第23話 須藤の独白

***<冴無>***


 須藤王はストーカーだ。

 何故涼風さんに執着しているのか、その理由を俺は知らない。


 ただ、前世の俺の記憶によれば、こいつは何らかの手段で涼風さんを催眠し、その身体で好き放題する。

 そして、その一部始終をカメラに収めることで催眠が解けた後も涼風さんを脅迫して自分のものにしようとしていた。


 それは当然許せることではない。

 だが、涼風さんは人の善性を信じている。なら、俺もまた須藤に良心が残っていることを信じたい。


「まさか、戻って来るとはね」


 ポツリと須藤が呟く。

 その表情に焦りはない。

 今の状況は須藤にとって予想外であるはずなのに、須藤が平然としているのは彼の背後に佇む魔物のような存在が関係しているのだろう。


 訳の分からない催眠薬を使うんだ。今更、魔物らしき存在の一体程度では驚かない。


「須藤、なんでこんなことをした?」


 辺りへの警戒を怠らずに須藤に問いかける。

 須藤の背後の魔物が俺に近づこうとするが、須藤はそれを手で制した。


「それを聞いてどうするんだい?」

「お前、涼風さんが好きなんだろ? なのに、涼風さんが望まないことをしているのが不思議でならない」

「涼風さんが望まない? まるで、星羅のことを知っているといった口ぶりだね」

「誘拐されることを望む人間がいるとは思ないな」

「それはどうかな。古今東西、王子様が囚われの姫を攫う展開を好む人は多いよ」

「現実と創作が一緒だと思うなよ」

「その言葉、そっくりそのまま返すよ」

「なんだと?」

「君や亀田のような冴えない男が星羅のような優れた女の子と結ばれるなんてことあり得ないだろ。何の努力もしてない屑が」


 須藤が一際強く俺を睨む。


 なんの努力もしてない屑……。

 言ってくれるじゃないか。


「なら、お前は努力しているって言いたいのか?」

「ああ。君や亀田とは違う。ボクは星羅と一つになるために努力してきた」


 そして、須藤はゆっくりと語り始めた。

 己と涼風さんの出会い、そして今に至るまでを。



***<須藤>***



 ボクと星羅の出会いは中学二年生の頃だった。

 当時のボクは恥ずかしながら、冴無のようにクラスの隅で本を読みニヤニヤとした笑みを浮かべているような存在だった。

 そのくせ、ボクの名前は王だ。


 ボクは中二病を患った。

 そして、当時クラスでもそこそこ仲のいい女の子に君とボクは運命で結ばれている云々という手紙を送り続けた。


 その結果、その手紙を気味悪がったその女の子が仲のいい男子に相談し、僕はその男子を中心としたグループから虐められるようになった。


 男子たちからすればいじめているつもりはなかったのだろう。寧ろ、好きな女の子を苦しめる悪党を懲らしめる正義の味方のつもりだったに違いない。


 地獄のような日々だった。

 中学生にとって学校というのは生活の八割を占めるくらいにはきってもきれない場所だ。

 そこに自分の居場所がないどころか、積極的に排斥されるというのは余りに精神にくる。


 死んでやろうか、とも思った。


 そんな時だった、ボクに彼女が手を差し伸ばしてくれたのは。


「やめなさい」


 いつものようにボクが人目のつかない場所で殴る蹴るの暴行を受けているところに彼女は現れた。


「もう一度だけ言うわよ。やめなさい」


 有無を言わせぬ彼女の迫力にいじめていた連中は興が冷めたとばかりに、ボクから離れていった。


「ごめんなさい、気付くのが遅れてしまって」


 彼女はそう言いながら、ハンカチをボクに差し出してくれた。


 窮地を救ってくれた女神。

 これ以上ないくらい彼女が輝いて見えた。


 それから暫くしていじめはおさまった。

 裏で涼風星羅がかなり動いたらしい。

 虐めていた連中も涼風星羅を敵に回すのはまずいと判断したらしく、驚くほどあっさりと手を引いた。


 そして、中学三年でボクと彼女は同じクラスになった。

 そこからは特別なことがあったわけではない。


 ただ、彼女はボクの話を聞いてくれた。ボクの姿をその目で見ていてくれた。

 それだけで、ボクは彼女に恋をした。

 彼女もボクが好きなのだと思い込んでいた。


 彼女がボクにする態度が他の男子にする態度と同じだとしても、ボクはその事実から目を背けた。


 そして、中学校の卒業式――。


「す、好きです! ボクと付き合ってください!」

「ごめんなさい」


 ――ボクはフラれた。


 だが、ボクの星羅への思いが消えることはなかった。


 だって、そうだろう?

 ボクと星羅は運命で結ばれている。じゃなきゃ、あの日星羅がボクを助けてくれるはずがない。

 ボクに微笑みかけてくれるはずがないのだ。


「そっか、星羅。そうだよね。今、ボクと星羅が付き合っても周りから余計な口出しがあるもんね。だから、仕方なくボクをフッたんだよね」


 考えてみれば簡単なことだった。

 星羅はボクを好きだ。なら、何故フラれたのか。


 それは、ボクと星羅がつりあいが取れていないからだ。

 もっとボクが優秀な男になることを星羅は待っているのだ。

 そして、その時には今度こそ付き合いたいと星羅も思っているに違いない。


 その結論に辿り着いてからはあっという間だった。

 髪型を変え、服装に気を遣うようになり、明るく笑顔でいることを務めた。

 勉強にも励み、運動だって毎日必ずランニングするようにした。


 そして、中学の頃から大きく変わったボクはクラス内でもトップカーストに立つことが出来た。

 上に立てば見る景色も変わる。


 クラスの隅にいる奴らは過去の自分の様に、碌に努力もしない、正しく自分を評価することも出来ない、そして、淡い幻想だけを抱く愚か者に見えた。


 確かに、あいつら相手に付き合いたいと思う女の子は少ないかもしれない。

 まあ、ボクは変わった。これで晴れて星羅と結ばれる……そう思っていたのに。


「冴無君、なにしてるのかしら?」

「本読んでるんだよ。見れば分かるだろ」

「冷たいわね。もう少し優しい口調の方が私は好きよ」

「うるせえ。てか、俺に構わなくていいって言ってんだろ」

「誰と仲良くするかは私の自由でしょ?」

「俺といると変な噂立てられるぞ」

「あら、私の子を心配してくれるのかしら? ふふ、優しいわね」

「ち、ちげーし」


 高校一年生、星羅のいるクラスでボクが見たのは、星羅が明らかに暗い顔をした冴えない男子と仲睦まじく会話しているところだった。


 一瞬、嫉妬の炎に身が焦がれそうになったが、直ぐに冷静さを取り戻す。


 星羅は優しい。

 どうせ、クラスの隅にいる男子を憐れに思って話しかけているに違いない。

 一つ気にかかるのは、やけに星羅が楽しそうだったこと……いや、気のせいだろう。


 それから、毎日毎日ボクは星羅と冴無とかいう男子を観察し続けた。

 そして、気付いてしまった。


 星羅はボクの時とは違う行動を取っている。

 

 ボクが中学で星羅と同じクラスになった時も星羅は話しかけてくれたが、毎日ではなかった。

 だが、あの冴無とかいう奴は毎日星羅に話しかけられている。

 時には一緒にお弁当を食べている時もあった。なんなら、星羅が冴無のためにお弁当を用意する日もあった。


 あり得ない。

 そんなことがあっていいはずがない。

 それではまるで、星羅があの冴無に気があるみたいではないか。


 日増しに冴無への恨みは強くなった。

 あんな暗い顔して、ボーッと惰性的に毎日を過ごしているだけの奴が、星羅の為に努力しているボクより幸せになっていいはずがない。


 その恨みは、高校二年に進級するまで続いた。

 二年生では、星羅と冴無の所属するクラスが変わったことと、星羅が生徒会で忙しくなったことで二人の距離が離れた。

 だが、ボクと星羅の距離が縮まったわけではない。


 だからこそ、ボクは幸せになるために、星羅をボクのモノにする。

 星羅だけを一途に思い、努力するボクには、その権利がある。

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