第18話
俺が登校する時間は様々で、眠かったらギリギリの時間だし、逆に何故か早く目が覚めた日は早い時間に登校する。
こればかりは気分とかしか言いようがなく、その日は早い時間の登校だったので廊下もまだ静かで、他の生徒も僅かしかいなかった。
もしかして教室開いてないんじゃね、と思いながらとりあえず向かう。教室は一番乗りの生徒がカギを開けるというルールなので、そうなると非常に面倒である。
朝の教室のドアは開いていることが多いのは生徒の出入りが激しいから開け閉めがいちいち面倒という理由からだろう。
だから、教室前に到着したとき、ドアが閉まっていることに俺は思わず溜息をついてしまった。
何が面倒って、ここから職員室が遠いことだ。
わざわざ取りに行くくらいなら誰かが持ってくることを信じてここで待っていた方が得策なんじゃないかと思えてくる。
だいたい教室のカギを開けるのは同じ奴だろうし、そいつは迷いなく職員室に寄るだろうから。
とはいえ。
もしかしたらたまたまドアが閉まっていただけでカギは開いているという可能性だってゼロではない。一応、ドアに手をかけて開こうと試みる。
すると。
ガラガラ、とドアは当たり前のように開いた。
「なんだ、誰かいたの……か」
思わず言葉を失う。
結論から言うと、教室の中には一人、生徒がいた。
名前は確か花園倫子。
読みはトモコだが、漢字的にリンコとも読めるため、あだ名としてそっちで呼ばれているイメージが強い。話したことはあるが、数回程度で特別仲がいいということはない。
茶髪のミドルボブ。身長はわりと高い方だろう。少なくともひなたよりは高い。スレンダーという言葉がよく似合うスタイルで胸はランクでいうなら貧乳だろう。
彼女は女バスに所属していたはずだ。明るく、気さくで誰とでも仲良くなっているイメージ。
その気さくさもあって、俺も数回話したことがあるのだ。
白のシャツにハーフパンツ。恐らく部活の練習着だろう。リボンのついた水色の下着は何となく俺が彼女に抱くイメージとは違っていた。
どうして彼女の下着の色どころかリボンがついていることが分かったのかというと、それは彼女が絶賛お着替え中だったからである。
女の子特有の手をクロスさせて服を脱いでいる真っ最中でおへそから下着までがしっかり露出していた。
だから俺はそこまでを把握することができたのだ。
つまりどういうことかというと、俺が大ピンチってことだな。
「あの、えっと」
言い訳が出てこない。
人間、本当に驚いたときはリアクションなんてできないもんだよ。
「とりあえず一旦出ていってもらっていいかな。話はその後にするから」
恨めしそうに睨まれてしまう。
大声上げて警察に通報されなかっただけマシか。
いや、警察はないにしてもこの後しっかり先生に報告される可能性はある。俺の人生がこんな形で終わることになるなんて思わなかった。
クラスメイトの更衣シーンに遭遇するという展開は漫画なんかでもたまに見るけど、あれはフィクションだからいいんだな。実際に遭遇するともう心配と不安しかない。
「いいよ」
中から声をかけられ、俺は恐る恐る入室する。
めちゃくちゃに怒っているのかと思ったが、自分の席に座っている花園の雰囲気は意外と柔らかいように感じた。
「えっと、なんでここで着替えてたの?」
何と声をかければいいのか分からず、俺はそんなことを訊いてしまう。
「朝練があると思って早めに来たら今日は中止になってたみたいでね。ちょっとだけ走って着替えようとしたら部室が開いてなくて。この時間なら教室誰もいないし、そこで着替えよって思ったわけ」
「なるほど。そこにタイミング悪く俺が登校してきたってわけだ」
「その通りだね。結果、私の超激レア更衣シーンを目撃することになったわけだけど、感想は?」
「大変申し訳無いと思っている所存であります」
「ふむ」
やはり、問題のシビアさに比べると花園の怒りはそこまで激しくないように見える。俺が謝罪の意の言葉を伝えたところ、腕を組んでそう唸るだけだった。
「榊は女子高生の着替えを覗く罪の大きさを理解しているのかね?」
「まあ、謝って許されることではないのかもしれない、とは思ってる」
ビンタ一発で済めばラッキーって感じかな。
それはラブコメ的なオチであって、これはあくまでも現実。待っているのはどんな制裁なのだろうか。
「そうだね。普通ならば大きな問題になるかもしれない問題だよ。でも、私もそこまで鬼じゃあない。クラスメイトのよしみで許してあげないでもない」
「はあ」
「私の言うことを聞いてくれたらね」
来たよ。
まあ俺としては手っ取り早くて助かる展開だけど。一週間パシリとか、荷物持ちとかそういうのだろうか。それくらいならば全然やってやろうじゃないか。
「その条件っていうのは?」
「榊って恭也君の友達だよね?」
「うん、そうだけど」
どうしてここで恭也の名前が出てくるんだ? と疑問を抱いてしまうが、次の瞬間にその疑問は一気に吹き飛ぶことになる。
「私と恭也君の進展に協力してもらおうか」
にっと笑いながら花園が言う。
「それってどういう意味の?」
「もちろん、恋人的な意味だよ」
わずかに頬が赤いのは、ランニングの後だからという理由ではないだろう。
彼女の顔は、声は至って真面目。それだけ真剣なのだということが伝わってくる。どうせなら脅しとかじゃなく相談してほしかったけど。
しかし。
「恭也は多分誰とも付き合わないよ」
あいつは今、部活一筋だ。どんな相手であっても付き合ったりはしないだろう。中学の時もそれで彼女を作ることはなかったし。
「部活に真剣に取り組みたいから、だよね?」
「うん」
まあ、女子ならばそれくらいの事情は把握しているか。
恭也に告白する女子は一定数いるし、その度に恭也はその理由を以ってお断りしているはずだ。ならば噂になるのは当然だろう。
「邪魔にならなければいいと思うんだよ。何なら、同じように部活に向き合っている女の子ならば励まし合ったりもできるし、疲れたときに寄り添い合える相手がいるというのは悪くないんじゃないかな」
「確かに」
言っていることは間違いではない。
恭也が危惧しているのは部活の邪魔になることだろうし、花園の言う通り同じような目標を持っている相手であれば励まし合い、寄り添い合い、支え合えるかもしれない。
「だから、別に諦めるつもりはない。でも、いきなり接近したら恭也君は警戒するでしょ? だから、榊からそれとなくアプローチしてほしいんだ」
自分の恋愛さえ上手くアプローチできていないのに、他人の恋愛事情に首を突っ込んでいる余裕はあるのか?
「一応訊くけど、その申し出を断ったら?」
「きみの彼女に今日のことをチクる」
「……頑張ってサポートさせてもらうよ」
俺が一番困るところを的確に突いてきやがる。これが全て嘘っぱちならば全否定して何とか理解してもらうところだけど、実際に見ちゃってるだけに言い訳しづらい。
「よろしくね。ま、今朝のことは忘れて仲良くしようよ。榊もあれでしょ、女子の友達とかいた方がいいでしょ?」
確かに、女子の意見を聞けるのは大きい。俺はまだまだ経験不足だし、女子のことを理解なんてできていない。
ひなたのことで悩むことはこれから先もあるだろう。そんなときに助けてくれる存在は非常にありがたい。
「そうだな。そういうことなら、よろしく」
スポーツマンだからか、花園は握手を求めてきた。
あまりにもナチュラルに手を差し出してきたものだから、俺も何も考えずにそれに応じた。彼女の距離の詰め方は本当に上手いと感心してしまう。
「一応言っとくけど、こんな事件がなくても榊に協力してもらうつもりだったよ。下手に出る手間が省けて助かったけどね」
「俺も、こんな条件で着替えを覗いたことが帳消しにできるんなら有り難い話さ」
二人してフフフと笑いながら握手をする。
そんなとき、タイミング悪く教室に入ってきたのが香月ひなたでなければ本当に平和に物事が終わったことだろう。
「……何してるのかな?」
ゴゴゴゴという擬音がバックに浮き出ているくらいの迫力で俺と花園を睨むひなた。花園もしまったという顔をしているものだから、なおのこと誤解を招いていることだろう。
はてさて、どう言って誤解を解こうかな。
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