第20話


 うちの両親は仲が良く、月に一度は二人で外食に行く。


 その日が今日であり、いつもならば小咲と二人で適当に済ますのだが今日は小咲も友達の家に泊まりに行くとかで家を空けるらしい。

 結果、家に誰もいないという状況が完成するのだ。


「ほんとにお邪魔して大丈夫?」


「ああ。逆に今日以外はチャンスがない。両親も妹も揃っていない日なんて当分はやってこないだろうから」


「そういえば昨日言ってたね」


 ひなたは少し考えるようにぼそりと呟いた。

 いつもならば駅まで見送ってさよならだが、今日は学校からそのまま俺の家に向かっている。


 自転車はあるが二人乗りは危ないので、押して歩いて帰る。


「あ、いや、だからと言って別に何かするつもりはないよ? 本当に変なこととか全然しないし! ただ一緒にブルーレイを観ようってだけだよ!」


 ひなたの考えを察した俺は咄嗟に言い訳というか弁明をする。


 本当にそんなつもりはないのだ。

 最近ようやく手を繋げるようになった俺達にはまだまだ段階というものがある。

 さすがにそれらをすっ飛ばしてやれるほどの経験と度胸は持ち合わせていない。


「……変なこと、してもいいんだよ?」


「うへ?」


 囁くようにひなたがそんなことを言うので、俺は思わず変な声を出してしまう。


 すると、彼女はおかしそうにくすりと笑った。しまった、からかわれたんだ。


「咲斗くん、変な顔」


「……あんまりからかうもんじゃないぞ?」


「あはは、ごめんね」


 そんな話をしている我が家に到着する。

 といっても十四階建てのマンションなので我が家というにはもう少し進む必要がある。エレベーターに乗り込んで十四階へと向かう。


「最上階なんだね?」


「ああ」


「景色とか綺麗なんじゃない?」


「んー、どうなんだろ。あんまり興味ないから見ることないかな。ただ、夏は近くでやってる花火とか見えるよ」


「いいなあ、羨ましい」


 小さい頃からずっと見てるからもう何も思わなくなったけど。

 外に出て花火をぼーっと眺めるのは夏の恒例行事のようなものなのだ。俺が見たいというよりは小咲に無理やり付き合わされる。


 エレベーターを降りて、家の前まで歩きながら考える。


 昨日のうちに部屋の掃除は軽くしておいた。変なものも全部隠したから、見られて困るものはないはずだ。ファブリーズも吹きまくったし問題はない。うん、パーフェクトなはず。


 カギを開けて、いざ中へ。


「どうぞ」


「あ、うん。おじゃまします」


 ドアを開けてひなたを中に招き入れる。彼女は誰もいないだろうに、一応ぺこりと頭を下げながら玄関に入った。


「いらっしゃい」


「ん?」


 なんだ、今の声。


 どうして家の中から声がしたんだ? 誰もいないはずなのに。


 しかもさっきの声は明らかに小咲のものですね。妹の声を聞き間違えるようなお兄ちゃんではない。

 つまり、どういうことだってばよ?


「お兄様。そちらの方はどなたですか?」


 にこりと笑った小咲が立っていた。


 まるでそこにスタンバイしていたようだが、いつ帰ってくるかも分からない俺達をずっと玄関で待つようなタイプじゃない。

 ならたまたまここにいたのか? いや、こんなところに用事なんてないはずだ。

 あ、そうか、今から出掛けるんだ。いやいや、それにしては荷物を持ってないし明らかに部屋着だ。


 そもそも聞いていた話だと放課後そのまま友達の家にいくはずだ。

 疑問しか出てこない。


「あ、えっと」


 やばいなあ。

 こんな状況は想定していなかったから言葉が全然出てこない。

 俺ってやつは、アドリブに弱すぎるぜ。


 そんな俺を見てか、隣に立っていたひなたがスッと前に出る。


「はじめまして。香月ひなたです。咲斗くんとは、その、お付き合いをさせてもらっています」


「ヴェア!?」


 衝撃のあまり普段出さないような声を出す小咲。


「あ、う、え、彼女?」


 予想外の答えだったのか、小咲は狼狽える。


「はい」


 はっきりと答えたひなたの言葉に小咲は「……女友達とかだと思ってた」と小声で呟く。

 どうやら俺が女の子を連れてきていることは分かっていたらしい。ああ、もしかしてベランダから見ていたのか?


それでも彼女だと思っていなかったところ、俺に彼女なんか出来るはずがないという決めつけは凄まじい効果を発揮しているな。


「本当なの、お兄?」


 俺の方を向く小咲に俺は無言で頷く。

 すると、小咲はガクリと膝から崩れ落ちた。


「そんな、お兄に彼女がいたなんて……」


 落ち込んだようにブツブツと呟く小咲にひなたが何か声をかけようとした、まさにそのとき、小咲がおもむろに立ち上がる。


「お兄に彼女がいるなんて認めない!」


 ビシッとひなたを指差す小咲。

 それにビクッと驚いたのはひなただ。


「えっと、それはどうすれば」


「お兄の彼女に相応しいかどうか、あたしが見極めてあげる!」


 なぜお前に認められなければならない。

 俺はそうツッコもうとしたのだが、ひなたが先に発言をする。


「わかりました! 頑張ります!」


「いや、別にいいよ付き合わなくても。放っておいたらいいから。ていうか、小咲は今から出掛けるから」


 確実に面倒くらい展開になるのが目に見えているので何とか阻止したい。

 そもそもそんなことをする必要はないのだ。ひなたには今日はお客さんとしてお饗しを受けてもらわないと。


「あ、その予定キャンセルになったの。だから心配しないでもどこにも行かないよ」


「だから家にいるのか」


 納得だ。


「昨日言おうとしてたのにお兄が追い出すから」


 それで昨日は部屋に押し掛けてきたのか。たまに何の用事もなくやってくるからその類の訪問だと勝手に決めつけていた。ちゃんと話を聞いておけばよかったと今更ながら後悔する。


「ということだから!」


「ということだからじゃない。彼女はお客さんなんだぞ。失礼なこと言うんじゃない」


「大丈夫だよ、咲斗くん」


 俺と小咲の間に割って入るようにひなたが言う。


「認めさせてみせるから」


 あれ、もしかしてちょっと燃えていらっしゃいます?


 どうやら変なスイッチが入ってしまった我が妹と彼女の戦いが始まろうとしていた。平和に片付けばいいんだけど。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る