第20話 総務部人事課

 総務部人事課。

 ギルド職員247名の採用、教育、給与や休暇の管理、配属先決定や昇進判定を行う部署である。


 採用の時期や、人事異動の時期はそれこそ妖精の手でも借りたいほど忙しくなるが、それ以外の時期は平穏な部署であった。

 そんな平穏な部署の平穏を扉を蹴り飛ばしながら乱してくる人物が一人。

 私服を着てはいるものの採用面接にも立ち会った人事部の担当者はその人物に見覚えがあった。

「フレイさん、面接以来ですね。お仕事にはなれましたか?」

「辞めます!」

「え……」

 ギルド担当者の絶句をよく聞こえなかったからだと解釈したフレイはさらに大声を張り上げた。

「ギルドを辞めます!」

 今度は人事課のフロアにいる全員が何事かと顔を向けた。

「その、まだ入って3日目よね?」

「ええ、就職3日で無断欠勤1、無断遅刻1です。辞めさせてください」

「落ち着いて、フレイさん。まずは、なんで辞めようと思ったのか聞かせてちょうだい」

 まるでそれが合図であったかのように、見事な連携で目の前にお茶が用意され、問答無用で椅子に座らされた。

 両脇にはお茶と椅子を用意した職員が何をするでもなく立っておりフレイのことを眺めている。

 その立ち位置はフレイが脱走するのを阻止するかのようであった。

「あの、これはどういうことでしょうか?」

「わたしたちはね、フレイさんに辞めてほしくないの。

 新人を採用するのにはね、とっても費用がかかるの。

 分かる?それに、試用期間中に辞められるとね、担当した面接官の評価が下がるのよ?わたしのキャリアプランを乱す責任をあなたとれるの?」

「え?」

「第一あなた、面接のときも変なこと言ってましたよね。お金が稼ぎたいとか」

「いいましたけど……」

「迷惑なんですよね。ギルド職員という高尚な仕事について起きながら、物欲まみれで……」

「高尚なのでしょうか?」

 つい、人事職員の話を遮ってしまった。

「どういうことかしら?」

「ギルドという組織やその運営に携わる人々は本当に高尚なのかという問題提起です。各地から貧しい人間を連れてきて得体の知れ得ない洞窟で戦わせて戦利品を各地で売りさばいているんですよね。冒険者には正当な報酬を渡しているのでしょうか?結局ギルドという組織は貧しい人間に命を差し出させて搾取しているのではないですか?」

「あなた、そこまで言って、どうなるか分かっているでしょうね!」

「私は辞めさせてもらうためにここに来たんです。どうせ退職金ももらえないんですからさっさと首にしろよこのアマ!」

 人事職員は息を荒らげながら口をパクパクと動かしている。

 そのままにらみ合った末、息が整った人事職員がため息をついて言った。

「いいでしょう。好きなように辞めていただいて結構。しかし、新人が辞めるときにはルールがあるのです」

「ルールですか?」

「ええ、試用期間中に辞めるときは採用担当を通さなくてはいけないのです。この場合はシャスですね」

 一体どんな難題を押しつけられるのだろうかと思ったら、至極まっとうかつ簡単そうな要求であった。

「わかりました。今から話をつけてきます。ところでシャスさんはどこにいるんですか?」

 フレイはつい一昨日ギルドの施設を案内してもらった小柄な妖精のおじいさんを思い出した。

 あの見た目ならすぐ見つかりそうだ。

「さあ、わたしたちは見ていませんね。頑張って探してくださいね」

 そう言った人事職員はかすかに笑みを浮かべていた。

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