第19話 恐喝

 フレイを呼び止めた衛兵は、ニコニコと不審人物を警戒させないようにしながら巧みにフレイの逃走ルートを塞いできた。「えっと、なにか用でしょうか?」

「いや、別にね。用ってほどの用じゃないんだよ。ただ、こんな時間にギルドの職員の人がね、こんな寂れた場所をうろついている者だからね。おじさん、つい気になってしまってね」

 衛兵の制服を着ていなかったらただの筋の悪いナンパにしか見られない台詞を吐きながら衛兵はフレイとの距離を詰めてきた。衛兵の視線がフレイの体を舐めるように這う。

「ナンパですか?」

「そんな、とんでもない。僕は妻帯者だからね。衛兵団フリッツ連隊のアドというものだ」

 フリッツ連隊のアドと言う言葉にフレイは反応した。とっさのことだったので反応が表に出てしまった。

「どうしたんだい?」

「いえ、フリッツ連隊と聞いてつい。精鋭ですからね」

「おう、君見る目があるじゃないか。そう言ってもらえるとうれしいよ」

 完全に口から出任せであったが、アドは信じてくれたようであった。そもそも衛兵に精鋭もなにも存在しない。戦場がないのだから当然である。

「ところで話を戻すけど。昨日、どこで何をしていたか教えてもらってもいいかな?」

 一見ナンパ目的の衛兵であったが、仕事をすることを忘れてはいなかったらしい。

「昨日は、仕事をしていましたよ。たぶん」

 フレイは、ジャイアントオークと対峙したのが本当に昨日の出来事であるか確信が持てなかった。

「どこで、仕事をされていたんですか?」

「ギルドで……」

「へえ、本当ですか?」

 なぜ、こんなに疑われるのだろうかと思ってフレイは自分が犯したミスに気がついた。

 ギルドの制服は泥や血で汚れて酷い有様になっていた。

 怪しいどころの話ではない。

「いえね、我々も半信半疑なのですが昨日ダンジョンでギルド職員が暴れたあげく市街地に逃げ出したという証言があるのですよ。ちょっと詰め所の方で詳しくお話を伺ってもよろしいですかね?」

 衛兵はそのままフレイの手を掴もうとした。

 ナンパではない。その所作は容疑者に対して行うそれであった。

「フィリア・アンダルシア……」

 フレイのつぶやいた一言に対するアドの反応は劇的であった。「なぜ、その名前を!」

「あなたも大変ですね。奥さんがいるのに団長の愛人に粉かけちゃうなんて」

「いや、フィリアとは本気なんだ。いや、そうじゃなくて」

「どこに反論してるんですか。でも、事と次第によっては私の胸の中にしまいこんでもいいのですよ」

 アドはすがるような視線をフレイに向けた。

「大したことじゃありません。その、ダンジョンで暴れたギルド職員とやらについて詳しく聞かせてもらえますか?」

 アドは必死に自分の知っている情報をフレイに話した。もし、目の前のギルド職員の機嫌を損ねたら自分の上司の愛人を奪おうとしたことをばらされ浮気をばらされ、つまるところ人生が詰む。

「なるほど、衛兵としても真面目に捉えている人は少ないということですね。で、あなたは数少ない迷惑な真面目な衛兵であると」

「まあ、そういうことになるのかね」

「わかりました。では、あなたはダンジョンで暴れたギルド職員などいなかったという噂を流してください。明日になっても凶暴なギルド職員を探している衛兵がいたらあなたは社会的に抹消されます」

 アドは慌ててうなずくことしかできない。

「あと、適当な店で服を買ってきてください。目立たないやつ」

 いくら、ダンジョンで暴れたギルド職員の話を真に受けていない衛兵でも、泥と血にまみれたギルドの制服を着た女がうろついていれば職質をかけるだろう。そのたびに脅しのネタが都合良くあるとは正直思えない。

「あの……」

 服を買ってくるように頼んだアドが申しわけなさそうに両手を差し出していた。

「どうしたの?早く買ってきて」

「いえ、その。お金は……」

「あなたが出すのよ?他に質問は?」


 そしてフレイは怪しまれない服装を手に入れて、意気消沈する衛兵を背に冒険者ギルドを目指した。

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