第18話 須藤観察日記と淡い妄想

 須藤観察日記(月曜日)


 須藤は放課後に友人とボウリングに行った。須藤はボウリングが上手い。

 隣でクレーンゲームをして時間を潰したが、千円かけてガム一つしか取れなかった。

 特に須藤におかしな様子はない。



 須藤観察日記(火曜日)


 友人が部活らしく、放課後に須藤は一人で買い物へ行った。

 ホームセンターで丈夫な縄を探していた。怪しい。更に、その後はコスプレ専門店に行ってセーラー服を眺めていた。

 およそ十分の長考の末、頷きを一つしただけでその日は何も買わなかった。

 凄く怪しい。



 須藤観察日記(水曜日)


 昨日とは一転、須藤は今日は直ぐに家に帰った。

 その後、二時間ほど須藤の家の近くで粘るも須藤が家から出る様子はなかった。




「なにこれ?」


 木曜日の昼休み。

 今日も中庭で亀田と昼食を食べていると、俺の須藤観察日記を見つけた亀田が中を呼んだうえでそう問いかけて来た。


「須藤観察日記」

「うん。タイトルに書いてあるもんね。え? まさか、この三日間放課後ずっと須藤の後を尾行してたの?」

「おう!」


 グッと親指を突き出すと、亀田はため息をついていた。


「ストーカーじゃん」

「違う、尾行だ」

「須藤からすれば同じだよ。大丈夫? バレてるんじゃない?」

「いやいや、バレてないと思うぞ」

「そうかなぁ?」


 亀田は心配そうだが、大丈夫だろ。

 尾行なんてそうそう気付くようなもんじゃないと思うし。まあ、尾行されたこと無いから分からないんだけどな。


「ところで、涼風さんの方はどうだ?」


 一旦、話題を変える。

 亀田は涼風さんと同じクラスだし、涼風さんに異変が起きた時は俺よりも気付けるはずだ。


「うーん、特に変わった様子は無いよ。それこそ、須藤が涼風さんの近くにいくみたいな場面も見てないしね」

「そっかぁ」


 うーん。須藤が怪しい動きを見せたのは一日だけだし、もしかして須藤は白なのだろうか。

 まあ、どっちにしても木曜と金曜の様子を見れば分かるか。


「ところで、冴無は涼風さんに似合う衣装って何だと思う?」

「なんだよ、藪から棒に」

「いや、さっきの須藤観察日記読んでて思ったんだけどさ、涼風さんがコスプレしたら可愛いと思わない?」

「亀田お前……天才かよ!!」


 なるほど、その発想はなかった。

 妄想だけなら自由だからな。たまにはこういう談義も悪くない。


「ちなみに僕は迷うことなくナース服一択なんだ。ワンピースタイプがベストだ」


 早口で語る亀田。

 確かに、白衣の天使とも称されるナースの格好は天使の如き純真さと優しさを兼ね備えた涼風さんにピッタリだろう。

 王道中の王道ではあるが、それ故に外れがない。賢い選択だ。


「涼風さんにナース服で看病されるなら僕は腕の一本や二本は惜しくないよ」

「おでこ合わせて熱計るとかやって欲しいよな!」

「分かる! その時に涼風さんの顔が近くて緊張するんだ。で、熱が上がって来て気を失うんだよ。目を覚ましたらもう日も沈んで夜なんだけど、手に温もりを感じて、ベッドの横に視線を向けると、僕の手を握ったままベッドに寄りかかって寝ている涼風さんがいるんだ……。最高だよね!!」

「最高だな!!」


 想像しただけで楽しくなってくる。

 当たり前だが、現実でそんなことは起こらない。だからこそ、脳内で補完するのだ。


「ちなみに、亀田。一つ質問なんだが……」

「なに?」

「ナースキャップは当然……?」

「「被る!!」」


 亀田と完全に意見が一致する。

 子供の様にキャッキャと喜ぶ俺と亀田。なんだこれ。アホみたいに楽しい。


「二人で楽しそうね。何を話しているのかしら?」

「あー、丁度今涼風さんにコスプレしてもらうなら何が良いかって――涼風さん!?」


 突然、声をかけられたかと思えば、何とそこには涼風さんがいた。

 バ、バカな。この中庭は俺と亀田くらいしか使わない聖域だぞ。


「な、なんで涼風さんがここに?」


 亀田がビクビクしながら問いかける。

 話を聞かれていないのか不安で仕方ないのだろう。


「ちょっと職員室に用事があったのよ。それで、教室に戻る途中に楽しそうな話し声が聞こえたから気になって来てみたの。それで、なんの話をしていたのかしら?」


 ニコリという音が聞こえそうな笑みを浮かべ、涼風さんが問いかける。


 こ、これはどっちだ? 既に話を聞かれていたのか、それともまだ話を聞かれていないのか……。


 隣にいる亀田を見ると。亀田は口を力いっぱい閉じていた。


 よく分からんが、多分さっきの話はするなという合図だろう。

 よし分かった!


「い、いやー、実は昨今の社会情勢について話していたんですよ。ほら、最近ってなにかと物騒じゃないですか? だから、人に優しくすることが大事だなって」

「へえ。それはいい話し合いね」

「ですよね!」

「でも、不思議ね。私にナース服って単語が聞こえて来たんだけど?」


 あ、バレてるわ。

 勿論、妄想なんて個人の自由だ。だが、するにしても本人のいない場所でという暗黙のルールがある。

 今回、俺と亀田は結果的にその暗黙のルールを破ってしまった。

 故に、この場で出来ることは一つ。


「不快な思いをさせてしまったなら謝罪します!」


 その言葉と共に頭を下げる体制に入る。これでいつでも謝罪は可能だ。


 そんな俺と亀田を見て、涼風さんは手を横に振った。


「別に怒ってないわ。年頃の男子がそういう話をするっていうのも仕方ないことだと思うしね。ただ、その……恥ずかしいから学校ではやめてくれない?」


 そう言いながら、涼風さんは頬を赤らめ、視線を逸らす。


 か、可愛い……。


「それだけだから。それじゃ、私は行くわね」


 それだけ言って涼風さんは立ち去って行った。

 俺と亀田の会話は人によっては嫌悪感を抱いてもおかしくないものだったはずだが、それでも涼風さんは寛大な心で咎めることはなかった。

 もし、キモいとか言われてたら俺も亀田も灰になっていただろう。

 ありがたい。


「それにしても、涼風さんの羞恥の表情めちゃくちゃ可愛かったな」

「ご飯三杯はいけるね。ところで、冴無は結局涼風さんにどんなコスプレして欲しいの?」

「チャイナ服」

「……なんで?」

「スリットから見える太ももを凝視したい。後、見られて恥ずかしがる涼風さんに蹴られたい」

「……変態じゃん」


 お前に言われたくない。

 喉元までその言葉がでかかったが、同じ穴の狢という言葉を思い出したため止めた。

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