第22話 海を越え

***<冴無>***



 正気を取り戻した時、俺は海の上だった。


 は!? 海!?


「な、なん――ごばっ!」

 

 突然、全身を疲労感が襲い口の中に海水が流れ込んでくる。


 お、思い出した!

 須藤の奴を追い開けていたら、なんか襲われて、その後変な暗示みたいなもんをかけられたんだ。

 いや、今はとにかく溺れないようにしなきゃダメだ!


 何とか腕をかきもがくか、動くたびに口から酸素が漏れる。


 や、やばいって!

 死ぬ! 死ぬうううう!!


 溺れると人はパニックになって死ぬと言うが、正しくその通りなのだろう。

 この時の俺は完全に冷静さを失っていた。

 助けを呼ぶことも、落ち着いて空気を吸うことも出来ない。


「あ――」


 口から空気が漏れ、身体がゆっくりと沈んでいく。

 

 呆気ない最後だったなぁ……なんて、諦められるか!!


「ごばばばびご!!」


 最後の空気を吐き出し、叫ぶ。

 水中だったせいか、声は何処にも響かなかった。


 ちくしょおおおお!!


 あ、意識が遠のいてく。これはやばい……。


 水面の光がゆっくりと遠のいていき、そのまま海の藻屑になろうかというその時、一筋の光が水中に飛び込んできた。

 黄金色に輝くその光は俺の首に伸びた。



「げほっ! げほっ! こ、ここは……?」

「あ、目覚ました。大丈夫? おにーさん」


 目を覚まして真っ先に目に飛び込んできたのは、青い空と白い雲、そして、ゆらりと揺れる黄色のポニーテールにぴくぴく揺れる犬のような耳。


「そっか、俺死んで異世界に来ちゃったんだ……」

「ちょっとちょっと! おにーさん、勝手に死なれちゃ困るよー。折角、学校に遅刻すること覚悟でおにーさんを助けてあげたのにさー」


 どこかやる気のなさそうな目で目の前の少女は呟く。


「助けてあげた? まさか、俺は死んでない?」

「そうだよー。なんか嫌な予感がしたから海に来てみたらおにーさんがいるんだもん。びっくりだよねー」


 よく見て見れば目の前の少女の格好は明らかに異質だ。

 黄色と白を基調とした可愛らしい服装は、そう、まるで……。


「魔法少女?」

「ピンポーン。よく分かったねー。魔法少女シリウスちゃんだよ」


 そう言うとノリノリでポーズを決めるシリウス。


 魔法少女シリウス……どっかで聞いたことがあるようなないような……。


 シリウスの姿に既視感を感じ、自身の記憶を探っているとシリウスが俺に質問を投げかける。


「ところで、おにーさんはあんなところで何してたの?」

「そうだ! こんなところでのんびりしてる場合じゃない!!」


 シリウスに言われて思い出した。

 俺をこんな目に合わせた須藤を止めなくてはならない。既に須藤の手にやばいアイテムが渡っている。

 一刻も早く帰らないと!


「えっと、魔法少女シリウスだったよな? 駅はどこだ!?」

「駅? 駅ならあっちだよー」


 シリウスが指さす先には海沿いだからか、駅があった。

 距離もそう遠くはない。これなら直ぐに行ける。


「色々とありがとう! このお礼はいつか必ずする!」

「あっ」


 シリウスに礼を告げて、即座に駅へ向かう。

 一瞬、シリウスが何かを言いかけた気がしたが多分気のせいだろう。

 今は一刻も早く帰ることが大事だ!





「あーあ、行っちゃった……。うーん、まあいっか。理性はあるみたいだし」


 良平が走り去って行った後、残ったシリウスはそう呟くとポケットから学生証を取り出す。

 その学生証には良平の顔写真が写っていた。


「それに、この学園ってあのスピカさんがいるとこだもんねー。あの人が見逃してるなら放っといてもいっかー」


 良平の走り去って行った方向を眺めながら、スピカは良平の学生証をポケットに入れた。





 電車と徒歩で数時間かけて学園に着いた時には既に日が沈みかけていた。

 時間的にもう放課後。

 部活がない限りは殆どのせいとは帰っているだろうが、涼風さんは生徒会長だ。 

 この時間に学園に残っていてもおかしくない。


 靴を脱ぎ捨て、廊下を走り生徒会室に駆け込む。


「涼風さん!!」


 扉を開けた先に待っていたのは涼風さん――ではなく、不自然に乱れた生徒会室と壁にもたれかかる亀田の姿だった。


「か、亀田!」


 亀田の下へ駆け寄り、頬を何度か叩く。

 すると、亀田は目を覚ました。


「さ、冴無……」

「おい、亀田なんでお前がこんなところにいるんだよ?」

「君の……いう通りだった……」


 言う通り。つまり、須藤は本当に涼風さんのストーカーだったのだろう。

 なら、亀田は須藤を止めようとしたのか?


「こ、これを……」


 必死に状況を飲み込もうとする俺に亀田が地図アプリが起動されたスマホを差し出す。

 その地図アプリ上では赤い点が動いていた。


「これは?」

「涼風さんのポケットに、僕が持っているもう一つのスマホを入れといた……。その先に涼風さんはいる。……冴無、頼む」


 震える亀田の手を強く握り、スマホを受け取る。


「ありがとう、亀田。お前の努力は無駄にしない」


 その言葉を聞くと、亀田は安堵の笑みを浮かべその目を閉じた。


 限界だったのだろう。

 どれだけのことがあったか分からないが、怖かったはずだ。

 自分が理解出来ない相手に一人で立ち向かうことは恐ろしいことだ。

 俺だって亀田と相対する時でさえ怖かった。


 だからこそ、尊敬する。

 誰に言われたわけでもなく、一人で立ち上がったこの男を。


「ここで寝といてくれ」


 亀田を生徒会室のソファに寝かせ、学園を飛び出す。

 そして、タクシーを拾いスマホの地図アプリに写る赤い点を追跡する。


 赤い点が漸く止まったかと思えば、そこは昨日俺が須藤にやられた廃墟だった。


「すいません、ここまでで大丈夫です! おつりはいりません!」


 ある程度近いところまで来たところで、タクシーを止める。

 お金を放り投げ、廃墟に向けて全力で走る。


 間に合え。間に合ってくれ……!

 もう、あんなところを目にするのはこりごりなんだ……!


 息を荒くして、勢いよく廃墟の入り口の扉を開ける。

 扉の先には目的の人物がいた。


「なっ……お、お前は……」

「よお。海の底から蘇って来たぜ……!」


 涼風さんは絶対に傷つけさせない。

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