Day2 さすらいの旅人はイケメンすら利用する

 アビゲイルの街を出てから一週間が経過した。

 どこまで行っても続く殺風景な砂漠を、キリエは<ラビットフット>の手のひらの上で退屈そうに眺める。


「ねぇ……まだ着かないn━━━━きゃ!?」


 <ラビットフット>が急停止し、慣性に従ってキリエは落とされた。

 上部ハッチが開き、<ラビットフット>のパイロットであるエイトが顔を出す。


「ちょっと急に止まらないでよ!」

「うるせぇ。大体、さんざん運んでもらっておいて文句言うんじゃない。それよりも右足のローラーがイマイチだ、気持ち悪くて仕方ねぇよ」


 工具箱を持って彼が飛び降りると、<ラビットフット>は膝を折り待機状態となる。


「メンテが終わるまでラジオでも聞いてな。ま、待てないってんなら勝手に行けよ、クソガキ」


 そう言ってラジオのスイッチを押し、エイトは作業を始めてしまう。

 それを見たキリエは頬を膨らませる。

 とはいえ自分に出来る事などなく、エイトの言われた通り空を眺めることぐらいしかやることはなかった。

 だが、それを認めてしまうのがどうしようもなく腹立たしい。

「どっちがクソガキよ……!」と悪態を吐き、<ラビットフット>の陰の下に腰を下ろす。

 さわさわと心地よい風が吹き、ラジオから聞こえてくる陽気な音楽に耳を傾ける。

 視線を横に向けると、黙々と作業を進めるエイトの横顔は真剣そのものだ。

 自分に対してはルーズな癖に、アウター関連はとてもまめなのだ。

 どうにもこの男は好きになれないが、こういうところは尊敬に値する。 

 そう考えた時だった。

 遠くで、地面から巨大な何かが這い出てくる。


「サンドワーム……」


 この星の原生生物の中でも、最も巨大な生物。

 地中に潜み、僅かな振動を感じとると獲物を砂ごと飲み込むのだ。

 雑食性で凶暴な見た目をしているが、比較的温厚かつ臆病で滅多に地上にすら出てこない。


「デカいな。ここらへんのヌシか?」

「そうかもね……でも何かおかしくない?」

「どこがだ?」

「なんか、何かを探しているような……」

「というかさ、なんかこっちに来てね?」


 粗方作業を終えたエイトは、肩をコキコキ鳴らしながら疑問を投げかける。

 それを聞いて、キリエはあらためてサンドワームの動きを見ると、確かにこっちに来てるように見える。


「「……」」


 数秒の静寂の後、二人はいそいそと片付けを始め、エイトはコックピットに、キリエは手のひらに乗る。


「「逃げろおおおおお!?」」


〈ラビットフット〉は即座に立ち上がると、全速力で疾走する。

 その後ろでは例のサンドワームが砂に出たり、入ったりを繰り返しながら迫ってきている。


「なんでサンドワームが襲ってきてるんだよ、おかしいだろう!? 温厚な性格はどうした!」

「そんなの私が知るわけないでしょ! 強いて言うなら個体差!」

「俺が聞きたいのは、そう言うことじゃねぇ!」




「なら私が答えましょう」

「ああ!?」


 突如聞こえてきた声に驚くと、砂煙の向こうからトレーラー現れ、開いた窓から長髪の美形が顔を出す。


「誰だよ!?」

「あ、申し遅れました。私、クルーザーというものでして、運び屋をやらさせてもらっているものです」


 そう、現状にはそぐわない爽やかな笑みを浮かべる男に、キリエは「やだ、イケメン……!」と目を輝かせる。

 一方このエイトは、なんでかはわからないが妙な殺意にも似た感情が湧いた。

 決して嫉妬ではない。そう、嫉妬ではない。


「どこから出てきやがった!?」

「まぁまぁ、事情はあとで説明します。ひとまず、この場を潜り抜けることを考えましょう」


 確かにこのクルーザーという男の言う通りだ。

 このままでは三人仲良く、サンドワームに飲み込まれる。

 少なくともコイツらと心中するのだけは嫌だ。


「何か策はあるのか?」

「そうですねえ……大きな音を出せるものはありますか?」

「あ、それなら私が持ってるわ!」


 キリエがポーチから音響弾を数個、取り出す。


「ではそれを投げ入れてください。後はアウター使いの方がなんとかしてくれるでしょう」

「ちょっと待て! なんで俺がなんとかすること前提なんだよ!?」

「仕方ないでしょう。このトレーラーには、武装なんてものはついてないんですから。そうなると今戦えるのはあなたしかいないんですよ」

「クソッ…分かったよ! やれば良いんだろ……やれば!」

「話は纏まりましたね。では、危ないのでそちらのお嬢さんをこちらに」


 最早ヤケクソ気味にエイトが言うと、その様子を見たクルーザーがうんうんと頷く。

 クルーザーが乗っている席とは反対の扉が開き、手のひらのキリエが飛び乗る。


「準備はいいですね。それではお願いします」

「ええ……!」


 ピンを抜き、音響弾を投げ入れて数秒ほどキーン! と鳴り響く。

 それに驚いたのか、サンドワームは身悶え、怒り狂うように口を大きく開けて向かってくる。


「今です!」

「言われなくても!」


 <ラビットフット>の左腕が変形させ、拳を振るう。

 形成された不可視のフィールドによって、サンドワームの牙を遮る。


「うおおりゃあああああああ!」


 エイトの気迫に応えるように、<ラビットフット>の出力が上がり、サンドワームを押し返した。

〈ラビットフット〉は、トレーラーの上に乱暴に着地すると同時に、クルーザーはアクセルを踏む。

 倒れ伏すサンドワームに目をくれず、一同は全力で逃走するのだった。 



 サンドワームからなんとか命からがら逃げのびたエイトとキリエは、クルーザーから事情を聞き出し────


「ざっけんな、ゴラァ!」

「ぎにゃああああああ!?」


 エイトがクルーザーに関節技を決めていた。

 どうしてこうなったかと言えば。


「えぇ、なに? 運んでた物品の確認の為にコンテナにスキャナーを掛けてたら、それがサンドワームの求愛に使う周波数と同じだったせいで興奮して襲いかかっていた? どんな確率引けば、そんなことになるんだよ!」


 と言うわけである。

 要するにクルーザーのやらかしに、エイト達は巻き込まれたと言うわけである。

 これには先ほどイケメンであることに目を輝かせていたキリエも、げんなりとした表情を向けていた。


「い、いや……そ、それに関しては申し訳、なく思っていまして、ぐうぇ……あの、すいません……そろそろ離して、いただけると、あ、ありがたいのですが……」

「うるせぇ! お前はもう少し苦しんでろ!」

「あぎゃあ!? か、肩が────!?」


 それからエイトが満足するまで十数分。

 ようやく解放されたクルーザーは、あちこちピクピクと痙攣させていた。


「ちょ、ちょっとやりすぎじゃない」

「安心しろ。関節を外しはしたが、すぐに直したから問題はないはずだ」

「いや、それでも大変なことになってるだけど!? そのせいでイケメンがしていい体制してないんだけど!?」

「は、知るかよ」


 エイトは一切の躊躇なく吐き捨てる。

 この男、一体全体イケメンにどんな恨みがあると言うのだろうか。


「は、はは……お気遣いありがとうございます、お嬢さん。ですが、そちらの彼の言う通り、これは私の責任なのは事実ですので……」


 ようやく痛みが引いてきたのか、膝をかくかくと震わせながらクルーザーは立ち上がる。


「あの、それと提案したいのですが、よかったら一緒にエリサまで行きませんか?」

「はぁ? なんでそうなる?」

「私は先ほど申し上げた通り、戦う術を持っていません。それに逃げきれたとは言え、未だサンドワームがどこに潜んでいるか分かりませんし、その他にも盗賊に襲われる可能性もあります。それでアウター一機分のスペースがあるんですけど……」 


 なるほど、つまりはクルーザーとしては用心棒が欲しいわけだ。


「でもいくら街まで運んでくれるとはいえ、俺だってタダじゃ戦えないが」

「ええ、もちろん報酬は出しますよ。具体的には━━━」


 いつの間に取り出した端末を操作し、キリエには見えないようにエイトに見せる。

 液晶に映る数字に、エイトはかつて見たことがないほどの口角が上がる。


「君とは仲良く出来そうだよ。ガハハハ!」

「あははは……恐縮です」


 クルーザーと肩を組み、大きな声で笑うエイトを少し離れたところで見ていたキリエは、呆れ果てた表情で透き通った青空に向かってつぶやいた。


「はあ……嫌だこの男」










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セブンス・モノリス とりマヨつくね @oikawanaoki

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