第4話

 同じ大学に通って水商売のバイトをしている子たちと話する時があるけど、その子の話とママは全然違う。

 他の店は、お客さんとどんどん連絡をとって同伴して店に連れてきてとか言われるらしい。


「この前、同伴で、回らないお寿司屋さん行ってきた。」

とか、

「高級フレンチ行ってきた!」

とかいった話をよくしている。


 正直、すごく羨ましい。奈々子は遅れをとっている気分になる。

「アフターは危ないかもしれないけど、同伴はその後一緒にお店行くんだし、行ってみたいなー。」

ママに聞こえないように呟いた。


「ダメだからね。」

地獄耳。ママにはちゃんと聞こえていた。


「おはようございまーす。」

またしばらく経ったある日、いつものように奈々子はお店に出勤した。


カラーン

開店準備をしようとカウンターを拭いていたら、店の扉が開く音がした。さすがにちょっと早い。


「すみません、もうちょっとだけ待ってくださ…い…」

とお客さんの方へ振り向くと、どこかで見た顔…。


「お母さん!」

奈々子はビックリした。


 奈々子の母はすごく怖い顔をして奈々子を見つめた。


「え?え?なんでここに?」


「奈々子、あんたまさかここで働いてるの?」

「え?え?なんで?今日、仕事は?」

「私の仕事はどうでもいい。ここで何してるの?いつから?」


 奈々子と母が話していると、キッチンからママが出てきた。

「ナナちゃん、どうしたの?」


「あ、ママ。えっと、お母さんが…。」

ママはすぐ状況が分かったようだった。


「ナナちゃんのお母さんですか?私はこの店の責任者の三好みよしと申します。どうぞここへお座りください。今お茶をお持ちします。」

とボックス席へ母を促すと、

「いえ、結構です。すぐ帰りますので。お聞きしたいのですが、奈々子はここで働いていたのでしょうか?それでしたら申し訳ありませんが、これ以上ここで働かせることはできません。急で申し訳ありませんが、今すぐに退職させてください。」


「今すぐお店を退職されるのは大丈夫です。承知しました。

 でも、少しだけ、お母さんとお話させていただきたいのですが、お時間よろしいですか?今日、今からお仕事でしょうか?」


「いえ、今日は仕事休みです。そうですね、このお店で奈々子がどんな風だったか聞きたいです。いえ正直、本当は聞きたくないことですが…、でも気になります。」

奈々子の母は目に涙をためてそう言った。


 でも、退職を受け入れてもらったことで、少し安心したようだった。


 ボックス席に座り、ママがお茶を持ってきて、話はじめた。

「まず、ナナちゃんがこのお店に来たきっかけですが…」と、奈々子がこの店で働くようになった出会いから説明した。母は少し渋い顔をしながら聞いていた。


「お母さん、お母さんが心配しているのは、このお店での接客のことだと思いますが、ナナちゃんには飲み屋で想像されるような接客は一切させていません。

 そりゃ、酔っ払い相手になりますから、手を握るくらいのことは正直ありましたが、それ以上は何もありません。

 お客さんの隣に座ったり、体を触らせることは一回もありませんでした。それは信じてください。ナナちゃんにお酒だって飲ませていません。お茶かジュースです。

 ナナちゃんにはお客さんとの会話を頑張ってもらいました。デュエットはしても、ダンスとかはさせていません。

 お客さんと外で会うことも禁止していましたので、同伴もアフターもありません。本当です。」

ママは気持ちを込めて力強く言った。


 母の顔は安心したように緩んだ。


「なんか、すみませんでした。私も若い頃とか、過去にスナックとかボーイズとか飲みに行ったことはあります。そこではやっぱり密着した接客をされている方がいっぱいいたので、奈々子もそうだと思っていました。

 でも、そんなことはしてないんですね?本当に信じていいんですね?」


「はい、今お話ししていることは全部本当です。信じてください。」


「ママは全部禁止だって、毎回きつく言われてたから…。」

と奈々子が言うと、母は“あんたには聞いてない”っていう顔をした。


「そういうので働いてて、逆に良かったんでしょうか?」


「お母さん、それが良かったんですよ。ナナちゃんはとてもいいお嬢さんです。きちんとしていて品があります。飲み屋を本業にしている人はなかなか維持できない雰囲気です。だから、飲み屋特有の接客は逆にいらなかったんです。でもね、私だって初めはそうだったんですよ。」

母はちょっと驚いた顔をした。


 奈々子は、驚くのは失礼だよ、と心の中で思った。

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