第5話

「お母さん、せっかくだから少し飲んでいきませんか?お代はもちろんいりません。これでナナちゃんとは最後になるので、よろしければ、少しだけ。」

とママがにっこり笑って言うと、母は快諾した。


 奈々子は母が飲む姿を見るのが初めてだった。


「私も昔奈々子さんと同じ大学に通っていたんです。学部は違いますが。」


「えー!?同じ大学?知らなかった!」

奈々子はビックリした。


 ママは少し肩をすくめて照れ笑いし、話を続けた。

「私、人と話するのが好きで、臨床心理士を目指してあの大学に行ったんです。

 サークルに入ってキャンパスライフを普通に謳歌おうかしてたんですけど、ある日サークルの先輩に誘われて行った飲み屋でスカウトされたんです。


 最初はさすがにえーっ?て思ったけど、お酒も好きだったから、タダでお酒飲めるのはいいなぁって思って、やってみることにしたんです。

 もっと若い時、アゲハの雑誌見てて興味もあったし。

 そしたらその世界にハマっちゃって、朝起きれなくなって大学もあんまり行かなくなって…。結果2年生で留年したんです。


 でもその頃は夜の世界が楽しくて、大学行かなくてもいいやって思ったし、学費もかかるからそのまま退学したんです。


 私の母に言ったら、めちゃくちゃ怒って泣かれました。でも、自分ではこれが天職だと思ったんです。

 そのあとは、独立目指してめっちゃ頑張りました。で、この店をオープンしたんです。


 オープンした時に一緒に手伝ってくれた子がいて、その子のおかげもあって、オープンにかかった費用は割とすぐ稼げたんですけど、しばらくしてその子はお店辞めちゃって。

 で、その後もバイトの子は来てくれたけど、すごくいい子だった子が、ナナちゃん来る半年以上前に辞めちゃって。なんか、その時もう私の中でゴール来ちゃってたんですよね。


 常連さんも段々と減るし…。お店の前にバイトの募集を出して、誰も来なかったらもう店閉めようって思ってたんです。


 そしたらナナちゃんに会って、もう少しやってみようって思ったんです。


 ナナちゃんに大学の話を聞くのも楽しかったし、まるで自分があの頃に戻ったような感覚になりました。


 でも、最近ナナちゃんがこの世界にハマっちゃうかもっていう感じがあって、心配にはなってきてたんですよね。だから、今日お母さんが店に来られて正直ホッとしました。

 ナナちゃんが私みたいになったら困ると思ってたので、良かったです。


 私が大学中退したことは後悔しないと自分で思ってたんですけど、最近すごくあの頃の夢を見るんです。勿体無かったと思うようになりました。

 卒業するまで頑張ればよかったなって。


 あ、それはナナちゃんに会ったからじゃなくて、夜の世界にゴールを見た感じがしたからなんですけど。でも店は閉めようとは思ってたけど、次どうしようかずっと迷ってて、日永田さんと結婚でもしようかなーって思ったりもしてて。あ、日永田さんはお客さんです。


 でも、キラキラしてるナナちゃんを見たら、すごく羨ましくなったんです。


 それで、ここでお話するのもなんなんですが、もう一度勉強しようと決心しました。実はもう受験勉強始めちゃってます。


 学校に行くか、通信みたいなのにするかは受験結果次第ですが、もう一回、本来の夢をやり直してみます。私もうすぐ30歳で、本当は結婚の方がいいんでしょうけどね。


 それでナナちゃんがここを辞めるタイミングで、夜を卒業しようと思ってました。


 そういうわけだから、ナナちゃんはもうここには戻ってこれないからね。今日までありがとう。」



奈々子は初めて聞く衝撃的なママの話にビックリしたが、話をさえぎらないように、だだ黙って頷いていた。


 ママの話が終わると、その正直な話ぶりに母も心を開いたようで、3人で和気あいあいと楽しいお酒の時間を過ごした。


 店を出た帰り道、少しほろ酔いになった奈々子と母は、今までで一番二人の距離を近く感じた。


「お母さん、奏斗が私のバイトのこと話したの?」

「ううん、奏斗は知ってたの?『姉ちゃんのことは知らない、興味もない。』って言ってたけど。」

「うん、奏斗にも誰にも話ししてなかったから、何でバレたのかなーと思って。」

「それは秘密。母の勘よ。でも、奈々子がもし一人暮らししてたら分からなかったと思う。遅かったけど気が付いて良かった。それよりも、あの店のママが本当にいい人そうだったから良かった。

 でももう夜のバイトはしないでね。学業に支障がでないバイトにしてちょうだいね!」


 小言やお説教はいっぱいされたけど、初めて母と飲んだお酒はからくも美味しかった。

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