第6話
校内に見たことのない美少女がいた。
そんな噂が広まった月曜日の昼休み、俺は恭也と学食に来ていた。
今日は弁当がないということもあり、二人で注文を済まし料理を受け取り席につく。
ちなみに俺は唐揚げ定食で、恭也は生姜焼き定食。どちらもワンコインでそれなりの量。学食の料理はどれも安くて多くてそれなりに美味いと、学生の味方である。
「朝のホームルームが始まる前の時点で、うちのクラスにもその話は回ってきてたぜ」
「そうなんだ」
「あの速さだと、一時間目の授業が終わった頃にはもう校内全クラスに行き渡っていたことだろう」
そう話す恭也はどこか楽しそうだった。
「確かに。二時間目の授業が終わった休憩時間には野次馬が教室の外に集まってたよ。当然だけど、全員が男子生徒だ」
「そりゃ誰もが振り返る美少女って聞けば男子ならひと目拝みたいと思うもんだろ」
「まあ、そうなんだろうけど。恭也は見てないのか?」
「ん? まあな」
俺が訊くと、恭也はさも当たり前のようにそう答えた。
「男子ならひと目拝みたいと思うもんじゃないのか?」
自分でそう言ったのに。
「いやあ、そうなんだけどさ、あまりに人が多いもんだから諦めたんだよ。ほら、俺ってあんまり人の多いところ好きじゃないじゃん?」
「初耳だわ」
いつでも適当なこと言うからなあ、恭也は。今言っていることもどれだけ本気か分かったもんじゃない。
ていうか、つまり恭也はその噂の美少女が香月であることを知らないのか?
俺がそんなことを考えながら唐揚げを頬張っていたときのこと。
「お隣、いいですか?」
女の子に話しかけられた。
前にいる恭也は、俺の後ろにいるその女子生徒を見て、口に運ぼうとしていた生姜焼きを掴んだ箸が見事に止まっていた。
驚いたときのリアクションとしては百点満点だ。
「黒髪で、髪が肩くらいの美少女……」
あんぐりと口を開けながらそんなことを呟く。何のことかと思ったが、多分その噂の美少女の特徴を聞いていたのだろう。
それと、俺の後ろにいる女子生徒が一致するから驚いているといったところか。
「いいか?」
一応、恭也とご飯を食べる時間なので彼にも許可を取らなくては、と思い訊いてみると驚いた顔のままゆっくりと頷いた。
「だって」
「ありがと。おじゃまします」
そして、香月ひなたは俺の隣に座る。
「……城戸くん、どうかしたの?」
「さ、さあ」
おばけでも見たような顔で香月を見る恭也。
衝撃すぎて理解が追いついていないのか、彼は一向に次のモーションへ移行しない。
わざわざ俺に話しかけてお昼を一緒に食べようとする女子なんて校内で探しても香月だけで、それは恭也も理解していることだろうから、恐らく今、彼の頭の中ではそういったことが処理されていることだろう。
それにしても、と俺は改めて隣にいる香月をちらと見る。
背中まであった長い髪は肩辺りまでばっさりと切られており、目もとを隠すような前髪もしっかり切り揃えられている。
メガネもコンタクトに変えているから受ける印象は随分と違う。これまでと違っていいにおいもするし、姿勢を変えたからかスタイルも違って見える。
二日間でここまで変わるのか、と感心してしまうと同時に、少しだけ別人といるような緊張を覚えてしまう。
「どうかした?」
俺が見ていることに気づいた香月がこてんと首を傾げる。
これまでもしていた仕草だけど、容姿が違うから別人のように思える。そして、可愛いだけに今までにない照れが起こってしまう。
「いや、何でも」
そう言って誤魔化そうとするが、納得していない顔をしていらっしゃる。
いつもならば「何でもない顔じゃないよ」とか言ってくるところだけど、ちょうどそのタイミングで復活した恭也に救われた。
「本当に香月さんか?」
最後のピースがハマらないのか、恭也は意を決したような顔でそんな質問をしてくる。
香月はそれに対して笑顔で「そうですよ」と答える。そんな感じで俺以外の相手に笑顔を向けることもなかったのに。
何度でも言うけど、二日間でこんなに変わる?
もう双子の別人とすり替わっているんじゃないかと思えてくる。
もちろん、もともと明るい性格ではあった。
目立ちたくないだけで口数は多かったし、よく笑っていた。それを俺以外に見せていなかっただけだ。
「はえー」
驚きを隠せない恭也はまじまじと香月を見る。
ただのクラスメイトが実は国民的アイドルだったと言われたような驚きようだ。
そうなんだと理解はしているが脳が納得しないような、そんなリアクション。
「そんなに見られると照れるんだけど」
苦笑いを浮かべる香月に恭也は「わ、悪い」とこれまでにない反応を見せる。
彼女のいない恭也だけど、それは部活というそれよりも大事なものがあるからで、イケメンだし気さくだし面白いから普通にモテる。
もちろん女子に興味津々だし、可愛い女の子とすれ違えば振り返る男の子っぽい一面だって持ち合わせている。
「……こんなこと訊いて良いのか分からないけどさ、何かあったの?」
恭也の質問が何を指しているのかはもはや言うまでもなかったし、俺はもちろん香月にも伝わったことだろう。
香月の変わりようは、こう言っては何だけど異常なレベルである。
であれば、何か事情があると考えるのは普通の思考回路だし、もしかしたらそれがあまり人に言いたくない理由かもしれない。
それは俺も思ったことなので、まだその理由を訊けないでいた。
一歩踏み込んで質問した恭也には、さすがの一言しかない。
「うん、まあ。別に面白い話でもないですよ。ただ、榊くんが胸張って彼女だって言えるような女になろうって思っただけ」
問題はそう思った理由なのだけれど、何となくぼかされたような気がした。
恭也もそれは感じたのか、それ以上踏み込んだことを訊くことはなかった。
「そうなんだ。でもあれだね、本当にいい意味で見違えたと思うぜ。今だってさ、ほら、見てみろよ」
言いながら恭也は周囲に視線を促す。
つられて俺と香月も周囲を見た。
俺達の、というか主に香月の行動を見て誰もが誤魔化すように視線を逸らしたが、明らかにさっきまで俺達の方を見ていた。
視線を感じなかったのは、それが俺ではなく香月に向けられていたものだからだろう。
「もう校内で香月さんの存在を知らない男子はいないんじゃないか?」
「そう、ですかね?」
「ああ。そういう意味じゃ、咲斗の自慢の彼女になるって目標は達成したようなもんだよ。どうだよ咲斗、今校内を騒がせる噂の美少女を彼女にしてる気持ちは?」
からかうように恭也が言ってくる。
そんなこと香月の前で言えるわけないだろ、と黙秘を続けていたのだけれど。
「どうなの? ねえねえ」
と隣にいる香月も肘で俺の脇腹をつつきながら加勢してくる。
香月は香月で楽しそうにしているのでそれでいいんだけど。答えなくちゃダメですかね。
「まあ、悪い気分じゃないよ」
本当は最高の気分だ。
この子が俺の彼女だと校内に自慢して回りたいくらい。それくらいに香月は可愛くなった。
でも……。
「なんだよ、素直じゃねえなあ。もっと騒いでもいいのに」
「別に。今の容姿じゃなくたって香月は自慢の彼女だったよ。俺は見た目に惹かれて付き合ったわけじゃないし」
一緒にいて楽しくて、落ち着いて、安心できる彼女だから恋人になりたいと思ったのだ。
「言うじゃん」
「本当に。面と向かってそう言われると照れますね」
顔を真っ赤にして香月はうつむく。そっちがそのリアクションをしてくると本当に恥ずかしい。だから言いたくなかったんだよ。
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