第21話
台所に立つひなたと小咲。
俺はキッチンにあるテーブルのイスに座らされていた。
「このホットケーキミックスを使って、お兄が満足するホットケーキを作った方が勝ちです。見事あたしに勝利することができたら、そのときはお兄の彼女として認めてあげなくもないです」
認めない奴の言い方なんだよなあ。
「やめとけよ。お前料理できないだろ」
そもそも、小咲は手先が不器用だ。
「お前がひなたに女子力対決で勝てるはずがない。今ならまだ間に合うから別の勝負にしとけ」
「咲斗くんは小咲ちゃんの味方なのかな?」
「当然です。だよね、お兄?」
「ノーコメント」
どっちと答えてももう片方から何か言われることが明らかなので俺は答えることを放棄した。
ひなたはてっきり適当に付き合ってあげるかくらいの気持ちで小咲の挑発に乗ったものだと思っていたが、想像より真剣に向き合っている。つまり何かというと、厄介だと言うことだ。
「それじゃあ始めますよ」
小咲の合図で二人の戦いが始まった。
俺は本当にすることがないらしく、その場で待機させられることに。
座ったまま何もしないというのはある種疲れることだ。まして、目の前で彼女と妹がバチバチやりあっているのだから気疲れする。
「……えと、これをこうして」
テキパキと準備を進めるひなたの隣で小咲は作り方を見ながらゆっくりと作業をする。
さすがは普段から料理をしているひなただ。この時点で既に彼女の勝利は決まったようなものだけど、小咲は妙に自信満々だったから何か策があるのかもしれない。
どうせ何を言っても勝負は止まらないだろうし、こうなったらせいぜい楽しませてもらおう。
「牛乳を入れて……って、うわ」
ドバドバと牛乳を入れ過ぎてしまう小咲。
失敗はそれだけでは終わらず、
「次は卵か……ああっ」
パキャっと強く握ってしまったのか持っていた卵は割れてしまう。
もう一つの卵を手にして割ると、しっかり殻が侵入してしまう。慣れると大したことはないが、不慣れだと卵を割るのも難しいからなあ。
それに比べてひなたはさすがだ。
卵なんて片手で割っていたし、殻なんて一欠片も入っていない。
「次はホットケーキミックスを……って、あ!」
同じミスを当たり前のように繰り返す小咲。
今度はホットケーキミックスをこぼしてしまう。
この時点で既に小咲はホットケーキを作るところに辿り着かないことは何となくお察しだ。
ていうか、あの状態から出来上がったホットケーキは食べたくない。
「う、うう」
しゅんと落ち込みながら瞳を揺らす小咲。
そんな横顔を見ていると、俺はどう声をかけたものかと考えてしまう。
言い方は悪かったけど、俺のことを思って言ってくれたんだろうし、ホットケーキだって俺に食べさせようと不慣れなのにあんなに頑張っている。
どんなに不味くても食べてやろう。
俺がそんな覚悟を決めたとき、ひなたが手に持っていたボウルを置いて小咲の方を向く。
「それじゃあさすがに作れないね」
すると小咲はムッとした顔をする。
「なんですか、自分の勝ちだって言いたいんですか?」
逆ギレを見せる小咲だったが、ひなたはそんな言葉にかぶりを振る。
「そんなんじゃないよ。せっかくお兄ちゃんの為に一生懸命作ってるんだもん、勝ちも負けもないんじゃないかな。ほら、こっちにまだあるから……一緒に作ろ?」
あの天使、俺の彼女なんだよな。
良い人過ぎませんかね? 小咲もさっきまではむくれていたのに、今となってはぱあっと顔を明るくしている。
さっきまで意地悪な姑のような態度を取っていたことを恥じているのかもしれない。
「いいんですか?」
しおらしく言う小咲に、ひなたは笑顔を浮かべて頷く。
「もちろん。美味しいって言ってもらお?」
「は、はい」
そこからは、ひなた指導のもと、小咲が主導で進んだ。
不慣れながらもひなたのサポートを受けて何とか形にしていく小咲。ホットプレートであとは焼くだけのところまでいっても、焦がすというお約束のミスはしっかりと踏んでいく。
それでも苦労の甲斐あって、何とかホットケーキが完成する。
小咲が作ったものとひなたが作ったものは見分けがつくほど違いがある。
ひなたのものはお店でも出てきそうなくらいに綺麗だし、小咲の焼いたものは焦げてたりして不格好だ。
テーブルに並べて三人で実食タイムに突入する。
「あの、あたしこれ食べるから……」
言って、小咲が自分で焦がした分を手元に持っていこうとする。
俺はそれを止めて、自分のところに持ってくる。
「これは俺が食うよ」
「でも」
「せっかくお前が作ってくれたんだ。食べなきゃ損だ」
小咲が何か言う前に俺はフォークで刺して口に持っていく。
割と大きめなサイズだったけど全部口の中に放り込んだ。焦げた部分は当然ながら苦い。
しかしそれでも味はしっかりホットケーキだ。
普通に食べれる。
「うん。美味い」
俺が言うと、小咲は照れながら俯く。
「よかったね、小咲ちゃん」
「うん……お兄、別に気を遣わなくてもいいのに」
ぼそっと、そんなことを言う。
自分の作ったものが美味しいはずがないと思い込んでいるのだろう。
確かに失敗は重ねていたけど、不味くなるほどではない。
「妹にそんなもん遣うか」
そして。
ホットケーキを食べ終える頃には、ひなたと小咲はすっかり打ち解けていた。
ひなたの方は元々好意的であったわけなので、とどのつまりは小咲側の警戒心が解けただけだ。
どうなるかと思ったが、何事もなく終わってよかったと、俺は胸を撫で下ろす。
その後、暫くしてひなたは帰ることに。
「もう帰るんですか? 晩ご飯食べていっても」
「ううん、お誘いは嬉しいけどうちもママが心配するから。また今度一緒に食べさせてもらうね」
即落ち二コマレベルの変わりっぷりだ。
小咲は警戒心は強いが、受け入れた相手にはとことん甘える。俺的には妹が受け入れてくれてよかったと密かに思っている。
「それじゃ、駅まで送ってくるから」
外に出ると、空はすっかり暗くなっていた。街灯が照らす道を二人で歩く。さすがにこの時間になると冷える。上着を一枚羽織ってくればよかったと後悔する。
「なんかごめんな、妹が変なこと言って」
「いやいや、追い返されたりしなくてほっとしたよ。最初はよく思われてないみたいだったけど、ちょっとは仲良くなれたかな」
「小咲はあんまり人に懐かないから、初日であそこまで仲良くなったのは珍しい」
「そうなんだ? それはよかった」
「よかったの?」
「そりゃあ、彼氏の妹さんだもん。嫌われたくないよ」
なるほど。そうハッキリと言われると照れる。
「結局、ブルーレイは観れなかったね」
「そうだな。それはまた次の機会ってことで」
俺が言うと、ひなたは何やら嬉しそうにニコニコしている。
「なに?」
気になったので訊いてみる。
「いや、また呼んでくれるんだなって思って」
「……まあ、小咲も懐いたみたいだしな」
両親がいない日はたまにあるし、そういう日なら呼んでも問題ないだろう。
「次はぜひ、ご両親に挨拶させてね」
「それはちょっと……」
やはり恥ずかしい。
しかも絶対に面倒なからかい方してくるのが明らかだし。バレると困るので、口を滑らせないよう小咲にはしっかり言っておかないと。
そんな俺の反応は分かりきっていたのか、ひなたはくすくすと笑うのだった。
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