第3話
そんなことのあった翌日、金曜日のことだった。
俺はその日、香月をデートに誘うと心に決めて登校してきた。
昨日のうちにメッセージを送るということもできたのだけど、初めてのお誘いくらいは面と向かって、直接言いたいと思ったのだ。
しかし。
「……」
昼休み、いつものように一緒に弁当をつついていたのだけど、どうにも元気がないというか、思いつめているというか。
悩みでもあるのか、難しい顔をしている。
「香月?」
「は、はい?」
俺が名前を呼ぶと、香月は慌ててこちらを向く。
そのときには笑っているのだけど、いつもの自然な笑顔ではなく、ぎこちない作り笑顔に見えるのは俺の気のせいではないだろう。
あまり騒がしいところを好まない香月。
なので俺たちは昼休みは教室を出て、グラウンド横のベンチに座ってお昼を食べる。
そこが人でいっぱいだったら中庭だったり、屋上だったりと、いろんなところで、とにかく静かな場所を探す。
今日は人がいなかったので、グラウンドで騒ぐ生徒を遠くから眺めながらの昼食だ。
「何か考え事?」
「ううん、なんでもない」
なんでもないことはないだろうけど、彼女がそう言うのであれば俺は無理には訊けない。
香月は俺に何でも話してくれる。話してくれないのは、話したくないことだけだ。
だから、誤魔化すということは言いたくないんだろう。
結局、昼休みに誘うことはできなかった。
残されたチャンスは放課後だけ。
特に用事がなければ、ホームルームが終わると香月が荷物を持って俺の席までやってくる。
別にダラダラと帰り支度をしているつもりはないんだけど、どうしてか香月の方が毎回早く終わるんだよなあ。
「帰ろ?」
その日も変わらず香月は俺の席にやってくる。
帰り支度を終えて、俺達は教室を出た。
俺は自転車、香月は電車で通学しているので、基本的には駅まで彼女を見送ってから俺は自転車で帰る。
駅までは歩くと十分くらいあるので、それまでに言わなければならない。
会話の中で何度か言おうとしたのだけれど、どうしてもその話題を口にしようとすると言葉が出てこなかった。
本当に、どんだけチキン野郎なんだよと我ながら思う。
そんな感じで自分で自分を責めていると駅に到着してしまう。
「それじゃ」
ひらひらと手を振って駅の方に行ってしまう香月を、俺は見送ることしかできなかった。
結局、デートに誘うどころか呼び止めることさえできなかった。
自分を変えようと思っても、そうそうできることではない。
俺は自分の情けなさに俯いてしまう。唇を噛んで、拳を握る。
いつもこうだ。
でも、変わるって決めたんだよ。
手放したくないものがそこにあるから。
大切なものを失いたくないから。
これから先もずっと一緒にいたいから。
だから。
「……ッ。って、うわっ」
顔を上げて香月を追おうとした。
そのとき、目の前に彼女がいたから驚いて、危うく転倒しそうになった。
何とかギリギリのところで踏みとどまったので、格好悪い姿を晒さずには済んだけれど。
ただ間抜けな声は聞かれてしまったな。
いや、ていうか。
「なんで戻ってきたの? 何か忘れ物でもあった?」
気になったのはそれだった。
俺の質問に香月はただ笑うだけだ。
「うん、まあ、忘れ物みたいなものかな」
彼女の答えに、俺は頭上にクエスチョンマークを浮かべる。
そんな俺の状態を察した香月は真っ直ぐに俺の方を見つめながら言う。
「榊くんが、何か言いたそうだからやっぱり訊こうと思って」
「へ?」
「今日ずっと、何かタイミングを伺ってたから」
バレていたのか。
そのことが恥ずかしかったが、こうして機会を与えられた以上は言うしかない。
ていうか、またしても香月に助けられてしまった。
「明日か明後日、デートしませんか?」
言った。
言ってやったぞ!
心臓がバクバクと動いている。顔も多分引きつっている。
「行き――」
香月は即答するように声を出したが、ハッとして次の言葉を詰まらせた。
ふるふると肩を震わせながら難しい顔をして、そして、それはもう凄まじく嫌そうな顔をしながら渋々続きの言葉を吐く。
「――たい、けど、今週は予定があって……だから、その、ごめんなさい。せっかく誘ってくれたのに」
香月は大袈裟に頭を下げる。
まるで告白して振られたみたいな構図だ。中々に笑えない。
「あの、今週じゃなかったらいつでもいいの! だから来週とか! ううん、放課後でもいいからデートしよ?」
顔を上げた香月は俺の手を握って詰め寄ってくる。
その表情が本当に申し訳無さそうなもので、そこまでのことではないのだけどと思ってしまう。
「ああ、うん、じゃあそうしよう」
「うんっ」
今週ではなかったけれど、デートの約束はできた。
香月の手助けがあっての成功なのでパーフェクトとは言えないかもしれないけど、でも彼女が笑っているので良しとしよう。
香月との関係をもっと進展させる。
これは、その第一歩なんだ。
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