第19話


「具体的にどうして欲しいかって言うとさ、デートがしたいんだよね」


 授業が終わって次の授業が始まるまでの僅かな休憩時間、特にすることもなくぼーっと外を眺めていると花園に呼ばれた。

 教室では何だからと廊下に連れ出される。俺が花園に呼ばれる用件なんて今朝話していたことくらいだから不安はなかった。


「それくらいなら別に部活帰りとかにコンビニ寄ったりしたらいいんじゃないの?」


「仮にも彼女がいる男から放課後デートの候補にコンビニを出されるとは思わなかったよ。榊は彼女とコンビニに行って楽しいわけ?」


「ん? うん。たまに行くけど」


「くそ、恋人持ちはそれだけでも楽しめるのか」


 悔しそうにギリッと歯を鳴らす花園。


「想像してみろよ。好きな人とコンビニでアイスでも買って食べながら話してるところ」


「……」


 腕を組んで想像している花園の口元が僅かに綻んだ。


「思ったより悪くない」


「だろ?」


「でもそうじゃないの! 私が言ってるのはもっとデートっぽいやつなの!」


「部活帰りに喫茶店とか行けば?」


「まず部活帰りっていうシチュエーションやめようか。誰が動き回って汗かいた状態でお茶したいと思うのさ?」


「でも、今日の部活もしんどかったねーみたいな感じで二人でゆっくりするのも楽しいと思うけど?」


「……」


 再び腕を組んで想像する花園。


「確かに悪くない」


「だろ?」


「でもそうじゃないの! ハッキリ言うと休日にしっかりデートがしたい! でも私が誘うと警戒されるから榊からそれとなく自然に誘ってその機会を作ってほしいの!」


「ふむ」


 確かに休日にデートに誘うのは「帰りにマックでも寄らない?」とはハードルが違いすぎる。


 俺も最近までそのハードルに怯えて行動できなかった側の人間だからよく分かる。それに加えてデートに誘うことで「こいつも俺のこと好きなのか?」みたいに思われるというのも一理ある。


 まずは普通に友達として仲良くなるために、俺を介するというのは悪い案ではない。

 俺の知る僅かな情報から考えても花園倫子はいい子だし、応援するのは吝かではない。


「あ、あと言っておくけどこのこと他言無用だからね?」


「別に言ったりしないよ」


 どのタイミングで花園が恭也に好意を抱いているという話をするというんだ。


 これでも口の堅さには自信がある。

 ただ……。


「言うなと言われれば俺は誰にも言わない。そこは信用してくれていいよ」


「そう? ならいいんだけど」


「けれど、一つだけ……これはお願いなんだけど、俺の彼女には言ってもいいかな?」


「どうして?」


「……この状況の説明が上手くできそうにないから」


 俺の視線が自分の後ろの方に向いていることに気づいた花園はそちらを振り返った。


 そこにいるのは香月ひなた。教室のドアから顔だけを覗かせてこちらを睨むように見ている。


「ああ、そういうことね」


「うん」


「いいよ。悪い子じゃないのは明確だし」


「そうなの?」


 ひなたと花園に接点はなかったはずだ。

 俺が言うのもなんだけどひなたがクラスメイトと話しているところはあまり見ない。


 それに今でこそああだけど以前は地味めな雰囲気で誰も興味を示さなかった。だから、花園がそう言ったのは意外だった。


「うん。見てれば分かるよ。ていうかあれだね、榊はほんとに香月さんと付き合ってるんだね?」


「どういう意味だ?」


「んー、きみには勿体ないなって」


 冗談混じりにそんなことを言ってくるので俺も笑って返す。


「それは俺も思ってるよ」


 そして二人して笑い合う。

 すると教室のドアの方から放たれる殺気のようなものがさらに大きくなるのを感じた。


「愛されてるね」


「……そうだといいけど。ちょっと行ってくる」


 俺は急いでひなたのところに駆け寄る。

 俺が行っても、むすっとした表情を変えるつもりはないらしく、つんとした態度を取ってくる。


「ずいぶん楽しそうにお話してたけど、どうしてこっちに来たのかな?」


「あんなに見てこられたら気になるよ」


「そもそもわたしは朝のことも納得してないんですけど」


 今ここで花園と話していることというよりは朝に二人で話していたことの方がフラストレーションが大きそうだ。

 もちろん、それに加えて今だから合わせてのことだろうけど。


 その段階では花園との事情を話すわけにはいかなかったので「握力勝負をしていた」と咄嗟に誤魔化したのだが、それで誤魔化されてくれるひなたではない。とはいえそれの一点張りで何とか諦めさせることができた。


 そのツケが今に回ってきてるのだけれど、今は事情を話す許可を貰ったから説明できる。

 もちろん、花園の着替えを覗いてしまったという事実は隠させてもらうが。


「それについては最初に謝る。嘘をついていた」


「だろうね。咲斗くんが花園さんと握力勝負をする謂れはないからね」


 ですよね。

 自分でも言ってて無理あるなあと思ってたし。


「実は――」


 俺はたまたま目が覚めたから朝早く登校したこと、するとたまたま花園がいたこと、彼女が恭也に好意を抱いていること、その恋愛を成功させる作戦の一つとして俺に協力を申し出てきたこと、今はそれについての相談をされていたことを一から説明する。


 全てを聞き終えたひなたは納得したのは、小さく息を漏らす。


「そういうことなら、まあ許してあげる」


 何を許されたのかは分からないが、納得していただけたようだ。


「ほんとに、ちょっと……ていうかだいぶ不安だったんだから」


 うるうると瞳を揺らしながら俺を見てくるひなた。


「というと?」


「咲斗くんが浮気してるんじゃないかって。花園さん綺麗だし、わたしと違って面白いし明るいし」


 ああ、そういうこと。

 そんなの絶対にないのに。


「心配しないでも、俺が好きなのはひなただけだよ。そもそも他に俺に言い寄ってくる女子なんかいないけど、仮に百歩譲ってそういう女子がいたとしても俺はひなた一筋だから」


 彼女の手を持って、しっかりと目を見て伝える。

 あの日のデート以来、手を繋ぐことには慣れてきた。これは俺にとって大きな成長であると考えている。


「咲斗くん……」


 ひなたも目をきらきらと輝かせて見つめ返してくれる。


「あのー、二人の世界に入るのはいいんだけどそろそろ戻ってきてもらってもいいですかね?」


 そんな俺達の間に割って入ってきた花園が遠慮がちに言う。

 言われて、俺達はハッとして我に返った。


「そういうことなの。榊に対しては何も思ってないから安心してね。香月さん」


 ひなたに微笑みかける花園。


「うん。わたしの方こそ、変に疑ったりしてごめんなさい」


 ひなたも謝る。

 すると二人はふふふと楽しそうに笑いあって恋愛について雑談を始めた。恋する女の子同士、いろいろと通じたものでもあったのかもしれない。


 ひなたがクラスメイトと仲よさげに話している光景は新鮮で俺は少しだけ嬉しくなっていた。


 これを機に、花園と友達になれればいいんだけどな。


「榊とは本当に何もないからね。今朝も着替えを見られちゃったんだけどさ、榊は全然興奮とかしてなかったから!」


「あ、おい」


 余計なことを言うな、と俺は花園を止めようとしたのだが時既に遅し。

 花園はつらつらと全てを語りやがった。多分文脈的に悪気はなく、どころかフォローをしてやろうという気持ちだったんだろうけど、全部裏目に出る未来しか見えねえ。


「咲斗くん、それはどういうことかな?」


 ほら見たことか。


 ……これ絶対に怒られるやつじゃねえか。

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