第7話


「俺、ちょっと部室に寄ってくから先行くわ」


 昼食を済ました俺達が学食で適当に雑談をしていたのだけど、時間を確認した恭也がそう言って立ち上がる。

 昼休みが終わるまであと十五分といったところだ。


「ああ」


「香月さんも、また」


「はい。今日はありがとうございました」


 これまでも何度か顔を合わせたことのある二人だったけど、こうしてしっかりと雑談をしたのは今日が初めてかもしれない。

 彼女と親友、叶うことなら仲良くなってほしいと思っていたけど、心配はなさそうだ。


「あ、そうだ」


 行こうとした恭也が思い出したように振り返る。


「敬語じゃなくていいぜ。親友の彼女にいつまでも敬語使われてちゃ絡みづらくて仕方ねえ」


 言って、恭也はにっと笑った。

 彼のその笑顔を見たときに、ふと昔のことを思い出した。

 それは俺が恭也と初めた喋った日のことで、そのときも恭也は『これから仲良くしようってのに敬語なんか使ってらんねえよ』と言いながら笑っていた。


 俺は恭也のそういう距離の詰め方も好きだ。


「うん。じゃあ、そうするね」


「おう」


 元気な返事を見せた恭也は今度こそ学食を出ていった。

 二人になったので「俺達も戻ろっか」と提案したところ、彼女も「そうですね」と頷いたので二人で立ち上がる。


「城戸くん、良い人だね」


「ああ。自慢の親友だよ。香月にそう言ってもらえて何よりだ」


 俺が言うと、香月はクエスチョンマークを浮かべるので補足する。


「自分の大好きな親友のことを、自分の大好きな彼女に悪く思われたくはないだろ?」


 そう言ったところで合点がいったのは、なるほどと手を合わせた。


「確かにそうだ。わたしも悪く思われてないといいなあ」


「思われてないよ。恭也の口から香月を悪く言う言葉を聞いたことがない」


「なら、よかった。また一緒にお昼食べてくれるかな」


「誘えば食べてくれると思うよ。でもまあ、恭也は人気者だからなー」


 友達は男女関係なく多いし、恭也を狙う女子は一定数いる。

 明確には示していないが恋人を作るつもりはないと仄めかしてはいるものの、そんなの関係ねえとガツガツ向かう肉食系女子もいる。


 だから、恭也と一緒に昼飯を食べる機会は実はあんまり多くない。


「イケメンだもんね」


 くすくすと笑いながら香月が言う。


「香月もイケメンとか気にするんだな?」


 自分で言うのも何だけど、俺はイケメンではない。

 特別ブサイクだとは思ってないし、思いたくもないけれど、それでも自己評価をするならば中の下とか下の上とか、それくらいだ。


「そりゃ、わたしだって女の子だもん。榊くんが可愛い女の子をちらちら見てるみたいに、わたしだってイケメンがいたら見ちゃうよ? 急にどうしてそんなこと言うの?」


 そんな堂々と言われましても、と思うが下心というか後ろめたさがないからこそ言えることなんだろうな。


「いや、俺を選んだから」


 女子はイケメンが好きというのは、男子が可愛い女の子が好きと同じくらいに誰もが当たり前のように持つ感覚だ。


 それは間違いでもないし、悪でもないと俺は思う。だからこそ、可愛い女の子やイケメンな男の子と付き合いたいと思うことは極々自然なことであって、そうでない相手を選ぶというのは一種の妥協のようなものではないかと俺は考える。


「それとこれとは話が違うもん」


 俺が自信なさげに言うと、香月はおかしそうに笑う。


「イケメンが好きっていうのはアイドルとか、漫画のキャラクターが好きって言ってるのと同じようなものだよ。目の保養? みたいな? そんな感じ。恋人に求めるのはそれとは違う、安心感とか安らぎとか、そういうもの。榊くんはそれを全部持ってたの。だから好きになった」


 そう言われると照れる。

 俺は言葉を詰まらせてしまった。


「さっき榊くんが言ったのと一緒だよ。見た目に惹かれて好きになったんじゃないの」


「……うん」


 褒められ慣れていないので、こういうときなんて言い返せばいいのか分からない。

 これまで散々バカにはされてきたのでそういうときのリアクションはできるんだけどなあ。


「恋人の相手は、榊くん以外考えられないよ」


「……俺も、それは同じだよ」


 何とか振り絞って言葉を吐くと、香月は至極嬉しそうにはにかんだ。


 これまではなんとも思わなかったが、容姿が変わってしまったから本当に変にドキドキしてしまう。

 こういうことを踏まえると、もしかしたら可愛い女の子を彼女にするのも考えものかもしれない。


「また見られてるな」


「うん、そだね。今日は朝からずっとだよ」


 学食を出てから今に至るまで、どこかしこから視線を感じる。

 時折、ひそひそと俺達の方を向いて話す声も聞こえた。内容までは分からないが「あの子めちゃくちゃ可愛いな」か「隣の冴えない男子誰? え、もしかして彼氏? 釣り合わねえ(笑)」のどっちかだろう。


「あんまり見られることに慣れてないからちょっと疲れるんだよね。監視されてるわけじゃないんだろうけど、そんな気分」


 本当にうんざりしたような顔をしている。

 彼女は目立つことが嫌いだ。だからこれまでもそういった行動は避けていた、らしい。


 でも、今の現状はまさしくその真逆。

 目立ちまくりである。疲れるのも無理はない。


「大丈夫か?」


「うん。きっと注目されるのも最初だけだろうし」


 惚れた腫れたって話や可愛い格好いいなんて噂は一過性のものだろうし、香月がそう言うのであれば俺からは何も言うまい。

 ただ一つ、気になることを上げるとするならば、その噂がいつ過ぎ去るのかということだ。


 明日ということもあるが、一週間後ということも考えられる。

 あるいは、最悪の場合もっと掛かることだって有り得るのだ。


 それまでの間、香月がずっと我慢できればいいのだけれど。いや、そもそも我慢するということ自体がよくないんだよな。

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