第26話


 外は日が沈み、すっかり暗くなっていた。


 俺達はスポッチャを出て、予定通りイルミネーションを観に行くことにした。


 その場所に近づくにつれて人の数が多くなる。クリスマスにはまだ遠いというのにどうしてこれだけの人が集まるのだろうか。そう思ったけど、近くでやっていればとりあえず観に行く人はいるか。俺達もそうなわけだし。


「あれ?」


 そう呟いたのはひなただ。


「どうかした?」


「城戸くんと花園さんがいない」


「へ?」


 人の数が増えてきたので、はぐれないようにとひなたには意識を向けていたけれど、確かに改めて周りを見ると恭也達の姿が見えない。


「ほんとだ」


 探しても見当たらないところ本気ではぐれてしまったのだろう。これだけ人に囲まれていると仕方ないけど。


「はぐれないように気をつけろよ」


 多分、恭也と花園は一緒にいるだろうからあっちは恭也が何とかしてくれる。ここでひなたとはぐれるのが一番良くない展開だ。


 そう思って言ったんだけれど、するとひなたが手を差し出す。


「じゃあ、手、繋いで?」


 あのとき一度繋いだし、それから何度か重ねることで手を繋ぐことには慣れたはずなのに、どうしてか今この瞬間、緊張してしまった。どきどきする心臓を抑え、俺は彼女の手を取った。


「これでいいか?」


「うん」


 そのまま少し先まで進んでみる。

 もしかしたらどこかで二人の姿を見かけるかもしれないと思ったけれど、いくら進んでも見つからない。イルミネーションが見えてきても、やっぱり合流することはできなかった。


「電話してみるか」


 俺はポケットからスマホを出して電話をかけようとした。


 が。

 その手をひなたが掴む。


「どうかした?」


「……」


 俯いているせいで、ひなたの顔がよく見えない。が、彼女はゆっくりと顔を上げて俺をじっと見つめてくる。

 何も言ってこない。

 イルミネーションに照らされた彼女の瞳は何かを訴えてくるように揺れていた。


 言葉にはしてこないけれど。

 何となく、ひなたの思っていることが分かった気がした。


 鈍感な俺がそれに気づいたのは、もしかしたら俺も同じ気持ちだったからなのかもしれない。


「まあ」


 やはり、ひなたは何も言わない。

 だから俺が言う。


「この人の数じゃどうせ合流するのも一苦労だろうし、諦めるか」


 少しだけでも、二人でいたい。

 この景色を二人で楽しみたい。

 俺もそう思っていた。


「……うん」


「それに、花園は今頃喜んでるかもしれないしな。恭也と二人になれたわけだし」


「かもね。じゃあ、もうちょっとだけ二人でいよっか」


 ひなたは嬉しそうに言った。

 イルミネーションに彩られ、カラフルに照らされたひなたの顔はどうしてか、これまでよりもずっと可愛く見えた。


 不思議だった。

 自分でもこの感覚がどういうものなのか分からなかった。


 分からないことは考えても仕方ない。だから、今はとりあえずこの景色を目に焼き付けることにしよう。


「綺麗だね。この景色を咲斗くんと見られて、わたしは幸せだよ」


 文化祭のあの日、香月ひなたは俺に告白してくれた。


 彼女はそれからも、何度も何度も俺にいろんなアプローチをしてくれた。

 それを良くは思っていなかったけれど、自分から何かをする勇気がなくて何もできなかった。


 その勇気がないっていうのは、結局のところは嫌われたくないだけだった。本当の自分を曝け出して、自分の中にある欲を知られて、離れられるのが怖かった。それだけなんだ。


 俺がそんなことで踏み出すのを躊躇っていたとき、彼女は変わった。


 俺の隣にずっと立っていたいから。

 ただ、その理由だけで彼女はこれまでの自分を脱ぎ捨てて新しく生まれ変わったのだ。


 俺は自分が恥ずかしくなった。

 それからは頑張った。


 頑張っても、何もできなくて、結局ひなたに助けられて。

 でも、勇気を出して一歩踏み出したら世界は変わった。


 俺も変われたんだ。


「俺も。もっと、いろんな景色をひなたと見たいと思うよ」


 我ながらこっ恥ずかしいセリフだと思った。

 でも、言わないと伝わらない。


 言葉にしなくても伝わるなんてのは幻想だ。伝わっていると思い込んでいる奴らの妄言でしかない。


 気持ちは、言葉にしないと伝わらない。

 つまり、言葉にすれば相手に届くんだ。


 それが分かったから、恥ずかしくても言葉にする。


「わたしも。同じこと思った!」


 ぱあっと笑顔を浮かべてはにかむひなた。


「行きたいとことか、やりたいこととか、何でも言ってくれよ。可能な限りは叶えていくからさ」


「咲斗くんもだよ? わたしに遠慮なんかしないで、何でも言ってね?」


 言ってから、ひなたは思い出したように「あ、じゃあ」と付け足す。


「一つだけいいかな?」


「ん?」


「やりたいこと」


「うん」


 なんだろうか。

 ひなたは周りをきょろきょろと見渡す。


 その横顔はどこか緊張しているようにも見えた。ひなたは突然恥ずかしいことを思い切ってしてきたりするから油断ならない。


 受け入れはするけれど、心の準備はしたいからできれば先に宣言してほしいんだよなあ。


「ちょっと耳貸して?」


「うん?」


 言われて、俺は膝を曲げて彼女の顔に自分の耳を持っていく。


 そのときだ。


 くっと背伸びをしたひなたの顔が俺の耳に近づく。


 いや、正確に言うならば、彼女の顔が俺の顔に近づいてきた。


 そして、俺の頬に柔らかくて温かいものが当たる。


 一瞬だった。


 何が起こったのか、そのときは理解できなかった。


 ぱっと距離を取って、顔を真っ赤にしてこっちを見つめるひなたを見て、俺はようやく事態を把握した。

 自分の頬にそっと手を当てる。多分、ひなたと同じくらい顔が赤くなっていることだろう。


「な、なな、なんで?」


 何とか絞り出した言葉は動揺で震えていた。


「さっき、その……できなかったから」


 というと、恭也とバスケ対決したときのことか?

 あれ本当にひなたが言っていたのか。一体、花園とどういう話をしたらこんなことになるんだよ。


「今日は楽しかったから。それと、これからもよろしくねって思って!」


 顔を真っ赤にして、ひなたは早口に言う。

 また先を越されてしまった。


 いつも彼女は俺の予想を超えて、一歩踏み込んできてくれる。


「こちらこそ、これからもよろしく。俺、もっと頑張るから。ひなたの隣にずっといられるように、もっともっと頑張るから!」


「わたしも。もっともっと、もっっっと! 頑張るね!」


 俺達の恋物語はまだ始まったばかりだ。

 これまでだっていろいろあったけど、これから先ももっといろんなことが待っている。


 それは楽しいことだけじゃなくて、もしかしたら苦労することや辛いことだってあるかもしれない。


 けれど、彼女と一緒ならばどんなことだって乗り越えられるはずだ。


「ぷ、ふふ」

「あはは」


 何がおかしかったのか、俺達は二人同時に吹き出して、そしてこみ上げてきた笑いを見せる。




 きっと、昨日よりも今日、今日より明日、もっと君のことを好きになる。


 楽しそうに笑うひなたの顔を見て、俺はそんなことを思った。


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