間章3


 俺がバイトに行く日、香月ひなたは必ず店の前まで見送ってくれる。


 そこで別れるのがいつものことなのだが、その日は欲しい本があるとかで帰ることなく店内を歩き回っていた。


 俺としてはバイト中の姿を見られたくないので別の場所で探してほしいところだけど、それを言うと「しっかり見て帰るね」と笑顔で言われた。


「ふぅん。あれが後輩くんの彼女さんね。いつも遠目でしか見れなかったから、あんなに間近で見たの初めてだけど、めっかわね」


「めっかわ?」


「めっちゃかわいい」


「ああ」


 ある程度の仕事を終わらせた俺と早見先輩はレジにて待機する。

 その時間は基本的にフリータイムなのでこうして先輩と話すことがほとんどである。

 今日は彼女が店内を徘徊しているから巡回をお願いしたところ、そんな感想を抱いてきた。


「よくあんな可愛い女の子ゲットしたわね」


「まあ、自分でもそう思います」


 これまではあまり目立たなかったのでそこまで思うことはなかったけど、イメチェンしてからは周りからの注目度が一気に増したので一層そう思うことが増えた。


 周りから視線を集めるこの子が俺の彼女なんだなと改めて思うと優越感が凄かったりする。


「よくあんな可愛い女の子を前にして性欲抑えれるわね。私ならその日の晩に我慢できずにホテルに連れ込むわよ」


「俺そんな性欲に忠実に生きてないんで」


「デート中にお尻くらい触っちゃうわ」


「ホントにやりそうだから反応に困るんですよね」


「ホントにやりそうなんて、失礼しちゃうわ」


 ぷんすかとわざとらしく怒っている態度を取る早見先輩はその延長で俺に真剣な眼差しを向けてくる。


「ホントにやるのよ」


「捕まるぞまじで」


「私最近、女の子もイケるんじゃないかって思ってて。でも友達に頼むと変な目で見られるじゃない?」


「どうなんでしょうね」


 恭也が突然「俺、もしかしたら男もイケるかもしれないんだ」って言われたらちょっといろいろ考えちゃうもんな。それが本気かは置いておくとしても。


「ということだから、彼女ちゃん貸して?」


「オッケーしてもらえると思ってんすか?」


 本気で言いかねないから困る。この人の言葉はどこまでが冗談か判断しづらいんだよなあ。

 でも、多分、経験から察するに女の子がイケるっていうのは冗談じゃないと思う。


「すいません。これお願いします」


 なんて話をしているとお客さんがやってきた。


「はい、ただい……ま」


「よろしく」


 香月ひなたがそこにいた。

 めちゃくちゃ笑顔だった。でもその笑顔は「お仕事頑張ってるね」みたいな感じの柔らかいものではなくて、どちらかというと「女の子と楽しそうに話すバイトなのかな?」みたいな殺伐としたものに思える。


 笑顔が怖いなんて漫画の行き過ぎた表現だと思っていたけど、これホントにあるんだなあ。


「えっと……」


「ふぅん。へえー。やっぱり髪の長い女の子が好きなのかな? わたしの彼氏さんは」


「あ、いや」


 彼女は最初、髪が長かったからな。早見先輩はちょうど髪を切る前の彼女と同じくらいなのだ。


「メガネも赤縁でおしゃれだね。黒縁だったわたしとは大違い」


「そんなことはないと思うけど」


「それにおっぱいも大きいね?」


 実際に二人を比べると早見先輩の方が大きい。それはもう結構な大きさである。対する彼女は確かにちょっと小ぶりだけど俺は気にしたことない。


「あの……」


「早くお会計してもらっていいかな?」


 怒っているのだろうか。

 でも今仕事中だし、あんまり長時間の会話はできないし。そう思い、結局手早く会計を済ませることにした。すると彼女はそのまま帰ってしまう。バイトが終わったらすぐに電話しようと思った。


「可愛い彼女ちゃんね?」


「……そうですね」


 どうやって機嫌を取ろうか、その後はずっとそのことしか考えられなかった。

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