョンに潜れば確実に死ぬ。じゃあどうする?」

「さあ」

「ギルドが武器を貸して、訓練をしている。訓練の様子はアリーザと見に行ったんだよね」

 アリーザに気絶させられた状態で連れて行かれた訓練施設を思い出した。

「酷いものでした」

「アリーザは不器用だからね。冒険者はああやって訓練を受けて冒険に出る。でも、そのままの装備だとすぐ死んでしまうし、深くは潜れないよね。だからギルドがお金を貸して装備を買う」

「それが金融課の仕事ですか?」

 正直辞める仕事の内容の説明を今更されてもとは思ったが拒絶するほどの体力はない。

「そう、すぐに死んじゃう冒険者には誰もお金を貸したがらないからね。そのままだとみんな死んじゃう。だからギルドがお金を貸すんだ」

「じゃあ、なんで衛兵の日誌なんて調べるんですか?金を貸すだけならあんなことする必要ないじゃないですか」

「あれはね、衛兵にお世話になる冒険者とダンジョンで問題を起こす、つまりは死ぬ冒険者が概ね一緒だからね。そういう冒険者にはお金を貸さない。そのために衛兵の記録を当たっているんだよ」


 妖精は人間の意識の隙間に入り込む。

 だからだろうか、シャスの語るギルドや金融課の意義はフレイの意識にすんなりと入ってきた。

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